ブログ

Blog

日頃より立教大学陸上競技部男子駅伝チームを応援していただき、誠にありがとうございます。こちらのページでは皆様に直接選手の声をお伝えするための”選手ブログ”と、合宿や大会の様子をお伝えするための”マネージャブログ”を更新させていただきます。”選手ブログ”は毎週月曜日、”マネージャーブログ”は合宿時や、大会時の更新を予定しております。

2020/10/26

今回は関口絢太選手(経営・1年)です。
関口選手は、國學院久我山高校出身の期待の1年生です。
誰に対しても礼儀正しく、マネージャーに対しても感謝を忘れない姿は、チームをより良くしてくれます。



 はじめまして。経営学部経営学科1年の関口絢太です。私は小学5年生から中学校を卒業するまで陸上クラブに所属していました。この陸上クラブで学んだことを書いていきたいと思います。ブログを書くことは初めてなので拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。

 長い距離を速く走るためには、とにかく距離を走ればいいと思っている方もいらっしゃるかと思います。もちろん長い距離を走る練習も必要ですが、ただ長い距離を走るだけの練習では速く強い選手にはなれないと思います。速く強い選手になるために私は「考えて走る」「考えて練習する」ことが必要だと思います。小・中学校の時に通っていた陸上クラブで学んだ経験からそのように思うようになりました。そこで所属していた陸上クラブで学んだことを書きたいと思います。

 私が所属していた陸上クラブは、極端に言えば脚よりも頭を使って走るチームでした。
どのような動きをしたら身体が効率よく動くのか、この動きはどこの筋肉・関節を使っているのかなどを考えて走るということです。先生やコーチから言われたことをただやるだけでなく、アップやダウンなども含め、どのような意味があるのかを理解していなければ練習をこなすだけになってしまいます。時々この練習の必要性は何かと問われることもありました。

 私は陸上を始める前までは学校の体育の時間と友達と遊ぶ時以外は運動をしていませんでした。そのせいか陸上を始めたころは順調に記録が伸びていきました。しかし中学2年生くらいから記録が中々伸びませんでした。
その原因の一つは走り方が悪かったことです。走っている時、身長が10cmほど低い人と同じ位置に頭がありました。なぜそのような走り方になるのか?それの何が悪いのか?どのようにしたら改善できるのか?改善するためには、どのような練習をすべきなのか?どこを鍛えるべきなのか?などを考えて練習するよう言われました。クラブでの練習は週に1〜2日のため、ほとんどが自主練習です。タイムが伸び悩んでから自主練習の頻度を増やしたこと、自主練習内容を先生や親からアドバイスをもらい試行錯誤したことでタイムも少しずつ伸びていきました。
先生やコーチの存在はもちろんですが、共に考えてくれる、切磋琢磨できる、ライバルでもある仲間がいたということも競技力向上につながったと思っています。このような経験から速く強い選手になる為には「考えて走る」ことが重要だと学びました。
  「考えて走る」こととは、良かったこと悪かったことの原因を見極め、改善策を見いだし、次に繋げることを考え練習することだと思います。

 私は先日行われた箱根駅伝予選会に出場することができませんでした。その原因は自己管理不足です。来年は今までの反省をいかしてチームに貢献できるような選手になります。支えてくださる方々に感謝し、チームとしても個人としても目標達成できるよう日々努力していきます。これからも立教大学の応援をよろしくお願いします。


長々とまとまりのない文章となりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。



次回は11月2日、佐藤優太選手(コミュニティ福祉・3年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 松本安里奈

2020/10/19

今回はミラー千本真章選手(コミュニティ福祉・2年)のブログです。ミラー選手は選手にもマネージャーにも気さくに、そして思いやりを持って話してくれて、周りを明るくしてくれるような選手です。競技に真摯に向き合うミラー選手の走りに今後も注目です。
 
 
  こんにちは。  私はコミュニティ福祉学部スポーツウェルネス学科2年のミラー千本真章です。皆様に向けてこのようなブログを発信するのは初めてのことで緊張しておりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
 
 
 私はラッキーボーイだ!
なんていうフレーズから始まると、少々軽い男だと思われてしまうかもしれない。しかし今までの自分の人生を振り返ってみるとそう思わざるを得ないのだ。
 私は中学から立教新座でお世話になっている。第一志望でなかったということでは必ずしもついていたわけではないが、小学校までサッカー少年団で頑張っていた私は、小さい時から走ることが大好きだったので、陸上競技部に一人で早々に入部を決めた。中学時代は県大会に出られる程度で、ずば抜けて早かったわけではなかったが、恵まれたトラックで練習することができ、自分なりに楽しく過ごすことができた。中高一貫校で高校生と練習もさせてもらっていたので、そのまま高校生になっても続けることはできたが、私の学年の殆どはアメフトやラグビーなど他の部活に流れていった。私も陸上部にそれほど執着しているわけではなかった。そんな時、高校の一人の先輩の言葉が私の心に突き刺さった。
「お前は才能があるから絶対に続けろ」
あの時の言葉は今でもはっきりと覚えている。そして心が揺れている私に決定づけたのが、
「一緒に陸上部に残って頑張ろう」
という親友の一言だった。この二人の後押しがなければ、今頃私は全く違った道を歩んでいたかもしれない。
 そして高校生になり、1年生からインターハイに出場するような短距離のメンバーがたくさん入部してきた。その人たちから今までにない大きな刺激をもらい、なんとなく目標もなく走っていた中学とは違って、常に目標をもって意欲的に練習に取り組むことができた。それによって、個人では2年生で関東大会、3年生でインターハイと一歩一歩階段を登っていくことができた。また同期みんなでチームをまとめ県大会総合3連覇の目標に向かって頑張ることもできた。長距離においては、1年のときからチームをまとめて引っ張ってくださった増井先輩、いつも相談にのってくださった土屋先輩、この二人の背中を見て練習ができたこと、これは僕にとって大きな財産だ。その頑張りを受け継いで、同期にも恵まれ駅伝では立教記録を塗り替えることができた。
 そしてこの後大学に進学することになる。
 私は大学で陸上を続けることは決めていた。なぜなら箱根駅伝をどうしても走ってみたいという目標があったからだ。しかし、立大は長年指導者不在であり、自分自身の力が伸びるかどうか不安でもあった。中高着実に伸びたのも、先生方のご指導があったからこそだと思う。そんな矢先、友達から一通のメッセージが届いた。『上野裕一郎選手、立教大学長距離駅伝部監督に就任』私はあの時の驚きと興奮は忘れられない。というのも指導者不在ということで、他大学の進学も考えていたが、それを取りやめた経緯があったからだ。本当に立大に進学を決めていてよかったと心から思えた瞬間だった。上野監督に指導していただけるのは大きな喜びであった。大学に進学してからは、急にきつい練習をするのではなく、一人一人とコミュニケーションをとりながら、今までにないような練習にも取り組んでいる。それによって、昨年は出られなかった全日本インカレにも出場することができ、また一歩一歩自己ベストを更新し続けている。2年生になってからは、新しく入ってきた大勢の強力な新入生たちと切磋琢磨して、負けないようにいい意味での緊張感を持ち、のびのびと練習ができている。初めての寮生活も上級生を中心に和やかな雰囲気を作り出し、和気あいあいと充実した毎日を送っている。だからコロナ禍に於いても刺激のある充実した練習ができた。これは立大生が、自分達で物事を考えて取り組んできた今までの先輩たちの教えによるものだと思う。
 私の人生の中でたくさんの分岐点があり、望んでいない方の道を選んだこともあったが、その道での出会いは私にとって幸運そのものだ。こんなラッキーなことってあるだろうか。ただし、幸運な環境を与えられただけではいけない。その環境に甘んじるのではなく、自分自身でしっかり考えながら、今度はその人達に恩返しする番だ。陸上競技は究極のチーム競技であると私は思っている。監督、コーチ、トレーナー、マネージャー、周りの人達みんなに支えられて、苦しい練習に耐え試合に臨むことができる。周りでは非強化、強化と線引きを引き囁かれているが、いかに私達がこの線引きを消し、チーム一丸となって進むことが箱根路に繋がることであろう。私は長距離が苦手だ。少しは走れるようになってきたものの、チームを引っ張る存在ではない。この冬季でしっかり自分と向き合い、来年また新しく後輩が入る頃には、ひと回り大きく成長した自分を見せられるように努力したい。
 
そんな私がいるこの「チーム立教」をこれからも熱い応援よろしくお願いします。
長々とまとまりのない文章になりましたが、ご一読ありがとうございました。
 
 
次回は10月26日、関口絢太選手(経営・1年)のブログです。来週も是非、お読みください。

マネージャー 奥田陽花

2020/10/12

今回は駅伝主務の早田光佑(コミュニティ福祉・4年)です。
チームがより良い方向に進む為に、一歩引いて、大局的な思考を持って考え、行動に移す事が出来ます。
監督からも選手からもマネージャーからも必要とされ、チームにとって無くてはならない駅伝主務です。



こんにちは。昨年1月より駅伝主務を務めさせて頂いております、4年の早田と申します。
日頃より、立教大学陸上競技部への多大なるご支援とご声援を賜りありがとうございます。この様な形で、自らの考えを皆様に向けて発信することは初めてですので、お目汚し失礼いたしますが、せっかくの機会ですので私の考える理想の主務像について綴っていきます。あくまでも一個人の考え方として、ご一読いただければ幸いです。


 
早速にはなりますが、私の考える理想の主務像とは「気づく力」と「築く力」を持ち合わせた人物です。そう考えるようになった経緯として、恐縮ながら私の高校時代から振り返らせていただきます。
私は、宮崎県の小林高校で3年間を過ごしました。規律ある寮生活に、先生からの厳しくも有難いご指導を沢山いただき、一人の人間としての人格形成の場となりました。歴代の先輩方が築き上げてこられた伝統の重みを感じながら、沢山の方々からのご期待のお声を毎日のように頂戴する日々は、間違いなく一生の財産です。しかし当時の私は、そうした有難い環境になかなか気づくことが出来ず、自分自身の事を考えるのに精いっぱいで、一瞬のうちに過ぎ去っていく1日1日をただただ必死になって過ごしていました。
そんな高校生活から一変して、大学入学と同時にそれまでとは真逆に近い環境下に身を置くこととなります。立教大学の陸上競技部には、上野監督が来られるまでは専任の監督がおらず、それぞれの種目の練習メニューや、部の運営などは最上級生主体となり学生達で作り上げていました。当時の私にとってその光景は衝撃的であったと同時に、4年生方の大人びた姿に憧れを抱いていました。各々でアルバイトをしながら部活動に励むスタイルは決して競技中心の生活ではないものの、その一つ一つが未知のもので、自らの4年間に希望を膨らませていたのを覚えています。
とはいえ、良い意味でも悪い意味でも様々な選択が自由に出来る環境がゆえに、故障を繰り返すうちに気がつけば目標を見失っていました。なんとなく学校に行き、なんとなく部活に行き、なんとなくバイトに行くような日々を半年以上繰り返し2年生も終盤に。そんなタイミングで発足したのが、立教箱根駅伝2024事業です。私は当初、正直な気持ちとしては突然の環境の変化に不安を覚え、決してポジティブにとらえられていたわけではありませんでしたが、その強烈な競技力とは裏腹に、学生1人1人に対して優しく丁寧にお声かけされていた上野監督の姿に気づいたことで、心境に大きな変化が起きました。自分の中で一つ一つの変化を前向きに捉えられるようになったことで、当時まだ不在だった駅伝主務になる事を決意します。
しかし、駅伝主務になったばかりの頃の私は、とにかく監督・選手からの信頼を得るのに必死で、全ての業務を誰からの助けも借りず自分の力でこなし、どんな要求に対してもNOと言わない事を心掛けていました。そんな状態のまま、3年の関東インカレを終えたところで陸上競技部全体の主務と兼任することになったのですが、その仕事量に日々悪戦苦闘し、余計なものを背負い込んだことでただ業務をこなしていくだけのロボットのようになってしまいました。本来であれば、陸上競技部全体と駅伝チームとそれぞれを俯瞰的に見なければいけない立場でしたが、周りを見る事が全く出来ずにいました。感情も何もないロボット状態が数ヶ月続いた3年生も12月に差し掛かったところで、監督方のご提案で駅伝主務に専念することになります。それ以降は、本来チームを支える立場の自分のことすらも、支えてくれる方々がいると気づけたことで冷静になり、見える景色もそれまでと変わっていきました。
私が駅伝主務になった理由として、前述の上野監督の姿に、監督を支えたいという思いが芽生えたのと同じくらい、現長距離総監督の原田昭夫総監督の存在がありました。事業が始まる前から、陸上競技部監督としてお世話になってきた方で、お忙しいお仕事の合間を縫って練習に来られた際は、必ずお声かけ頂きいつも気にかけて下さいました。事業が始まってからは毎日のようにお気遣いの連絡を頂き、「学生主体の立教にあって、この事業を動かすのはお前だ。」と激励のお言葉をもらいました。過去何度かお食事に連れて行って下さり、部の事について沢山相談に乗っていただきましたが、最近は感染症の影響でご一緒するのがかなりお久しぶりになっています。きっとこのブログも見てくださっているはずですので、感染症が落ち着いたら是非ともまたご一緒したいものです。
少し脱線してしまいましたが、まだまだ未熟な私に、皆様に向けて部の情報をお届けするホームページの開設、3月に竣工した紫聖寮の住環境の整備や諸規則の作成などなど、新しく立ち上がった組織としての土台作りを、好きなようにやらせてくださった原田総監督と上野監督には、ただただ感謝しかありません。寛大に私を見守って下さったおかげで、何不自由なく主務業に勤しむことが出来ましたし、普通ではあり得ないことをいくつも経験させていただきました。そして実は、「気づき」と「築き」の話は高校時代に当時の監督から常に説いていただいていた言葉でした。あの頃は理解が追い付かなかった事が、時間を経て身をもって理解できるようになりましたが、高校・大学と本当に周りの方々に恵まれていたなと改めて思います。
ここまで、長々と私のこれまでについて綴ってきましたが、振り返ってみてやはり感じるのは、何かチームにとってプラスになるようなアクションが起こせたときというのは、周りの状況や自らの置かれている立場などに「気づく」ことが出来たときでした。そしてその気づきが正しいものだったかどうかはその後何かを「築き上げた」時にしか分かりませんし、ましてやその気づきを行動に移すのも案外難しいものです。私は未だに誰かの助けを借り、気づかざるを得ない状況にならないと気づけないありさまで、新しい取り組み1つ築くにも抜けが目立ち、理想とする主務像や、入学時に憧れていた4年生方には到底及びません。しかし、そんな私がこの組織に貢献できる時間も残りわずかとなりました。高校時代は自分の事だけを考えて1日1日をただただ必死に過ごしていましたが、今は残り少ない限られた時間の中で自分の出来る事は全て果たせるように1日1日を必死に過ごしています。理想の姿にはほど遠く出来の悪い駅伝主務ですが、次の世代にこの「気づき」をしっかりとバトンタッチ出来るように、私に出来る最後の「築き」に精を出していきたいと思います。
 
かなり長くなりましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。今後とも立教大学陸上競技部へのご支援とご声援をよろしくお願いいたします。




次回は10月19日、ミラー千本真章選手(コミュニティ福祉・2年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。

マネージャー 福井優斗

2020/10/5

今回は馬場勇希選手(心理・3年)です。
素直で愉快な選手です。誰に対しても壁がなく、親しみやすい馬場さんは、立教長距離男子全体の親密な関係を築くきっかけとなっています。



こんにちは。現代心理学部映像身体学科3年の馬場勇希と申します。ブログなどで自身のことを発信していく初めての機会ですので、拙い文章ではありますが、最後までお付き合い頂けると幸いです。

今回のブログでは、私が今日までの陸上人生で学べたこと、これからの陸上人生で学びたいことについて書きたいと思います。
私は中学2年生の時に陸上競技に出会い、そこから今日に至るまで約7年間走ってこれました。その中で大会、記録会で結果が出ない時期はありましたが、周囲と比べると怪我も少なく、良い状態で陸上競技に向き合えていたと思います。しかし去年から、怪我の連続で上手く練習が出来ず、周囲の人が走っているのに、自分は走れない初めての状況に上手く、自身の中で整理が出来ませんでした。走れなくなった時に、何が出来るか。リハビリメニューをする、自分に足りない部分を補う、当たり前のことを当たり前に行うことの難しさを感じました。目先で結果が出づらい事を続ける、強さを学べました。
私は今、人生で初めて寮生活を行っています。今まで、親に頼りすぎていたことを痛いほど感じました。陸上競技人生はあと1年弱で終わりますが、私から陸上競技を引いた時に皆さんから頼られる人間になりたいと思いました。今、お世話になっている監督、チームメイト、親にしっかり「恩返し」が出来るよう、今という瞬間を一生懸命当たり前のように頑張っていきたいと思います。




次回は10月12日、主務の早田光佑(コミュニティ福祉・4年)のブログです。来週も是非、お読みください。


マネージャー 松本安里奈

2020/9/28

今回は菅原晋之介選手(コミュニティ福祉・4年)です。菅原選手は持ち前の明るさでチームを活気づける一方で、寮での日常生活やチーム向上のために積極的に意見を出してくれる頼れる4年生のひとりです。また、練習になると自分自身と向き合い、努力を惜しまない選手です。



おはようございます、こんにちは、こんばんは。
コミュニティ福祉学部福祉学科4年の菅原晋之介です。

「変わったことがしたい」といった奇抜な思考の持ち主なので独創的な記事でも綴ろうかと思いましたが、ごく普通に私自身が陸上を始めた経緯を今に至るまでを思い返していきます。姑く時間を頂戴しますが最後までお付き合いください。

私が走ることに興味を持ち始めたのは高校一年生の冬でした。
高校で帰宅部の私は娯楽に現を抜かし、運動とはかけ離れた生活をしていました。
幼い頃から走ること自体は好きでありましたが、遊びくらいでしか運動をしなかったため授業で行われる持久走でも下から数えた方が早い結果でしたしリレー選手に選ばれることも勿論なかったです。
当時危機感を覚えたほどには運動不足だったので生活習慣を革めようと10分のジョグを始め、毎日の短いジョグを重ねていくうちにタイムを縮めることの喜びを知りました。
この喜びが今に至っても走ることへのモチベーション、楽しさに繋がっています。

その後も走り続けていたとはいえ趣味程度であり、本格的に取り組んでいたわけでもなかったので大学入学時には5000mで20分すら切ることすら出来ませんでした。

時は流れ、一年の浪人を経て立教大学に入学しました。
私が一年生の時の立教大学陸上競技部はどのパートでも未経験で入部可能な部活でした。
とはいえ非強化校ではトップクラスの立教には競技未経験ランナーがいるわけもなく、速い人で5000m14分台、将遅い人でも16分台と強者ばかりで、私からしたら「駿河の富士と一里塚」でした。
勇気を出して部活体験をしてみたものの、烏滸がましいと痛感し陸上サークルに変更しました。迚も斯くても一年の冬に5000m19分台達成、しかし陸上サークルは真面目なアクティブメンバーが全くいなかったので真剣に競技に取り組んでいる陸上部が羨ましいと感じていました。
そして漸く。悩みに悩んだ末に「やるならやってやろう」と、二年次に陸上部への入部を決めました。
どうにかこうにか入部したとはいえ途中入部だったので慣れないコミュニティや実力の差で精神的に辛い時や半年にも及ぶ怪我で辞めたくなる時も頗るありましたが、幾度となく乗り越えてここまで辿り着きました。
これが今に至るまでの経緯です。現在はまだ伸び悩んでいる段階ではありますが、達成したい目標がある限りは前に向かって走り続けられます。



ときに世の中には高校から陸上を始め、すぐさま13分台を出すような擢んでたセンスを持つランナーもいればタイムが中々伸びないランナーもいます。競技レベルは三者三様ですがランナーは共通して走ることを楽しんでいると思います。
試合も練習も辛いことばかりの陸上競技でも目標を達成した時のあの喜びに変えられるものはないでしょうね。

最後になりますが何かを始めるのに遅いということは生きている限りないと考えます。
だとしても新しいことに手を出すのは難しいことです。
例えばドラマやアニメなど見始めれば面白くて一気見してしまうような経験があると思います。しかしお勧めされたとしても、高評価な作品だとしても見るまでの敷居はなんだかんだ高いです。
それを超えて見始めれば「こんなに素晴らしい作品があったんだ」となります。
これは色んな趣味に共通します。私の場合は陸上と出会えたことに幸運を感じますし、他にもまだ見ぬ出会いはこれからもあると想像します。
雑食にでも多分野にわたって手を出してみるのは人生を豊かにすることでしょう。

また、『世界には、君以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。その道はどこに行き着くのか、と問うてはならない。ひたすら進め。』というドイツの哲学者ニーチェの言葉があります。
オリジナルの人生をアレンジしていくのは自分なんですよね。

乱筆乱文かと思われますが最後まで読んでいただきありがとうございます。
文章力、書くのも勿論ですが、先日読売巨人軍通算最多1067勝目を上げた原辰徳監督のスピーチ力に比ぶくらいには話す方も上手くなりたいです。



次回は10月5日、馬場勇希選手(現代心理・3年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 土田菜里香

2020/9/21

今回はマネージャーの土田菜里香(コミュニティ福祉・1年)です。
秀外恵中である彼女は、厳しい練習を行う選手の心のオアシス的存在です。彼女の存在が駅伝チームにより活気をもたらすことは必至でしょう。


初めまして。コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科1年の土田菜里香です。

新型コロナウイルスの影響で、6月の終わり頃から選手の皆さんと一緒に活動させて頂いています。
今回は私がマネージャーになろうと思った経緯について書かせて頂きたいと思います。

駅伝部のマネージャーになりたいと最初に思ったのは小学生の時でした。母が買ってきた箱根駅伝のガイドブックがきっかけで、駅伝に興味を抱き、三大駅伝はもちろん、都大路、ニューイヤー駅伝なども毎年テレビで観戦するようになりました。それぞれの選手、チームにドラマがあり、母校のため、家族のため、チームのために、一生懸命襷を繋ぐ姿に大きな感動を感じました。当時の私は、ただ箱根駅伝を生で、もっと近くで見たいという単純な理由から駅伝部のマネージャーをやりたいとぼんやり思っていました。

中学に入ると、兄が陸上をやっていた影響もあり、流れるように陸上部に入部しました。
テレビで見る長距離選手に憧れ、私もあんな風に走りたいと意気込み、最初は長距離を志望しました。しかし、実際に走ってみると、想像以上に辛いことに気付き、その意思はすぐに砕け散り、結局短距離に移行しました。
その後、幸運にも2年生と3年生の時にリレーで全国大会入賞を経験させて頂きました。中学生ながらも、周りの方々の温かい応援やサポートが大きな力になっていることを実感しました。この時から、競技を辞める時がきたら今度は私が支える側になりたいと本格的に考えるようになりました。

高校では、目標であったインターハイに出場はできたものの、シーズン最低記録で予選敗退という厳しい結果に終わりました。今まで応援してくださった周りの方々に、恩返しをするどころか、不甲斐ない姿しか見せれなかったことがあまりにも情けなくて、涙も出なかったのを覚えています。この時はとにかく早く陸上から離れたくて、マネージャーになりたいと思った気持ちは完全に消えていました。

そして受験生になり、私は立教大学を受験することに決めました。上野監督が就任し、男子長距離を強化していることは既に知っていましたが、まさか自分がこのプロジェクトに関わらせて頂くことになるとは思ってもいませんでした。

しかし、その年の箱根駅伝を見て、自分の中の考えが変わりました。
そこで必死に走る選手を見るとやはり惹きつけられるものがあり、勇気や感動をもらいました。もう関わりたくないと思っていた陸上が、やはりまだ大好きだったことに気付きました。選手としてもう一度競技をしたいという気持ちにはなれなかったのですが、選手じゃなくても陸上競技に携わりたいと思いました。
そして、今度はマネージャーという立場で、サポートがしたいと考え、せっかくなら箱根駅伝出場を目指すチームのマネージャーをしようと思いました。しかし、学生生活の色々なことを犠牲にして、毎日毎日、血の滲むような努力を続ける選手を支えるということは軽い気持ちではできません。私自身の4年間も賭けて、同じ熱量で本当に取り組むことができるのか不安もありました。入学後もしばらく悩みましたが、卒業するときに立教に入って良かった、意義のある4年間だったと振り返ることができる時間にしたいと思い、マネージャーになることを決断しました。

今振り返ると、あの時マネージャーをする決断をして良かったと思っています。まだマネージャーとしての日は浅いですが、同じ目標に向かって切磋琢磨し合いながらお互いを高め合う素敵なチームのサポートが出来る事、嬉しく思います。これからも、チームに貢献できるよう、精一杯頑張ります。

ブログを書かせて頂くのは初めてで、拙い文章だったと思いますが、最後までお読み頂きありがとうございました。


次回は9月28日、菅原晋之介選手(コミュニティ福祉・4年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。

マネージャー 豊田彩華

2020/9/14

 今回は、マネージャーの奥田陽花(法・2年)です。少し遅れてチームの一員となった彼女ですが、ひたむきな努力でメキメキと計測と給水の腕をあげています。今では、みんなに癒しをも与えるマネージャーです。



 こんにちは。法学部国際ビジネス法学科2年の奥田陽花です。私は昨年の11月に大学1年生の途中から入部をしました。今回はその入部のきっかけについて書きました。拙い文章にはなりますが、最後まで読んでいただけると幸いです。

 入部をしたのは11月でしたが、実は4月の新入生歓迎期間に陸上部のチラシをもらい、説明会に参加していました。先輩方のお話を聞いて当時もやってみたいという気持ちを持ちましたが、体育会でしかも自分が経験したことがない陸上部、マネージャーという役割だという事があって、当時の私には入部する勇気が持てませんでした。

 大学に入学して、やりたいと思った事はたくさんありましたが、当時私は周りの友達と違う動きをすることに憶病になっていました。「周りの大学生がしているような生活をすれば、楽しい大学生活が送れるんだろう。」と何となく考えて、周りがどうするのかばかりを気にしてしまい、自分の本当にやってみたい事に目が向けられていなかったように思います。そんな気持ちで選択を続けた大学生活は楽しいは楽しいのだけど、自分が本当にやりたいと思った事ではない分、色々な事にどこか本気になりきれなくて、「このまま何となく過ごしてしまっていいのかな?」とも感じていました。

 そんな大学生活の転機になったのは昨年の箱根駅伝の予選会でした。高校の時からの友達と遊ぶ約束をしたのがたまたま予選会の日で、その友達が「そういえば明日箱根駅伝の予選会があるんだけど行ってみない?」と声をかけてくれたのがきっかけでした。当日、友達と見る場所を試行錯誤して選手の走っている姿を最前列で見ることが出来ました。初めて立教の選手を見た時、うまく表現できないですが、一生懸命走る姿にすごく感動しました。そして自分が通っている大学にはこんなに頑張っている人達がいるんだと、すごいと感じました。

 その後立教大学の駅伝チームを調べてみると、まだマネージャーを募集している事を知りました。途中から入部することに不安はありましたが、「今からでも挑戦できるなら、マネージャーとしてサポートしたい。」という気持ちが勝って入部をしました。

 私には今、2つ目標にしている事があります。1つは選手のためになるサポートが出来るようになる事です。

 マネージャーとして、私はまだまだ未熟で、陸上の知識不足や経験不足を練習の中で多々感じます。まずは足りない部分をしっかり補っていく事、そして同時に1人ひとりの選手の気持ちをしっかり考える事。この2つをしっかり行って、選手のためになるサポートを出来るようになりたいです。それが1つ目の目標です。

 入部したての頃は今よりもっと何も分からず、また緊張して中々誰かに話しかける事も出来ませんでした。しかし、立教大学男子駅伝チームは本当に優しい人が多く、色々な事を教えてくれたり、話しかけたりしてくれました。先輩、同期の優しさに当時は本当に助けられましたし、4月から入った後輩も含め、関われば関わるほどこのチームは優しい人の多い、温かいチームだと今でも感じます。
 このチームにはまだまだいい所が沢山あります。マネージャーとして関わる中で感じたチームの良さや選手の頑張っている姿を、広報としてより多くの人に知ってもらえるように積極的に発信していきたいです。それが私のもう1つの目標です。
 
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
これからも立教大学陸上部男子駅伝チームの応援をよろしくお願いします。


次回は9月21日、マネージャーの土田菜里香(コミュニティ福祉・1年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 豊田桃華

2020/9/7

今回は、マネージャーの前田萌衣です。(コミュニティ福祉・1年)です。前田さんは常に明るく、チームを元気にしてくれます。一方で考えたこと、思ったことをはっきり言ってくれるのでチームの成長に欠かせない存在になるでしょう。


 
初めまして、コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科1年の前田萌衣です。
 
いきなりですが、皆さんはこの言葉をご存じでしょうか。
 
The past can hurt. But the way I see it, you can either run from it or learn from it.
(辛い過去もある。私が思うに、そこから逃げることも出来るがそこから学ぶことも出来る。)
 
この言葉は私の尊敬するウォルト・ディズニーの言葉であり、私の人生の教訓にしています。
私は中学・高校と陸上競技の中・長距離走を専門に行ってきました。私は特別速くもなく、地域の大会で入賞し、県大会に出場する程度でした。それに、長距離走は辛くて高校ではタイムも伸び悩んでいました。それなのになぜ私は陸上競技を6年も続け、大学ではマネージャーとして陸上競技に関わり続けるのでしょう。それは、私が陸上競技を好きという気持ちもありますが、振り返ると、私が選手の時代にはそばで支えてくれる人が居て、自分を伸ばそうと指導してくれる先生方がいたからだと考えられます。この経験があったからこそ大学では、選手をサポートできるマネージャーになろうと思いました。もちろん、私が走っていた当時はマネージャーになろうなんて考えてもいませんでした。ところが18歳になり大学受験を考えていくうちに、周りの人が私をサポートしてくれたように大学でマネージャーとして選手を支えたいと思うようになりました。そして、マネージャーになった今、陸上競技で得た知識を全て活かせるよう奮闘しています。
辛い過去は、ほとんどの人に何かしらあると思います。しかしそこから逃げるのではなく、学び、自分を伸ばしていくことが大切だと私は考えています。この言葉に出会って、今辛いと思っても将来何かに役に立つと考えることができ、頑張ることが出来ました。これからもこの言葉と共に部活動を頑張りたいと思います。
コロナウイルスの影響でまだまだ練習に本格的に参加はできていませんが、マネージャーとしてできることはたくさんあると思います。いまの自分にしかできないことを精一杯行いたいです。
 
拙い文章でしたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。これからも立教大学陸上競技部男子駅伝チームの応援をよろしくお願いします。
 
 
次回は9月14日、マネージャーの奥田陽花(法・2年)のブログです。来週も是非、お読みください。

マネージャー 水取一樹

2020/8/31

今回はマネージャーの松本安里奈(法・2年)です。松本さんは次に起こる事を冷静に予想しながらサポートをしているイメージがあります。明るく元気な一面と冷静な一面を兼ねそなえる、頼れるマネージャーです。




 はじめまして。法学部法学科2年マネージャーの松本安里奈です。拙い文章ですが最後までお読み頂けたらと思います。
 
 みなさんはマネージャーとはどのような存在だと考えますか。計測や給水をしてくれる人、大会にエントリーしてくれる人、などと様々なイメージがあると思います。私は入部する前まではざっくりと「選手のサポートをする人」というイメージでした。今回は、実際にマネージャーを1年やってみた私が理想とするマネージャーについて、お話ししたいと思います。
 
 私が理想とするマネージャーは「選手が安心できる存在」です。これが私の理想のマネージャーになったのには、二つ理由があります。
 一つ目は、私の友達の存在です。その友達は元々他の部活のマネージャーをやっていました。「やっていた」と言う表現からわかるように、もう今はやめてしまいました。彼女は責任感が強く、自分の意思を持って新しいことにどんどんと挑戦する子です。したがって、私は彼女がやめてしまったことに驚きを隠せませんでした。なぜやめてしまったのか話をしていると、理由の一つに選手とのコミュニケーション不足があったと言われました。選手とコミュニケーションが上手く取れていなかったことで、選手がマネージャーに対して何を求めているか分からずマネージャーの意義を見つけられなくなったと話をしてくれました。その時、これは私自身にも当てはまることだなと思いました。決して選手とコミュニケーションを取れていないわけではありません。しかし、私は自分の業務だけに集中して選手が実際に求めていることに気づいていなかったのではないかと感じました。この気づきが「選手が安心できる存在」になりたいと思う最初のきっかけとなりました。
 二つ目は、選手に恩返しがしたいという思いからです。私は、入学した時はどこかの部活のマネージャーになるということだけ決めており、最初から長距離男子のマネージャーをやろうとは決めていませんでした。したがって、他にも多くの部活見学に行きました。様々な部活をみた私がこの長距離男子のマネージャーをやろうと決めたのは、話しかけてくれる選手みんなが優しく、この人たちと部活がしたいと思ったからです。実際に、入部してみると気の合う同期や優しい先輩、今では面白い後輩などと本当にいい人に恵まれており、私の決断は間違っていなかったと再認識させてくれます。そして、私はこのように思わせてくれる選手が「マネージャーに松本安里奈がいてよかった」と安心してくれる存在になりたいと思いました。この安心できるマネージャーになることが、私がこの部活に決めた時この人たちと部活をやりたいと思わせてくれた選手への恩返しになるのではないかと思っています。
 以上の二点により、私の「選手が安心できる存在」という理想のマネージャー像が出来上がりました。まだまだ未熟者の私ですが、少しずつでも着実にできることを増やし、「選手が安心できる存在」になりたいと思います。また、選手だけでなく同じマネージャーからも安心してもらえるように頑張っていきたいと思います。
 
 最後までお読みいただきありがとうございました。これからも立教大学長距離男子の応援をよろしくお願いいたします。




次回は9月7日、マネージャーの前田萌衣(コミュニティ福祉・1年)のブログです。来週も是非、お読みください。

マネージャー 奥田陽花

2020/8/24

 今回はマネージャーの水取一樹(コミュニティ福祉・1年)です。
周囲への気配りをしつつ、チームの為に思った事を素直に言葉に出せるマネージャーです。
これから駅伝チームがよりよい組織になる為に必要な潤滑油となります。


こんにちは。
立教大学コミュニティ福祉学部コミュニティ政策学科1年の水取一樹です。
ブログを書くという経験が初めてなので拙い文章だと思いますが暖かく見守っていただけると幸いです。今回は自分の生きていく中で大切にしていることについて書こうと思います。
私が大切にしていることは「後悔しない選択をする」ということです。
私はこれまでの人生でさまざまな後悔をしてきました。今、一番後悔していることは高校2年生の2月に怪我をしてしまったことです。よく考えれば防ぐことができた怪我を自分の選択ミスにより引き起こしてしまいました。そこから焦りなどにより無理に練習を継続して、さらに怪我を長引かせてしまいました。
その結果、春の高校伊那駅伝や高校総体にも出場することができませんでした。私は部長を任されていたこともあり、自分が出場できないことがとても情けなく感じました。そこで考えるようになったことが「後悔しない選択をする」ということです。まずは、何事も成り行きで行動するのではなく、よく考えて後悔しない選択をするように心がけるようになりました。ただし、行動せずに後悔するよりは、行動を起こしてみてからどうするか考えてみるにようにしようと思うようになりました。
このことが大学でマネージャーをしてみようと思うようになったきっかけにもなっています。今まで私は様々な人に支えられて陸上競技をしてきました。そして、大学では誰かの競技を支えられるようになりたいと考え、マネージャーになってみようと思うようになりました。今はまだまだ選手たちの役に立つような仕事をすることができていません。少しずつでもいいので選手の役に立てるように視野を広く持ち、行動していけるようになりたいと思います。
今、世界では新型コロナウイルスの流行により様々な制限がかけられたりして、多くの方が苦しい思いをされていると思います。その中で私たちは監督、大学、OBや保護者の方々などの多くの方のサポートをいただき、活動をしていくことができています。このことが当たり前ではないことを改めて考え、サポートしてくださっている方に陸上を通して感謝の気持ちを伝えていくことができたらいいなと思っています。
立教大学陸上競技部男子駅伝チームは選手間の仲が良く、オンオフのはっきりした本当に応援のしたくなるようなチームだと思います。選手たちが箱根駅伝出場に向けて邁進できるようにサポートしていくことが私の役割だと思っています。
拙い文章で読みにくかったかと思いますが、最後まで読んでいただきありがとうございました。立教大学陸上競技部男子駅伝チームの応援をよろしくお願いいたします。

次回は8月31日、マネージャーの松本安里奈(法・2年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。

マネージャー 福井優斗

2020/8/17

今回は豊田彩華(観光・1年)です。
現在、コロナウイルスの影響で本格的に練習に参加することは出来ていませんが、天真爛漫な彼女の性格は今後の部活動に活気をもたらしてくれることでしょう。


 こんにちは。
立教大学観光学部交流文化学科一年の豊田彩華です。
この時期なので、あまり部活に行く機会がなくこの部活のことをあまり深く知らないので、今回はなぜ私が陸上部のマネージャーになったのかというお話をしたいと思います。
私は、一歳年上の姉がいるのですが、いつも姉の真似ばかりしていました。挙げ句の果てに、中学生の時はお姉ちゃんがいる高校ならどこでもいいと、私の志望校はお姉ちゃんが受験に合格した時に決まりました。そんな理由で高校に入学したせいか、私は高校生では全く勉強もせず、行事にも消極的で今思うと本当にもったいない学校生活を送っていたと思います。姉と同じ高校に入学することがゴールだと思っていたんですね。そんなことを高校三年生になり受験生になって後悔しました。どうして頑張れなかったのか考えてみると、多分自分はこの学校の中で一番頭が悪いと思っていたり、実力でこの高校に合格した姉と執着と運で合格した私は、さすがに大学は同じところに行けないと思い込んでいたのだと思います。でもまた、今回も執着と運かもしれないけれども、姉と同じ大学に通うことができ、それで私が思ったのは、決して高校時代のように時間を無駄に過ごさないということです。そこで私は、大学生活では何か自分が今まで避けてきたことに挑戦しようと思いました。それがマネージャーという仕事です。私の中でマネージャーという仕事は他人のために働いたり、自分がどんなに頑張っても自分のためにはならないと思っていました。私は今まで、自分の受験のために勉強をして、自分が試合で勝つために部活で練習をしていました。そんな私にとって、人のために何かをするとか、誰かを陰ながらに応援するという経験がありませんでした。それに、自分のミスが選手の足手まといになってしまうことを恐れていました。だけど、ここでまた自分の好きなことばかりして、やりたくないこと、やることが怖いことに目を背ければ、高校時代からなにも変わらないと思いました。だから私はこの部活のマネージャーになり、いつもだったらやらないこと、自分から好んではやりたくないことにも挑戦していきたいです。この挑戦は必ず自分自身のステップアップにつながると思っています。また、第44回大会以降出場さしていない立教大学が駅伝に出場することは、多くの人々を興奮させ、多くの人々の心を動かすものになると確信しています。だから私も選手に負けを取らないよう頑張りたいです。
拙い文章で大変恐縮ですが、これで私の挨拶とさせていただきます。
最後までありがとうございました。


次回は8月24日、マネージャーの水取一樹(コミュニティ福祉・1年)です。来週も是非、お読み下さい。



マネージャー 前田萌衣

2020/8/10

今回は豊田桃華(社会・2年)です。
常に明るい笑顔を振りまく一方で、冷静な一面も持つ頼れるマネージャーです。みんなに安心感を与えるチームの精神的支柱です。




はじめまして。立教大学社会学部メディア社会学科、豊田桃華と申します。今回このような機会をいただき、大変恐縮ではありますが私自身について書かせていただこうと思います。


みなさんは「運命」というものを信じているでしょうか。私はかなり信じています。というのも、偶然と必然は紙一重だと考えるからです。もちろん、たまたま部活や学校が同じになった人は偶然出会った人とも言えるかもしれませんが、これまでの人生の中で自分が「この学校に入る」、「この部活に入る」という決断を繰り返してきた中で得た環境、知り合った人々は決して偶然の出会いとは言い切れないのではないでしょうか。ここまで話すと、「豊田桃華」という人間がややロマンティックな人間に聞こえるかもしれません。しかし、私が立教大学陸上部のマネージャーになったのもやはり「運命」によってだったと感じます。


私は大学で陸上部でマネージャーになると決めるまでは、お恥ずかしながら陸上についての知識は全くありませんでした。大学で陸上部のマネージャーをしているなんて、一年前の私が想像もしていなかったことです。大学生活に期待を抱いてはいたものの具体的にやりたいことを全く決めていませんでした。典型的な、合格がゴールの受験生だったんです。大半の人と同じようになにかしらのサークルに入ってなんとなく4年間を過ごす。それもきっと楽しいだろうと思っていましたが、いざ入学して本当にそれでもいいのかという気持ちがあったことも事実です。部活のような何かに自由に打ち込むことができるのは大学生活最後のように感じました。こうして部活という選択肢が生まれました。


私は部活に入るなら、1.自分が4年間続けられる自信があること、2.雰囲気がいいこと、3.マネージャーができること、でした。3つ目に関しては少し異質に感じるかもしれませんが、私は運動に関してはマネージャーというポジションは最高に楽しいポジションだと考えていました。もちろん、特別得意なスポーツがないからという理由ももちろんありますが、それだけではありません。


少し話は脱線してしまいますが、私は高校の時野球部のマネージャーでした。入部を決めるまでは、正直なところマネージャー=裏方というイメージがありました。私は、生徒会長やミュージカルスクールに通うなど、高校まではどちらかといえば表に立つ環境の方が多かったと思います。誰かに支えられてきた人生でした。そんな私が裏方に徹すると言った時は、母も心配したものです。約3年間マネージャーを続けて、得たものは数えきれませんが、その中で最も大きかったことは、選手一人一人の成長を間近で見、肌で感じれたことです。自分が何かをするときは、目標に近づいているのか成長しているのか分からないという人やそういう状況にいる人は多い気がします。しかし、他人からみるとその人の努力や変化は一目瞭然でその姿に日々わくわくしました。このわくわくを感じられるのはマネージャーだけの特権だと思います。


本題に戻りましょう。このように、もし大学で部活をすることになったならもう一度このわくわくを実感できるようは体験をしたいと考えました。では、なぜそれが陸上だったのか。高校の時に経験した野球ではダメだったのか。大学に入ってなにか新しいことに挑戦したいという気持ちがありました。それと同時に、入学式でたまたま横の席になった子に誘われて説明会に行った時、「箱根駅伝2024」プロジェクトにチーム一丸となっていこうとする雰囲気がとてもよかったというのが主な理由です。元はサークルに入るつもりだった私にとって、部活に入れば4年間部活を中心に生活することになるという覚悟は、容易にできるものではありませんでした。しかし、説明会で同期のマネージャーと出会い、この子と一緒に頑張りたいと思えたことが最終的な決め手になりました。大きな、しかし、確実に後悔のない最善の選択を決意させてくれた彼女には感謝の気持ちでいっぱいです。


ここまで私が立教大学陸上部マネージャーになった経緯をお話しさせていただきました。偶然新歓で陸上部のチラシをもらい、偶然入学式で隣に座った友達に陸上部の説明会に誘われて、偶然気の合う同期と出会ったことで私は今の環境に出会えたのかもしれません。
しかし、私が過去にした選択から大学で部活をするという選択肢を視野に入れ、マネージャーに興味をもち、陸上部のチラシをもらったのが必然で、陸上部の説明会に参加しそこで巡り合った人々は必然的に出会ったのかもしれません。偶然か必然かは今となっては証明する手段がありません。だとしたら、私が過去に行ってきたことの連鎖の結果、マネージャーとして「箱根駅伝2024」プロジェクトに運命的に携われていると考えることはとても素敵に思えます。


マネージャーになって1年経ちますが、まだまだ未熟です。選手一人ひとりに寄り添い、わずかな成長、変化を見逃さないことが私の目の前にある目標であり、課題です。マネージャーだかこそ発見できる選手の成長、チームの良さを様々な形で発信していけたらと思います。これから立教大学陸上部がつくっていく「運命」を一人でも多くの人に見守り、応援していただけたら幸いです。


最後までお読みいただきありがとうございました。




次回は8月17日、マネージャーの豊田彩華(観光・1年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。


マネージャー 松本安里奈        

2020/8/3

今回はマネージャーの福井優斗(観光・2年)です。今年度から生活面でも、選手をサポートしています。興味のあることをとことん突き詰め、日々努力を怠りません。

初めまして、観光学部観光学科2年福井優斗です。夏休み期間はマネージャーがブログを書き記します。
今回私は、「マネージャーから見た立教大学陸上競技部男子駅伝チームの良さ」、「高校の時の自分について」の二つに分けて書いていきます。拙い文章ですが、最後まで読んでいただけたら幸いです。
まず前者についてです。
・先輩後輩含め、全員が分け隔て無く接している
・俯瞰的視点が出来ている
・各々が各々の「正しさ」があるのを理解している
・真面目である
・同期同士で仲が良い
これが、男子駅伝チームの良さであると思っています。
人間関係に関しても、陸上に関しても、「一歩」引いて物事を見ることができる。だからこそ誰とでも分け隔てなく接する事が出来、先を見据え各々が目指す場所へと進めるチームである。それが「立教らしさ」であると。
後、自分が悩んでいる時に「頑張ろうぜ」と一声をかけてくれる同期には本当に感謝しています。
陸上界の最前線でひた走る上野監督の指導を頂きながら、立教らしさを持って、これからもマネージャーとして精進していかなければと思います。
 
次に後者についてです。
誰かに勝つのが「嬉しい」、負けるのが「悔しい」、それが一つの結果として、積み重ねていったものが陸上競技であり、その歴史が、トップでひた走る人達の凄さを際立たせているのだとそれが陸上における「美しさ」なのであると、高校生の時にふと考えた事がありました。
じゃあ、そうではない人はどうなのか。
 
自分は高校の時に陸上を始めて、当時は選手として活動していました。最初は、
タイム、ペースなど全く分からなかったのですが、
まずは同期に勝ってやろう。
練習においては先輩や同期がついているから、離れないようにしよう。
そんな風に意気込んでいました。
7月に3000mの試合に出て、9分45秒でした。他の同期は、9分30秒前後が二人、9分一桁が一人でした。正直、一番早い同期には追い付くのは難しいと思っていましたが、ほかの二人なら追い付けると胸に秘めて、夏合宿に向かったのを覚えています。

実際に夏での練習消化率は、大きな差は無かったです、他の三人は、短い期間ですが練習を休む機会もあり、練習量だけでいえば、上回っていたと思います。
 
そして秋になり、高校駅伝や試合を複数本走る機会が巡ってきました。
蓋を開けてみると、僕以外の三人は高校駅伝に出場。
12月までの5000mの自己ベストは、3人は15分台、僕は16分40秒でした。
丁度、その時期には新人戦などのトラックレースの公式戦もあり、実際に県大会やそれ以上の大会に行く為にはどれくらいのタイムが必要か、肌で感じられる機会もあり、
そこから3人は県大会出場などの明確な形のある目標やチームとしての目標であった
関東高校駅伝出場に向かって、向上心を抱いて練習を行うようになりました。
 
僕は三人に「置いて行かれた」と感じ、心の何処かで劣等感を持っていました。
そこから2年生では、疲労骨折などの大きな怪我を経験したのもあり、完全に
「停滞」していました。
自分と周りとの相対的な評価がハッキリと出るのが怖かった。
弱い自分と向き合うのがしんどい。
「前向きな自分」より「後ろ向きな自分」が上回っていた一年間でした。
 
3年生、一番上の代になった時。チームの事を考える立場になり、こんなだらしない自分では後輩達に申し訳ない。結果としてはチームに貢献できないかもしれないけど、やれる事はやろう。
そうやって、気持ちがシフトチェンジしていきました。
キロ4を上手く走れない選手もいればインターハイに出場する選手もいる。それぐらい実力差が開いているチームだったので、自分のように「後ろ向き」が先行している選手に寄り添って、話を聞いてあげよう。
チームの為に選手が一秒でも早いタイムで走れるように応援しよう。
個人の能力を上げるのも、誰かが感化すればと、チームの為だと思って頑張りました。
 
相対的な評価で常に上にいなかった自分は、
陸上をやる上での素晴らしさ、楽しさをあまり感じずに、何処かに劣等感を抱えて部活動を行っていました。
 
それでも、「自己肯定感」を持って前に進まなければならない。
 
最初に陸上における「美しさ」についての持論を述べましたが、トップに行ける選手は一握りであり、上を目指そうとすればするほど、どんな選手であれ、いつかは「劣等感」と戦わなければ行けない時が来ると思います。
それをどんな形であれ、自分の中に消化して「後ろ向き」よりも「前向き」が上回るようにする。
僕は「陸上」によって、大人になる上で大事なモノを現在進行形で受け取っているのだと思います。
そして、自分はマネージャーでもあるので、「劣等感」を抱えてしまった選手に寄り添える人間になりたいです。
 

次回のブログは8月10日、マネージャーの豊田桃華(社会・2年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。
マネージャー 豊田桃華

2020/7/27

今回は山口東夏選手(コミュニティ福祉・4年)のブログです。東夏選手といえば、自分の考えをしっかりと持って練習に取り組み、自分とまわりに妥協しないイメージです。今回はそんな山口選手の「考え方」について書かれたブログになっています。


はじめまして。
立教大学コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科4年、山口東夏です。

「とうか」という名前は非常に珍しく、呼びやすさも相まって名前を覚えてくださる方が多く、私自身とても気に入っています。名前はその人を表すと言われますが、東夏というこの名前、私の人生そのものだという実感があります。

それは、
「山口東夏の『夏』という字のみが半分に折って、重ならない」こと。
「5月生まれでありながら、『夏』が使われている」こと。
つまり、
「Stand Out Fit In」、はみだしてなじんできた人生でした。

実はStand Out Fit InはONE OK ROCKの曲名です。MVをぜひ見てください。
ストーリーとしてはアジア系の男の子が人種や文化の差異からか、いじめを受ける。年齢を重ね、周りに合わせていく。米でなくサンドウィッチを頬張り、酒を飲みながら夜な夜なドライブ(ダメですよ!)。衝突事故にあってしまうが、ぼんやりとする視線の先には(おそらく彼は中国系なのでしょう)「変面師」がパフォーマンスで彼を魅せる。彼は踊りだし、黒髪からゴールドへ、目の色はブルーになる。彼の友達も踊りだす。その踊りは彼だけがはみだしている。最後、友達にもみくちゃにされながら、いじめにあっていたころの彼、偽りのないありのままの自分自身が現れる。
歌詞の「I just wanna be myself」「I am who I am」。
私はこの曲と自らの経験をふまえて感じたのは、コンプレックスが強みになるステージや、自分らしくいることで輝けるステージがどこかに必ずあるはずだということです。

それは職業に限りませんが、「天職」という言葉がしっくりきます。
というのも、私が就職活動をしていたのが関係してるかもしれません。いわゆる「自己分析」みたいなものをする過程で、とにかく私自身を多角的に問い続け、私の人生の方向感というか、渇望みたいなものが何に向くのかを探していきました。

ここで、私のコンプレックスと、根底にあるマインドについてお話します。

私には、「当たり前のことを当たり前にできない」というコンプレックスがありました。過去形なのは、成長するにつれて工夫し、改善し、どうにか人並程度になった(と信じたい)からです。

小学生の頃が最もひどく、宿題をやってくる、連絡帳をつける、お便りを親に渡す、こんなことが満足にできませんでした。給食費を払う封筒をランドセルの奥に押し込んだまま、3ヵ月滞納して特別な通知が家に届いた、なんてこともありました。

根本的に怠惰なのかもしれません。めんどくさいことは後回し。締め切りが迫って危機感が芽生えてやっと重い腰が上がります。それでも集中力は長く続かないし、夜型なのでおひさまが出てる間は何もする気が起きません。今も、締切前日の21時になってようやくこのブログを書き始めたくらいです。

「どうしてできないんだろう?」
小学生からずっと悩んできました。いまでも悩んでいます。
陸上競技でも、やはりそのコンプレックスは私を悩ませます。練習計画を試合から逆算して組んだり、明確な目標を立てて、モチベーションとしたり、毎日意図をもった練習をしたり。こんなことが苦手です。怒られてしまうかもしれませんが、私は走ることに対して「速くなろう」とか、「勝ちたい」とか、目標を設定することは決してありません。それは私にとってモチベーションになりえないからです。

私にとって重要なのは、
「身体を自在に操り、理想とする走りを『体現』すること」、
「走ることによって、五感をもって時々刻々の変化を受け入れる『美的体験』」、
なのです。

身体を自在に操り、理想とする走りを体現するとは、
私自身の身体を支配し、同時に精神にも意識をむけることによって、私が「ある」こと、存在していることを認識し、理想とする走りの身体技法を獲得し、感覚としていつでも引き出せるようにしていくことです。

五感をもって時々刻々の変化を受け入れる美的体験とは、
天候や気温の変化、四季の移り変わりなどを走ることを通して感じとることによって、私自身もまた変化のなかにある存在であり、常に同一ではないこと、私という存在も実は「無」であることを自覚し、変化するからこそ、そこに確かな、またとない「美」を感じ取ることができるということです。唯一性や一回性があるからこそ、我々はスポーツをプレイすること、観ることに面白さを見出すのと同じかもしれません。

そして、私の走ることというのは、私らしさの「表現」あり、他者との「闘争」ではありません。

ただ、私自身との「闘争」は常にあります。
誰に勝ちたいとかはないけれど、私にだけは負けたくない。走っているときだけは、私自身に厳しい目をむけることができる。身体と精神に語りかけ、「俺はまだこんなもんじゃない」と奮い立たせる。並走する他者に勝つために走るのではなく、他者に負ける私を私が許せない。
矛盾しているようにみえて、していないのです。
「当たり前のことができない」コンプレックス。その劣等感への恐怖。それが理想とする走りの体現を害そうとすることが許せないのです。

少し話がそれてしまいました。
結局、私はコンプレックスを覆い隠すようにして、自分自身に固有なマインドを形作ったと解釈してください。あまのじゃくなのかもしれません。できないことを受け入れ、そのなかで自分自身の居場所、役割を探したが故に、無意識のうちからオリジナルであることに価値を見出していた(またはそうするしかなかった)のかもしれません。

ネガティヴなニュアンスとして伝わっているかもしれませんが、むしろ私はこのコンプレックスがあったからこそ、得ることができた能力や経験はとても多いので、感謝しています。

ストレングスファインダーをご存知でしょうか?
端的に言えば、あなたの強みは何かを知ることができるテストです。強みといっても、場合によっては弱みにもなるので、思考や行動の「特徴」というのが適切かもしれません。
私の上位資質は、
上から順に、「内省」「収集心」「戦略性」「指令性」「未来志向」の5つです。
そこに書いてあることを簡単にまとめれば、
好奇心旺盛で、常に知識や情報を収集することに努め、それらを横断的に理解するための知的活動を好む。言語によって落とし込み、熟考によって革新的で斬新な、そして最適なアイデアを生み出す。議論を好み、主張すること、指揮をとることが苦ではなく、存在感や権威を感じさせるので、人を説得することがポテンシャルを最大化する。
と書かれていますが、まるで古代ギリシャのソフィストのような内容です。ソクラテスに論破されてしまいますね…。
指令性以外の4つは「戦略的思考力」に分類されており、さらに上位10の資質のうちでも6つを占めています。また、指令性がカテゴライズされる「影響力」は10分の3と、戦略的思考力と合わせて9つなので、私の特徴は戦略的思考力、影響力と言えます。

私はこれこそが、コンプレックスが強みになることであり、自分らしさであると考えています。この資質によって輝ける仕事を就職活動で探しました。ここでもやはり人気ランキングに載っているような企業は選びませんでした。後輩たちの参考になるようなことはできなかったかもしれません。

けれど、本当に心の奥底から尊敬し、私らしさ、強みが真に発揮され、もたらすことのできる御社と出会うことができました。そして、その仕事は私の幼い頃からの夢である「経営者」に最も近づくことができる最高の会社です。愛が止まらない!!
創業者の書籍を読み、その本からかなり影響を受けたことも深く関係しています。
逆境に立たされ、多くの困難に立ち向かい、それまでの固定観念に囚われない斬新なアイデアと、不屈の実行力によって、成功をたぐり寄せた。

そのようなサクセスストーリーを、自己啓発だ、脚色だと揶揄する人は多くいます。
しかし彼らは、筆舌に尽くしがたいほどの努力と行動を、自分自身の信念に従って、反対されても、侮辱されても、続けてきたからこその成功なのであり、今もその書籍が多くの経営者をはじめとする読者たちの心を動かしているのです。

夢は経営者になることですが、それは決して退職を前提とするような失礼なことではありません。

スティーブ・ジョブズの有名なスピーチを例に説明します。
スタンフォード大学の卒業式辞で「Connecting the dots.」という言葉を贈りました。点と点を繋げるのか!いろんな経験が将来役に立つんだ!ということではく、スピーチの文脈から紐解くと、「目の前のことにどん欲に、熱中する。経験が活かせるかは祈るしかない。偶然得た点も、ある時に振り返れば必然の点である。」と解釈できます。「the」と限定しているのは、それがあなたにとって、あなたにしかない点だからだと考えます。

そして、ヴィクトール・フランクルの「夜と霧」の一節、
「生きることから何かを期待するのではない。生きることが私たちから何を期待しているかだ。生きる意味を問うのではなく、問いの前に立たされている。その問いに正しく答えるには行動や適切な態度を示すこと。」
彼はコペルニクス的転回と表現しました。

つまり、経営者になるために就職するのではなく、経営という方向感はありつつ、自分らしく、また自分の特徴や強みを発揮することに熱中し、行動し続けることによって、会社にとって存在感のあるスペシャリティとして輝くことができ、運が良ければ経営者となれると信じるという仮説を立てたということです。

「○○でなければならない」「○○であるべきだ」
ある人はそれを常識といい、
私は偏見だという。

そんな「固定観念をぶっ壊し、ニュースタンダードを確立する。」

これが私の人生の目的です。

私の好きなOasisのWhateverから、
「I’m free, to be whatever I choose」
何者にだってなれる。何かを始めることに遅いなんてことはない。自分が選んだ選択肢が正しいと信じて、誰のものでもない、「私の人生」を輝かせたい。
ただそれだけが私の願いです。

大変長くなりました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。


次回は8月3日、マネージャーの福井優斗(観光・2年)のブログです。来週も是非、お読みください。

マネージャー 奥田陽花

2020/7/20

今回は市川大輝(コミュニティ福祉・1年)選手です。
市川選手は、日々の生活や練習など、淡々と全うしつつ、練習後のケアは毎日欠かさず行うなど、自分自身が今必要な事を遂行できる技量を持ち合わせています。
将来が楽しみな選手の一人です。


こんにちは。コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科1年の市川大輝と申します。今回は、私が競技、生活をする上で大切にしている事を紹介したいと思います。

それは順境の過ごし方です。皆さんは”逆境に打ち勝つ”というような言葉は聞いたことがあるかと思います。それは自分がピンチの状況や苦しい状況に陥った時、どうすればそれが改善されるのか考えて行動し、解決策を見つけることだと思っています。なぜ逆境ではなく順境なのか。このように考えるようになったきっかけを私の高校時代の体験を元に書いていきたいと思います。
私は高校入学時3000mの自己記録が9分18秒でした。入学して1ヶ月で9分6秒、3ヶ月で8分56秒まで自己記録を更新しました。出るレースのほとんどが自己ベストで練習も順調に出来ていました。その事が嬉しかった反面、強くなったと勘違いし過信している自分がいました。
ある日順調にいっていた練習のほとんどをこなせない日々が来ました。普通ならできる練習が全くこなせず苦しい日々でした。何に原因があったのか考えてみると順境の過ごし方でした。私の場合、苦しい時は何とか頑張れても上手くいっている時にこそ落とし穴がありました。基本的な挨拶や練習前の準備や体のケアなどが疎かになっていました。しかし、そのような事が原因だと気付くにはとても時間がかかりました。
どうすれば良いのか必死に考えて行動をしても何も上手くいかない事が続きました。その中でも稀に上手くいくことがありそれでまた天狗になってとその繰り返しでした。高校3年生になり、ようやく原因に気付き、より一層順境の過ごし方に気を使うようになりました。その結果として高校3年目では、中学では届かなかった全国大会に2度出場することができ、大きく成長することができました。
大学に入学し3ヶ月ほど経ちました。毎日学ぶことが多く、成長できるチャンスがそこら中にあると感じています。大学でも、初心を忘れず日々成長していきたいと思います。箱根駅伝を走ることが私の夢です。強化プロジェクトの素晴らしいタイミングで入学できたことに感謝の気持ちで一杯です。夢の実現のためや、周りの方への感謝を走りで体現できるように頑張りますので応援よろしくお願いします。

<最後に>
コロナウイルスの影響で大変な日々が続いていますが、負けずに頑張っていきましょう!最後まで読んでいただきありがとうございました。


次回は7月27日、山口東夏選手(コミュニティ福祉・4年)です。来週も是非、お読みください。



マネージャー 福井優斗

2020/7/13

今回は辻京佑(文・2年)選手です。
毎回の練習に、ひたむきな姿勢で向き合う辻選手。人一倍陸上について考え、常に上を目指そうという強い意志が走りにも表れています。
 
こんにちは。
 文学部教育学科2年生の辻京佑と申します。ブログで自分の話をすることは初めての経験なので、拙い文章になるかもしれませんが、最後まで読んで頂けたら非常に嬉しいです。今回のブログでは、自己紹介を兼ねまして私がこの立教大学男子駅伝チームに所属するまでの過程と、この先このチームで何を成し遂げていきたいかを話したいと思います。
 私が陸上競技を始めたのは中学一年生になります。当時は長距離を走ることは無く、走り幅跳びの練習を毎日行っていました。部活動の活動の雰囲気が非常に良く、何よりも楽しんで陸上競技に打ち込んでいたように思います。中学2年生の頃転校することになり、大きく環境が変わりました。転校先の学校でも陸上部に所属したのですが転校前の学校に比べて練習の強度が非常に高く、毎日練習することで一杯一杯でした。転校後も走り幅跳びを続けていましたが、友達が長距離を走っていたのもあって一度3000mを走ってみようと思いました。私の中ではこの時の3000mが現在に繋がっている気がします。このレースは非常に記憶に残っています。元々長距離走は苦手で、このレースでは先頭と周回差をつけられました。周回差をつけられた時、先頭で走る選手の背中を見て「この選手のように速く走ってみたい」と思ったことで走り幅跳びを辞めて、高校に進学したと同時に長距離を走ることに決めました。
 高校に進学しましたが、いわゆる強豪校と呼ばれるような高校に進学した訳ではありません。駅伝を走るとしても短距離の選手の力を借りなければ出場できないようなチームでしたが、その環境の中で速く走れるように練習していました。上級生になってからは毎日の練習メニューを私が考えていたのですが、その時に大事にしていたのが目標に近づくように計画し、それを実行し、不具合が生じたら修正していくという考え方なのですが、これは今にも生きているような気がします。高校では中学生の時よりも長距離を得意と言えるところまで来ましたが、全国レベルの試合で走ったことはありませんでした。そして引退することになったのですが、どうしても私の中に悔いがありました。「まだ速く走れた」と思うことがあり、「あの時こうしていれば違う結果になっていた」と考えるなど私の中で不完全燃焼の状態でした。そのような状態だったので自分自身が成長したいという思いで、立教大学に進学したと同時に陸上競技を続けさせて頂いています。
 以上が男子駅伝チームに所属するまでですが、ここからこのチームで成し遂げたいことについて話します。先程書いたように私は輝かしい成績を持っているわけではありません。そのような私がチームに貢献し、共通目標そして自身の目標を成し遂げるためには自分がどのように目標を設定しその上で努力し、それをどのように結果に結びつけチームにその姿を見せることが出来るかが重要だと思います。私たちは箱根駅伝出場に向けて練習しています。箱根駅伝に出場するためには予選会を突破しなければなりません。予選会は1年に1回しか来ませんので、この1回のチャンスを物にするために練習していくことになります。私がすべきことは「正しい努力」をすることです。ひたすらに努力をしたとしても、努力した結果成果が出ない方向に向かっていたならば、それは修正しなければなりません。大学の陸上競技生活の中で自分が思い描くようなものにするためにも正しい努力を行い、目標に向かう過程を大事にしていきたいと思います。
 今のチームは非常に雰囲気が良く、互いを信頼出来ています。一人一人が自己ベストを目指し練習をしています。誰かが自己ベストを出せば、全員で褒めるようなチームです。そのため今のチームに誇りを持っています。このような状況を守りながら、私がそこに加わり前向きな結果を出して互いに目指す目標に向かえるように練習していきます。まだまだこのチームは成長します。その過程を見て頂ければ幸いです。非常に長い文章となってしまいました。最後まで見て頂いた方ありがとうございました。
 
次回は7月20日、市川大輝(コミュニティ福祉・1年)選手です。来週も是非、お読みください。

マネージャー 豊田桃華

2020/7/6

今回は石鍋拓海(法・3年)選手です。
石鍋選手は前向きに練習する姿が印象的です。また、思いやりがあり後輩からも親しみやすい選手です。
 
こんにちは。法学部法学科3年の石鍋拓海です。ブログを書くのは初めての経験なので、拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけると幸いです。今回のブログは、私が小学6年生の時に担任の先生から教えていただいた、一つの言葉について書きたいと思います。この言葉は、私が9年間の陸上競技生活で常に大事にしている言葉です。
 
私は小学生の時は、ほとんどの時間をサッカーのことしか考えていないような天真爛漫なサッカー少年でした。サッカーの影響もあり、ある程度体力の方には自信がありました。私が通っていた小学校では、毎年12月に校内のマラソン大会があり、私は6年時の最後のマラソン大会前に、当時の担任の先生に最後は優勝しようと言われました。どうしたら優勝できるのだろうか。当時の私なりに考えた結果、その次の日から朝早めに学校に行き、サッカーの朝部活練習の前に自主練をするようになりました。自信を持った状態で大会に臨みましたが、結果的には目標であった優勝することはできず、2位という結果でした。ただ、ここでの優勝できなかった悔しい気持ちが、私が中学から陸上競技を始めるきっかけに繋がりました。
そして、そのレース後に担任の先生から大事な言葉を教えていただきました。それは「継続は力なり」です。地道な努力を継続することで、いつかそれが成果となって現れる。当時の私には、この言葉の意味があまり理解できなかったかもしれません。ただ、私自身9年間陸上競技を続けてきて、今はこの言葉の意味は本当に深いものだと感じています。これはあくまで私自身の考えになりますが、この言葉の本当に大事な意味は、ただ単に何かを継続すること以上に、目指すゴールを明確化することにあると思います。まずは具体的なゴールを定めた後で、そこにたどり着くためにどんな方法で継続するかを考える。それから実際に行動に移して、試行錯誤を繰り返すことで、少しずつゴールに向かっていく。この一連のプロセスは人それぞれで異なってくると思います。ただ、どんな人も共通で、このプロセスを自分なりの考えを持って踏んでいくことで、小さな成功が少しずつ積み重なり、次第に大きな成功に繋がっていくと私は信じています。小学6年生時の担任の先生と出会っていなければ、こうした考えに至ることはなかったと思います。
「立教箱根駅伝2024」事業が始まって以来、環境は大きく変化しました。箱根駅伝出場という大きな目標に向けて、紫聖寮の完成、監督やコーチ、トレーナーによるご指導、主務やマネージャーによるサポートなど、本当に恵まれた環境で陸上競技と日々向き合えていると思います。この環境は決して当たり前に存在するものではありません。これは多くの方々のご支援あってのことであり、感謝の気持ちでいっぱいです。そして、同じチームには頼もしい先輩、同期、後輩がいます。残りの競技生活も、立教らしさを忘れることなく、目標に向かって日々努力していきたいと思います。
長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
 
来週は7月13日、辻京佑選手(文・2年)のブログです。来週も是非、お読みください。

マネージャー 松本安里奈

2020/6/29

今回は大槻瑛一選手(法・4年)です。
大変な練習の時も落ち着いて、丁寧に練習に取り組んでいる印象の大槻選手。そんな大槻選手の走りに多くの選手が鼓舞されています。
 
 こんにちは。以前須藤君のブログの中で紹介されました、高校時代は帰宅部で大学より長距離を始めました大槻瑛一です。今回は主になぜ私が長距離を始めたのか、そこに至るまでについて話していこうと思います。
 長距離を始めた理由は、「走ることが好きだ」ということ、そして「憧れ」があります。私は幼稚園、小学校では主にサッカーをやっていましたが、その中でも足の速さを買われていたこと、また、運動会ではほぼ負けなしで、次第に走ることが好きになっていきました。中学に上がる時には北京オリンピックでのウサイン・ボルトの走りに衝撃を受け、「あんな風に走れたら」と憧れ、そこからは陸上部で短距離を始めました。この頃は短距離をメインでやっていたので、箱根駅伝どころか長距離そのものにほとんど興味はありませんでした。しかし、中学2年生の時に始めて生で箱根駅伝を見に行き、大きな衝撃を受けました。大歓声の中を疾走する選手を見て純粋に「カッコいい」、「走る姿って美しい」と感じました。また、100mを17、8秒で約20km駆けていく能力にも衝撃を受け、「自分もそんな風に走りたい、大学では長距離をやろう」、と思いました。その後高校では諸事情で部活には入れませんでしたが、自己流で練習をし、ようやく入った立教大学でやりたかった長距離を始め、現在に至ります。
 正直、入部当初は持ちタイムもなく、練習にはついていけず、慣れない体育会の環境もあり、辞めるか迷うときもありました。また、強化プロジェクトが始まり今まで以上に練習がハードになったことで、時には憂鬱になることもありますが、それでも続けられるのは「走りたい」という気持ちや「憧れ」があるからだと思います。
 4年生となり競技生活も残り少ないですが、大学から始めた叩き上げとしてチームに良い影響を与えられるよう精進していきたいと思います。
 
次回は7月6日、石鍋拓海選手(法・3年)のブログです。来週も是非、お読みください。

マネージャー 奥田陽花

2020/6/22

今回は岸本健太郎選手(経営・1年)です。
兵庫の須磨学園で主将を務めていた岸本選手。
練習は勿論、日常生活においても責任感が強く、真面目で几帳面な姿が垣間見え、部内に良い影響を与えています。
 
こんにちは。
経営学部経営学科1年の岸本です。今回は、私がこれまで陸上競技を通して学んだことを書いていこうと思います。
 
私は、中学・高校と本当に仲間に恵まれました。
中学生の時には、全国大会に出場するチームメイトが複数おり、そのお陰か私の専門である長距離のみならず、投擲や短距離など種目をまたいで切磋琢磨しあえていました。毎日ハードな練習であっても、仲間がいることで乗り越えられその結果、県の総体では総合優勝することができました。中学生の期間では、切磋琢磨できる仲間がいれば練習の質も上がり、自分の求めているものに近づくことができるということを学びました。
高校では、本格的に駅伝というものに取り組みました。高校の顧問の先生は、チームに向かって、よく「駅伝は陸上競技のフェイクだ」と語りかけていたのを今でも覚えています。駅伝はただ個人のスキルをアップさせ、個を寄せ集めればいいものではない。そこに、個人がチームに掛ける想いなどが加わり、その集合がただの足し算ではなく、掛け算となって結果に表れる。そう、常々言われてきました。自分なりに理解はしていたつもりでしたが、本当の意味で理解しきれていませんでした。実体験がなかったからです。そして、理解しきれないまま、2年生になる年の春の高校伊那駅伝に出場し、結果は個人で見ると大崩れした選手はいませんでしたが、チームとしては目標から程遠い順位でした。その時に実感したのは個の寄せ集めではなく、チームとして、束として挑まなければ駅伝では勝つことはできないということで、顧問の先生の言っていることがやっと分かった気がしました。そこから、チームメイトとともに、集団を意識して練習に取り組み、当たり前にできることが増えました。また3年時にキャプテンという役職を任され、同級生の仲間がその役割を分担してくれたことで、よりチームがまとまることができました。その年の都大路では、順位は良くなかったものの、チームの大会におけるベストタイムを出すことができました。高校生の期間では、仲間を思いやることで個人としても、集団としても成長していけることを学びました。
 
中学・高校を通して仲間の大切さ・ありがたさを学びました。しかし、学んだことの中にも、100%消化しきれていないものもあります。それをこれからの生活の中で消化しきれるよう、学び続けていきたいと考えています。
 
立教大学に入学し2か月が経ちました。箱根駅伝やインカレといった目標に向けて、今も学び続ける毎日です。結果の最大化を目指して、仲間の存在に感謝し共に成長していけたらと思います。
拙い文章になりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
 
次回は6月29日、大槻瑛一選手(法学部・4年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 福井優斗

2020/6/15

今回は大学に入って次々にPBを更新している、黒田航世選手(コミュニティ福祉・2年)のブログです。黒田選手は、入部したての後輩からも慕われる、みんなから愛される存在です。自己分析を活かして練習の質を高める彼の走りには、今後も注目です。

こんにちは。
コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科2年の黒田航世と申します。このような場で自分の考えを発信することは初めてですので、拙い内容になるとは思いますが、最後まで読んでいただけると幸いです。
今回は、私が競技をする上で大切だと思っていることについて書いていこうと思います。

それは、常に平常心でいることです。こう思うようになった背景には、私の高校時代の経験があります。少しその時の話をさせていただきます。

私の出身高校は全国高校駅伝の常連校でした。しかし、私が高校3年の時に21連覇が掛かっていた県高校駅伝で別の高校に負け、私の世代で全国高校駅伝の連続出場を途切れさせてしまいました。それまでの連勝記録の20という数字はとてつもなく大きいものだった故に、負けた時はこれまでにない喪失感を味わったことを今でも鮮明に覚えています。
大会が終わり、私は負けた理由を何度も考え続けました。自問自答を繰り返した結果、「勝たなければ」という重圧に押し潰されて余裕がなく、平常心を失っていた為に負けたのではないかという考えに至りました。
相手に意識が向き、ライバル校の選手が記録会等で好成績を残すたびに焦るばかりで、自分達がやるべきことを見失っていたのではないか?
それによって、「勝つ」ことではなく「負けない」ことばかり考えてしまっていたのではないか?
完全に平常心を失っていた。
競技力以前に気持ちの面で劣っていた。
私はそう強く感じ、平常心でいることがいかに大事なことか身をもって感じさせられました。

競技をしている以上、様々な要因から、ベストなパフォーマンスを発揮することが難しい時が必ずあります。例えば、調子が悪いのに結果が求められるレース。この場合、どうしても不調という余計なことに目が向きがちです。しかし本当に強い選手は、そういった余計なことに翻弄されず、常に冷静沈着でいられる心の強さを持っているのです。
先ほどの例で言うと、
調子が悪くても結果を残さなければならない→それなら不調であることを考えている暇はない→今のベストを尽くすしかない
強い選手はこうやって良い意味で吹っ切れることができるのです。

なにも競技だけに言えることではありません。普段の生活の中でも思い通りにいかないことはあります。そういった時も平常心でいることができれば、落ち着いて考えを巡らすことができます。また、他人の助言を参考にしたり、一旦その物事から離れて何か別のことに取り組むことでそこからヒントを得たりなど、平常心でいることで視野が広がり、様々な方法で課題解決の為に行動することもできます。

現在、コロナウイルスの影響で様々なことに制限が設けられ、まさに思い通りにいかない状況と言えます。このような時こそ平常心を忘れずに冷静に行動すれば、この困難な状況を乗り越えられると思います。

ここまで長々と偉そうなことを書きましたが、私自身、まだまだ精神面で他に劣っています。競技者として、そして1人の人間として成長する為に、平常心でいることを心がけてこれからも努力していきたいと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は6月22日、岸本健太郎選手(経営・1年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 豊田桃華

2020/6/8

今回は、加藤大輔選手(経済・3年)です。加藤選手は、メニューを堅実に行う真面目な選手です。自分自身、そして周りに対してもストイックな選手で、その姿によって部内の規律が正されています。
 
こんにちは。
経済学部経済政策学科3年の加藤大輔と申します。ブログを書くのが初めてのため、拙い文章ではありますがご一読いただけると幸いです。今回は初めてのブログということで、自己紹介も兼ねて今までの私の競技生活について書こうと思います。
 
幼少期から父親の仕事の関係上、箱根駅伝を毎年現地で半強制的に観戦させられていました。そんな幼少期を過ごしたため、幼稚園の卒園アルバムには既に、「夢は箱根駅伝に出ること」と書いてしまっていたほどでした。中学1年生の時に競技を始め、中学、高校と練習に明け暮れる日々を過ごしていましたが自分の思いとは裏腹に伸び悩んでいました。駅伝の強豪大学に進学できるレベルでもないのに、それでも箱根駅伝の夢が諦めきれませんでした。そこで、当時は非強化校で実績のない私でも4年間競技を続けられる立教大学への進学を決めました。そんな私にとって、駅伝の強化プロジェクトは願ってもないチャンスとなりました。箱根駅伝出場という明確な目標のもと日本のトップランナーである上野監督からの指導を仰ぎ、専門のトレーナーさんによるフィジカル面の強化、長期の強化合宿、男子長距離専用の選手寮など恵まれた環境を整えて頂きました。強豪校に所属した経験がない私にとっては、このような環境がとても恵まれていて、多くのご支援があってのものだと身に染みて感じられます。このようなチャンスを頂けたことに感謝して、残り1年と数か月の競技生活を後悔なく全力でチャレンジしていこうと思います。
 
次回は6月15日、黒田航世選手(コミュニティ福祉・2年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 松本安里奈

2020/6/1

今回は須藤健介選手(文・4年)のブログです。
須藤選手といえば抜群の行動力が魅力の1つです。競技はもちろんのこと、何事にも妥協せず取り組む姿は、部員に多くの良い影響を与えています。

 先に断わっておきます。今回のブログは「想定外」に長いです。なぜなら、今回は「想定外」について語るからです。「想定外」と聞いて、皆様はどのようなイメージを持ちますか。おそらくアクシデントを思い浮かべ、悪いイメージを抱く方が多数だと思います。ですが、私は「想定外」という言葉に愛着を感じています。なぜなら、私の大学生活は「想定外」の連続だったからです。
 想定外な大学生活の始まりは大学受験でした。私は某国立大学を本気で目指していました。出身高校が進学校だったので、国立大学に進学することが勝ち組だと当時は洗脳されていました。しかし、センター試験の国語の試験中、事件が起きました。終了1分前にマークミスが判明したのです。あの時の焦燥感や絶望感は一生忘れないと思います。それまで一回もマークミスをしたことがなかったので、まさに想定外のミスでした。ここから「想定外なキャンパスライフ」が始まりました。
 さらに私はアクシデントが多い海外への一人旅にハマりました。限られたオフ期間を使って、インドやラオスに一人旅をしてきました。マイナーな国に行ったのは、頼れる日本人がいない環境でどれだけ生きていけるか自分を試したかったからです。例えば、ラオスでは思いつきで国境越えバスを使ってのタイ入国を試みました。滞在時間3時間、出稼ぎの人たちの中に日本人の青年が紛れている光景は、相当怪しかったと思います。現に最初は不法入国を疑われ、入国を拒まれました。近くのトゥクトゥクの運転手にアドバイスをもらい、なんとか入国できたものの、訪れた地域はタイの中でも田舎の方でWifiも無く、迷子になってしまいました。しかし、困っている様子を見かねた現地の住民が声をかけてくれ、事情を話すと善意でバイクの荷台に私を乗せ、目的地まで運んでくれました。この経験からも、想定外なアクシデントが多発する一人旅の方が、現地の人々との出会いや「旅」をしている感覚を味わうことができ、「生きる力」を養えると思います。
 部活でも、想定外な出来事が起きました。「立教箱根駅伝2024」事業が突然始動したことです。私は速くないので部を辞めることも考えましたが、滅多にないチャンスだったので学生生活を賭けてみることにしました。上野監督の個々の選手に寄り添った指導のおかげで、高校時代は県大会に行くので精一杯でしたが、関東インカレに出場するレベルまでタイムを伸ばせました。また昨年の箱根駅伝予選会の結果も周囲から見たら想定外なものだったと思います。なぜなら、10000mの平均タイムでは30位だったチームが本番では23位と他の強化校を一気に抜いてしまったからです。もちろん、チーム目標を達成できなかった悔しさはありますが、それと同時に驚きをひそかに感じていました。このような結果を出せたのも、想定外な仲間に溢れたチームであるからだと思います。仲間の中には、高校時代は帰宅部、2年浪人した後に初めて長距離に取り組み、今ではチームに勢いをもたらす走りをする者もいます。各々の「走りの哲学」を皆が認め、刺激を受け合う文化がこのチームには存在します。現在は長期間部活ができていない状況です。ですが、この想定外の状況から秋以降どのような結果につながるのか、個人的には楽しみです。
 現在、私は就活中です。今年の就活はまさに想定外の就活です。現に私も志望業界の企業で採用見送りが相次ぎ、思い描いていた未来のビジョンが崩れました。最初はこの状況を悲観していましたが、冷静に状況を捉えると、むしろ自分には追い風なのではないかと考え始めました。やっと想定内の未来から外れることができたからです。当分の間は「変化が多く、想定外に溢れた環境」に身を置き続けるのではないかと予想しています。
昨今のコロナウイルスの影響で想定外なことが多発し、落ち込む時は誰にでもあると思います。ですが、私は学生生活を通して「想定外な事態には必ず、想定外な結果がついてきて、面白い日々を送ることができる」ことを実感しました。このブログが想定外の日々を生きる皆さまの活力になれれば幸いです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回は6月8日、加藤大輔選手(経済・3年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 奥田陽花

2020/5/25

今回は服部凱杏選手(経営・1年)です。
上野監督の母校、長野の佐久長聖高校出身の服部選手。練習では積極的な姿勢を見せる反面、礼儀正しく親しみやすい人柄で、入学早々チームに溶け込んでいます。

こんにちは。
今年から立教大学に入学させていただきました、経営学部経営学科一年の服部凱杏(はっとりかいしん)です。初めてのブログ担当ということで、今回は自己紹介をさせていただこうと思います。
<基本情報>
誕生日:2001年6月20日
→巳年、ふたご座です。
出身:愛知県名古屋市
→これといって何もないですがいいところです。
好きな食べ物:揚げ物、チョコレート
→食べ物全般好きです。甘党です。
嫌いな食べ物:いもけんぴ、バナナチップス
→大学芋とバナナは好きです。
好きなこと:ゲーム、掃除
→ゲームは暇さえあれば大体ずっとやっています。
ミニマリストになりたいと思っています。
<陸上競技>
競技歴:小学校4年生から
出身校:名古屋市立千代田橋小学校→名古屋市立千種中学校→佐久長聖高校→(現在)
→陸上部がある珍しい小学校で走り幅跳びとハードルをやっていました。
中学校に入ってから長距離を始めました。きっかけは体育の持久走です。
種目:800m・1500m・3000m・5000m
→800mの自己ベスト更新が一番の目標です。ハーフマラソンもやっていきたいと思っています。
自分の強み:中・長距離の種目で幅広く対応できるのが自分の強みだと思っています。
<意気込み>
大学生活では、特に学業に力を入れていきたいです。立教大学で学べるという貴重な機会をいただいたので、4年間を必ず実りあるものにしたいです。
競技面では、楽しむことを忘れないことを第一に考えながらも勢いのあるチームの中で埋もれないよう、様々な人と切磋琢磨してチーム目標を達成したいです。気持ちだけ先走って空回りしたり、故障してしまったりするところがあるので、足元をしっかりと見て取り組んでいきたいと思います。そして、レースでは安定して結果が出せるようになり、信頼される存在になっていきたいと思います。
先輩方に比べブログの質が劣っているので、もっと興味深いことが書けるようになっていきたいです。
<最後に>
応援の時は下の名前で「かいしん」と呼んでいただけるとうれしいです!!

次回は6月1日、須藤健介選手(文・4年)のブログです。来週も是非、お読みください。

マネージャー 福井優斗

2020/5/18

今回は、金城快選手(コミュニティ福祉・2年)です。金城選手は、どんな練習メニューにもストイックに取り組む姿勢が印象的です。練習だけでなく様々なことに対して、マクロな視点で見ている彼の発言には重みを感じます。そんな彼が選手、マネージャーのみならず周りに与える影響は計り知れません。

こんにちは。
コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科2年の金城快と申します。ブログなどで自らの気持ちや考えを発信するのは初めてなので、拙い文章になるかもしれませんが、最後までお付き合い頂けると幸いです。
今回は、自粛期間が続く中、私自身が今すべき事は何かを考えた結果について書きたいと思います。
 
それは、「この期間が明けた後、やりたい事をリストアップして、計画を立てる」事です。これは、修学旅行等、長いスパンをかけて計画を立てるイベントから着想を得ました。この類いのイベントは計画を立てる時がワクワクして楽しかったり、その日が来るのが待ち遠しくてどこか嬉しい気持ちにもなりますよね。そう、そこでこのどこか退屈な日々の中でワクワク感を味わう為、この考えに至りました。

すると、同時に、計画に対して今、すべき事も浮かんできました。例えば、夏にカッコいいカラダで海に行きたい!って男性がいれば、今から少しずつでもいいので筋トレ、食事管理をした方がいいですよね。その様な形で私も計画を実現させる為に、やるべき事が明確になり、不安定になりがちなモチベーションが保てるようになりました。コツコツと来たる日に備えて準備を進めていきたいと思います。

皆さんも、先の見えない日々ではありますが、もし、「何かモチベーションがない。」「自粛で出来ない事が多くて何もすることなくね?」と思う時がありましたら、是非一度、自粛明けの計画を立ててみて下さい!

次回は5月25日、服部凱杏選手(経営・1年)のブログです。来週も是非、お読みください。
 マネージャー 豊田桃華

2020/5/11

今回は立教記録を2つ保有する斎藤俊輔選手(観光・3年)です。斎藤選手は、練習前後には先輩や後輩に声をかけるのはもちろん、マネージャーに対しても常に感謝を伝えてくれる選手です。オンとオフを大切にする上野監督の方針を最も体現し、エースとしてチームを牽引しています。
 
こんにちは。
観光学部観光学科3年の斎藤です。このようなブログを書くことは初めてなのでしっかりとした文章を書けるかどうか不安ですが、頑張って書いていきたいと思います。今回のブログの内容は上野監督が就任されると決まった時の私の気持ちについて少し書いていきたいと思います。

上野監督が長距離の監督になると正式に発表されるまで私や他の選手は知らなかったので、私含め全員が驚きを隠せないと言う感じでした。特に私は自由に楽しく走りたいという気持ちが強く、当時の立教の長距離は前回の増井さんのブログの内容にある通り各々が自分なりの考えを持って活動しており、私も楽しみつつ、考えて練習をするという環境で走れていたので、監督が来るということはそのような環境がなくなってしまうのではないかと思っていたので正直嫌だなと思っていました。まだ1年生だったので今ここで部活をやめても他のことを新たに始めるには遅くないと思ったので、部活をやめようかとも思いました。しかし、今こうして私が立教の長距離の選手として活動できているのは上野監督が立教のスタイルを崩すことなく、選手とのコミュニケーションを大切にして話しやすい環境を作ってくれたことももちろんですが、一番大きな要因は同期がいたことかなと私は考えています。

私たちの代は監督の就任が発表された時、意見が分かれていて、私のような考えを持つ人と強化されることをチャンスと思う人と大きく分けて2つの意見がありました。私の考えと似たような考えを持つ選手とは帰りの電車の中などでも辞めるか辞めないかの話をよくしていました。それでも誰も辞めることはなかったので、私もそれに引っ張られ、辞めることなくここまで続けられました。あの時に誰か1人でも辞めていたら、私も辞めていたと思います。それぐらい大きな変化であり、周りの同期の判断や意見は重要なものでした。当時を振り返ると今の自分があるのは同期がいたからだなと感じています。ひとりで走ったり、練習したりすることが嫌いなので、誰かと一緒に走るということは私が練習する上で重要であり、特に今の時期はコロナウイルスの影響により個人で練習をしなくてはならないので、より一層仲間の大切さを感じています。また、1人になることで仲間がいるということが当たり前ではなく恵まれているということも感じたので、同じチームの仲間、同期に感謝しながら、競技を一緒に頑張っていきたいと思います。

次回は5月18日、金城快選手(コミュニティ福祉・2年)のブログです。来週も是非、お読みください。マネージャー 松本安里奈

2020/5/4

選手ブログの初回は男子駅伝チームの主将、増井大介選手(経営・4年)です。増井選手といえば、普段はとてもスマートで、なんでも完璧にこなしているようなイメージ。主将としても、冷静に部員一人ひとりを見て下さっているような、部員からの信頼も厚い主将です。
 
こんにちは。
経営学部経営学科4年生の増井です。選手ブログの記念すべきトップを任され、何を書こうか迷ったのですが、せっかくなので強化が始まる前の立教大学駅伝チームについて書こうと思います。拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただければ幸いです。
 当時の駅伝チームは男女合わせて40名ほどで週4回の集合、メニューや練習場所、時間は最上級生が決めていました。練習当日の体調や狙う試合に合わせて個人単位で設定や本数の調整を行っていました。試合も個人で出たい試合を探して、マネージャーさんに伝えるのが当たり前でした。また、合宿の準備やメンバー選考も選手で行っていました。自分は当時下級生だったので運営に関わることはなかったのですが、当時の最上級生は選手をやりながらも運営を行う大変さがあったのだと思います。
今思い返すと週4回の集合で暇なようにも感じますが、その分ゼミやアルバイトにも力を注いでいたので当時の方が多忙だった気がします。平日ポイント練習が終わった後に20時からバイトに行ったり、学部の課題が終わらず寝不足で練習を行ったりしていました。別に陸上に対する意識が低かったからこのような生活をしていたわけではなく、バイト代を合宿費や遠征費に充てたり、試合の前に寝不足にならないように前倒しで課題を終わらせたりと陸上をするためにこのような生活をしていました。
このような経験を経たからこそ今、大切にしていることが2つあります。
1つ目は自分の考えをしっかりともつこと。現在はメニューを頂くことができるので、そのメニューを全力で取り組めば足は速くなります。しかし、なぜそのメニューを行い、取り組むのかを考えることを放棄すれば、成長はしません。良くも悪くも昔のチームは自分の考えや意図を持たざるを得ないような環境でした。
2つ目は周囲に感謝をすること。ありきたりの言葉ですが、大切なことだと思います。今は寮で生活して、メニューが出て、合宿に行けて、地方のレベルの高い試合に出場ができて、不自由なく陸上競技に向き合うことができています。様々な経験をした自分だからこそ、今おかれてる状況は当たり前ではなく、本当に多くの人の支えによって成り立っていることが身に染みて感じられます。
自分が大切にしている2つのことを「立教らしさ」として次の世代へ伝えることが自分の役割かなと思っています。
 
次回は5月11日、斎藤俊輔選手(観光・3年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー(広報)奥田陽花