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日頃より立教大学陸上競技部男子駅伝チームを応援していただき、誠にありがとうございます。こちらのページでは皆様に直接選手の声をお伝えするための”選手ブログ"を更新させていただきます。”選手ブログ”は毎週月曜日の更新を予定しております。

2021/11/29

今回は中山凜斗選手(コミュニティ福祉・2年)のブログです。陸上競技に対しての意識が高く、練習ではもちろん、私生活でもチームを引っ張る中山選手。普段はおっとりとしていて優しい中山選手ですが、レースになると一変するギャップが魅力の選手です。


こんにちは。
コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科二年の中山凜斗です。二度目の執筆となり、何について書こうかと数日考えましたが、特にこれといったものがなかったためルーティンについて書いていこうと思います。拙い文章になると思いますが、最後まで目を通していただけると幸いです。


皆さんには、試合前や大事なイベント前のルーティンはありますか?私には特に決まったルーティンはなく、大体レース前に調子はどうかと聞かれたときボチボチと答えるぐらいが試合前のお決まりのような気がします。
私の住む寮内では、いくつかのルーティンを実践する姿が見られます。大事な試合になると前日の夜に鰻を食べる、何週間も前からカーボローディングを行うなど様々です。
ルーティンは、精神状態を落ち着かせたり集中力を高める効果があると言われています。しかし私の場合は高校時代、ルーティンを行うことにより「試合に近づいている」という緊張感から夜に十分な睡眠をとることが出来ないことがありました。そのため大学に入ってからはルーティンという考えを捨て試合前も日常とさほど変わらない生活を送るようにしています。


先日、ゼミの面接を受ける機会がありそこで面接官の先生と会話をする中でサッカーの本田圭佑選手は試合の2日ほど前からは人とのコミュニケーションをシャットアウトして自分の世界に入り試合を迎えるという話を聞きました。逆に、水泳の北島康介選手は私と同じく試合までの流れというのは決まっていないということも聞きました。
大学でも、ルーティンについての学習をしたのですが、ルーティンというのは結局は気の持ちようなのかなと思います。私自身、絶対的に気持ちが乗っている時には積極的なレース展開を行えますし、結果を残すことが出来ます。
ルーティンは、こうすれば試合でうまく走れると自分に信じ込ませモチベーションを上げる手段で、自己暗示のようなものだと思います。


結局のところ、ルーティンがあろうとなかろうと試合に向けて自分をの気持ちをどう上げて行くか?が重要だと思います。人によって、調整の仕方も違えば気持ちのあげ方も違います。ルーティンも同じで、ルーティンを決めて行う方がうまくいく人とない方がうまくいく人もいると思います。試合で結果が出ないという時には、あまりルーティンにこだわり過ぎず、思い切っていつものルーティンをなくしてみたり、新たに何か見つけてみるのもいいのではないかと思います。
まとまりのない文章になりましたが、ここまで目を通していただきありがとうございました。
最後にはなりますが、4年生の斎藤さんが今年学連選抜に2番目で選出され箱根を走るチャンスを得られました。陸上競技人生としては最後のRUNになります。箱根を走られる際には斎藤さんの応援をよろしくお願いいたします!!


次回は櫻井駿祐選手(異文化コミュニティ・1年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。マネージャー 土田菜里香

2021/11/22

今回は後藤瞭太選手(文・3年)のブログです。普段はあまりしっかりしているようには見えない後藤選手ですが、大事な練習はきちんとこなす実力を持った選手です。最高学年としてチームに良い影響を与えてくれるでしょう。

こんにちは。2度目の登場となりました、文学部文学科文芸・思想専修3年の後藤瞭太です。選手ブログに関して、文学部でありながら書くことはあまり得意ではなく、考えることを避けてきました。しかし、とうとうブログ掲載の前日になってしまったため、懸命に取り組んでいる状況です。途方もないことを書くかもしれませんが、ここで目を通したのも何かの縁と思い、最後までお付き合い頂けると幸いです。
突然ですが、皆さんは悩んでいるとき、困難にぶつかっているとき、その上で決断を迫られたときに誰かに相談しますか?
親、兄弟、友達、親友、先輩、後輩、恩師、もしかするとネットで相談した上で決断するという人もいるかもしれません。
肝心の私自身はというと、いつも「自分自身」に相談しています。
「いや、お前何が言いたいの?」
そんな声も聞こえてきそうですが、結論から述べるのならば、「結局、最後に選択するのは誰でもなく自分自身である」ということです。

私は過去に様々な人生の選択を迫られてきました。
高校や大学の選択、大学で陸上を続けるかどうかの選択、他にも事あるごとに人生の岐路に立たされてきました。そうした時に、親や友人に悩みを打ち明け、親身になって話を聞いてもらってきましたが、最終的に選択するのは自分です。誰の為でもない、自分自身のために選択をするべきです。

私は現在、寮ではなく実家から電車で練習に通っております。そのため、コロナの影響もありますが、週に3回のポイント練習しか全体の練習に参加できておらず、それ以外のジョグや、補強といった練習は自分一人で練習しなければいけません。そこで、聞こえてくるのが、
「ちゃんと朝練と補強やってんの?(笑)」
という声です。もちろん言いたいことはわかります。こういった地味な練習は誰しも辛いものです。私自身も今日まで一回も手を抜いたことがないと言えば正直嘘になります。
しかし、結局やるもやらないも返ってくるのは自分自身です。やる選択、やらない選択をした上に今の自分があります。他人の評価は自分の成長とは一切関係ありません。
私は、「箱根駅伝予選会を走ってチームに貢献する」という目標のもと、そのためには「朝練や補強を人並み以上に努力する」というプロセスが必要であると考えています。そこでしっかり有言実行する選択をすれば箱根駅伝に近づくことができますし、できなければ走ることのできない自分がいるだけです。よく他人からの言動に振り回されてしまう人がいますが、それは行動する上での判断材料にしかなりません。
話が長くなりましたが、つまりは誰からも「無理」だと思われようが、自分だけでも自分を「信じて」選択しなければ人生つまらないということです。(この考えは、あくまで私個人の考えになるため参考程度にして頂けると幸いです。)

まとまりのない文章となってしまいましたが、今回のブログはここで締めたいと思います。最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。今後とも立教大学の応援のほど宜しくお願い致します。

p.s.部員の人たちがこれを読んでいたら、先ほど言っていた朝練、補強やってないイジリは私自身のやる気にも繋がるのでこれからも是非よろしくお願いします。(白瀬以外)

次回は11月29日、中山凜斗選手(コミュニティ福祉・2年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。         

マネージャー 豊田彩華

2021/11/15

今回は後藤謙昌選手(経営・1年)のブログです。自由奔放な性格と面白さを持ち合わせた後藤選手。それとは反対に真面目な面も多くあり、1年生ながら、今年の箱根駅伝予選会を走り抜きました。彼のこれからの成長に是非ご注目ください!

今回初めてブログを書かせてもらう経営学部経営学科1年の後藤謙昌です。
突然ですが、皆さんに質問です。
皆さん趣味はありますか?
僕はこれと言った趣味がなく趣味を見つけようとしています。そして、僕の相棒である「服部凱杏」も同じことを思っていて、2人で日々何を趣味にするのかを模索しています。今までに趣味にしようと取り組んだものは、ギター、ピアノ、けん玉、料理、写真、(相棒は折り紙も)などいろいろとやって来ましたがどれも長く続かず、「とにかく何か趣味見つけましょ〜」って永遠に二人で話しています。笑

このブログは学園祭休みの最終日に書いています。学園祭休みは、学園祭の行われる4日間と、日曜日、休校日を合わせた、計1週間の秋休みとなっています。貴重な休みにもかかわらず1週間何もしてこなかった僕は、最終日である今日、相棒と共に「料理男子はモテる」と言いながら、趣味探しを兼ねて餃子150個チャレンジを実施しました。材料や作り方の手順はかなり雑なものですが、半分はノーマルな餃子、もう半分はチーズ入りのニンニクマシマシ餃子を作りました。

150個となると焼くのにも時間がかかり、食べては焼き、食べては焼きを4回繰り返していました。初めのうちは、美味しく楽しく進めていくことができていましたが4回目を焼くときにはかなり限界レベルまで達していて、美味しく食べ進めることもできなくなり、会話も少なくなってきて、地獄の雰囲気になってしまいました。( 写真は150個分の餃子 )

しかしここで、地獄を天国に変える救世主が現れます。それは皆さんもよくご存じの上野裕一郎監督です。お昼ご飯の買い出しから帰ってきた監督に約1皿分も食べるのを手伝ってもらいました。監督がこれからのレースで快走するようなことがあればそれは僕と相棒のおかげということで間違いないでしょう。
今回の150個チャレンジは、全ての餃子を2人で食べきることができなかったという理由で失敗に終わってしまいましたが、楽しく作ることができたので、そこはとても良かったのではないかと思っています。
そして、餃子の他にもっと簡単に作れる料理がありましたらぜひ僕たちに教えてください!

最後まで読んでくれた皆さん!今日の晩ご飯に餃子はいかかがですか?

次回は10月22日、後藤瞭太選手(文・3年)のブログです。来週も是非、お読みください。マネージャー 山﨑菜緒

2021/11/8

今回は内田賢利選手(コミュニティ福祉・2年)のブログです。マネージャーにも優しく話しかけてくれる内田選手ですが、練習は人一倍真面目に淡々とこなし、一意専心で日々の練習に取り組んでいます。

こんにちは。
コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科2年の内田賢利と申します。2度目の執筆となりますが、相変わらず拙い文章になると思います。(笑)最後まで読んでいただけると幸いです。

さて、今回は私が今書けることは何か考えた結果、私の大切にしている言葉について書くことにしました。

皆さんは何か大切にしている言葉や好きな言葉はありますか?私は「昨日を守って明日何になれる」という言葉を大切にしています。この言葉は、あるスポーツ漫画から学んだものです。
普段ベンチの選手が、試合に出場した時に失敗しないことだけを考えて弱気なプレーをし、結局上手くいきませんでした。その際に監督がその選手に言ったのです。「世界一のやつらかて同じことずっとやっとったらすぐ世界一から引きずり下ろされる。日本一にもなってへん俺らが、昨日を守って明日何になれる。何か1つでいい、今日挑戦しいや。」と。この言葉を聴いた時、私はこの言葉の意味の深さに気がつきました。
昨日までの自分を今日の自分が守って、明日どんな自分になれるのか。果たして、それで昨日よりも今日よりも明日、成長した自分になれるのか。陸上競技に言い換えてみましょう。昨日質の高い練習ができたとして、昨日質の高い練習ができたからと今日を休んで、明日は昨日、今日より成長できているのか。もちろん、休息を取ることは大切です。しかし、できることを何もやらずにただ休む。それは成長する歩みを止め、昨日の自分を守っていることになると私は思っています。

成長とは、日々上達すること。昨日、今日より明日上達していることです。現状維持は成長ではありません。時は進んでいるのに自分は成長せず、現状維持であったならそれは退化です。
私は、苦しくなった時やキツくなった時、今日を頑張れなければ明日は今日より成長できていないと考えるようにしています。これは、陸上競技だけに言えることではありません。他のスポーツはもちろん、勉強や趣味にだって言えることです。昨日まで築き上げてきた自分を失うことを恐れずに明日のために今日を頑張ることが大切だと思います。どんな小さなことでも、なにか1つでも挑戦することが、努力をすることが明日の自分をつくるのです。

このブログを読んで下さったことを機に、「昨日を守って明日何になれる」という言葉を心の片隅に置いていただけると私も嬉しいです。そして、この言葉を信じて今日何か1つでも挑戦していただけるとより嬉しいです。欲を言えば、チームメイトがこれを読んで考え方の1つとして成長の糧にしてくれればとても嬉しいです。(笑)
まとまりのない文章となりましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

次回は、11月15日、後藤謙昌選手(経営・1年)のブログです。来週も是非、お読みください。マネージャー 前田萌衣

2021/11/1

今回は茅野友翔選手(経済・1年)のブログです。茅野選手はクールな見た目と冷静な走りが特徴の選手ですが、周囲への気遣いを忘れない優しい人です。

初めまして。
経済学部経済学科一年の茅野友翔と申します。
早いもので、私が立教大学に入学して七か月が経とうとしています。ついひと月前まではもう9月も終わるのに、と思えるような残暑が残っていましたが、10日ほど前から秋を感じる涼しさを通り過ぎて、もはや冬なのではと思うような寒さになりました。急激な気温の変化に体調は崩されてはいないでしょうか。私は先日自身の不注意で右足を疲労骨折してしまい、現在は12月の記録会に向けて日々トレーニングに励んでいるところです。皆様も体調のいい時ほど周りには十分気をつけてお過ごしください。
 立教大学に入学してから今現在までの振り返りを軽くすると、まず、入学して初めの一か月は練習についていくのに精いっぱいでした。周りの一年生はみんな私よりも速いタイムの持ち主ばかりで、なかなか新しい環境に慣れられなかったり、高校の時は朝練がなかったので、大学に入って朝練のために毎朝5時半に起きなきゃいけないことがしんどかったりと、本当に4年間やっていけるのだろうかと思ってしまうほどきつかったのを覚えています。一か月がたつ頃には新しい環境にも慣れて、そのあたりから何度かレースに出ましたが、ベストどころか3000mでは自身が中学時代に出した記録すら更新できないようなひどい走りばかりでした。ただ、入学してから今現在までずっといい走りができていないというわけではなく、8月の初めからの第一、第二合宿では普段と違う環境での練習だったということもあり、自分の中ではかなり自信をつけられて良い合宿にできました。しかし、夏が明けて最初の記録会で、調子が良かったにもかかわらずベストも出せず、まとめて走ることもできずで改めて長距離の厳しさを思い知りました。でも、そこであきらめず、自分を信じて
努力を続ければいつか必ず伸びると信じて、焦らず一つ一つのことを確実に丁寧にやっていきたいと思います。

全体的に拙い文章となってしまいましたが最後までお読みいただきありがとうございます。
今後ともご支援、ご指導のほどよろしくお願いいたします。


次回は11月8日、内田賢利選手(コミュニティ福祉・2年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。マネージャー 松本健生

2021/10/25

今回は小池耀大選手(経営・2年)のブログです。様々なことに興味を示し、豊富な知識を持つ小池選手。好きなことに対しては話が止まらなくなる一面を持ちます。走りになると冷静で状況判断能力の高い彼の走りに注目です。

こんにちは。
経営学部経営学科2年の小池耀大です。
最近はワクチン普及のおかげか、新型コロナの流行もようやく収まりつつあるように見受けられます。元来ネガティブな私は、新内閣の印象操作と衆議院選挙に向けたプロパガンダなのでは、などと陰謀論に囚われ一人勝手に先行きを悲観視しておりますが、目に見えないウイルスが相手である以上、油断大敵であることは確かです。これをお読みの方もくれぐれもご自愛ください。

さて、異常に長い前置きに辟易しながらここまでお読み頂いた方に、私は謝罪しなければならないことがあります。実を言うと、私のような引きこもり体質の者がコロナ禍で過ごす日々には、笑ってしまうほどに変化がありません。よって、一年目のブログで過去を洗いざらい書いてしまった今の私は特筆すべきネタが無い状態、早い話がネタ切れでありまして、つまりここまでに350字以上を費やしているこの駄文には、恐ろしいことにテーマが存在しません。なんだそれは、時間を返せとお怒りの画面の目の前の方、ごもっともです。誠に申し訳ございません。冒頭、皆様の健康をお祈り申し上げることができた時点で、私は本懐を遂げておりますので、まだ読んで頂ける心の広い方がいらっしゃいましたら、ここから先はお時間のある時にでも読み飛ばして頂けると幸いです。

ということでようやく本題らしきものに入る訳ですが、どの道テーマもないのでここはひとつ、僭越ながら彼の有名な徒然草の方向性を志向したいと思います(庵中の世捨て人が徒然なるままに、日常の中で浮かんでは消える思考の泡を書き留めた文章とは、私のテーマ無しのブログにぴったりではありますまいか)。
先にも書きました様に、私の日常には変化がありません。これは授業のない長期休暇期間に顕著で、繰り返し訪れる朝、昼、晩のあまりの平坦さに今年の夏には曜日感覚が消失しました。対策として海上自衛隊に倣って金曜日にカレーを食べようかとも思いましたが、曜日感覚が既に機能していないのに自作は無意味だと悟り、やめました。
日差し照りつける灼熱の中、蒸し暑い曇天の中、雷鳴轟くスコールの中、天気は変われど寝て走って食べてまた寝てを延々と繰り返す日々。これではいつしか心は閉じ思考は鈍化し、人間ではなく無感動な機械になり果てるのも致し方なしといった具合ですが、幸いにも歩くたびにモーター音が響くような事態には至っておりません。これは偏にチームの仲間のお陰です。食堂や廊下、グランドからの帰り道や風呂場で交わす何気なく、そしてどうしようもない内容の会話。授業や課題の愚痴、なぜ欧米人を美人・イケメンと思うのか、疲れた、腹減った等の、何の発展性も生産性もない話を時にダルそうに、時に無駄に熱くハイテンションに話すのです。一見全く無意味に思えるこの行為ですが、私はこれによって機械化を免れました。会話は内容の質に関係なく、他者がいなければ成立しません。というより、そもそも発生しようがありません。他者は自分とは異質であり、変化の源です。関係すれば否応なしに自分に変化が起きます。それが自分にとって好ましいものではなかったとしても。ですが、変化無き日常はつまらないものです。仲間との些細な会話は、私の平坦な日々にとって一人では発生しえない重要な変化であり、不確定要素であり、貴重な面白味であります。世間でよく言われるように、恐らくこれが青春とやらの一面なのでしょう。人間は失うまでそれの大切さに気づかないそうで、私も全くもって実感はなく、冷うどんをすするが如く毎日を過ごしていますが、たまにはその貴重さを意識し、スルメとはいかずとも白米くらいには嚙み締めて生きたいものです。

徒然し過ぎて何を言いたいのか自分でも分からなくなってきましたので、この辺りで筆もとい指をキーボードから離したいと思います。ここまで駄文にお付き合いいただきありがとうございました。

次回は11月1日、茅野友翔選手(経済・1年)のブログです。来週も是非、お読みください。マネージャー 水取一樹

2021/10/18

今回は頼れる我らが主将、石鍋拓海選手(法・4年)のブログです。人当たりの良さはピカイチで、風通しの良いチームを作った立役者です。どんな時もチームのことを一番に考えて行動する姿は、多くの部員に影響を与えています。

こんにちは。
法学部法学科4年の石鍋拓海と申します。
立教大学体育会陸上競技部男子駅伝主将を務めさせていただいています。

平素より、多大なるご支援やご声援を賜り誠にありがとうございます。「立教箱根駅伝2024」が始動し3年を迎えますが、改めて陸上競技に打ち込む環境として大いに恵まれていることを実感する毎日です。
今後ともチーム一同精進して参りますので、温かく見守っていただけると幸いです。

今回は、駅伝主将を一年務めさせていただいた身として、個人、チームのこの一年間の振り返り、そして駅伝主将から見えた景色についてお話しさせていただきます。
「ナベ(チームでのあだ名)、主将やってみない?」
昨年の夏頃、その一言を同期の仲間から告げられたとき、正直最初は焦りと不安しかありませんでした。高校時代までの5000mのベストは16分台、大学入学後も特にこれといった輝かしい実績が無かったごく普通の私にとって、これは荷が重すぎるのではないか。果たして、チームを一つにまとめられるのか。「立教箱根駅伝2024」3年目を迎える年であることは、同時にチームとしての結果や責任も求められてくる。何度考えても、駅伝主将に就くことは不安な要素しかありませんでした。
それでも、幾度となく助け合ってきた同期や後輩、熱心にご指導いただいている監督やコーチ、信頼できるマネージャーの存在もあって、駅伝主将の重役を引き受ける決断をしました。昨年度の箱根駅伝予選会は28位という悔しい結果に終わりました。この結果を受けて、私自身が中心としてチームを大きく変えなければならない。強いチームを目指す中で一人の選手、人間として大きく成長すること、そして自分らしくチームを引っ張っていこうと強く決心しました。

私がチーム作りで一番意識したのは、「全員が主役であるチーム」です。
現在のチームは、選手の中で一般入学組とアスリート選抜組が半々で分かれている状況です。やはり、多少は実力差が生まれてしまう部分があります。そして、これまでの環境の違いから当然陸上競技に対する価値観の違いなどもあります。
箱根駅伝予選会は個々のタイムの合計で競われますが、それ以上にチームが組織として一つになることが一番大切だと感じます。
「俺はアスリート選抜じゃないから、そこまで頑張らなくていいや。」
そういった想いを持った選手が一人でもいるのならば、チームとしての一体感は生まれず、結果もついてこないと考えます。走りでの結果が全てではありません。選手一人一人にそれぞれの役割があり、それを全うしてチーム全体に貢献すること。一人一人がチームを作る主役である。この大切さを、駅伝主将としてチーム全体に強く共有するように今まで意識してきました。

走りでの結果で引っ張る選手。練習に対する姿勢や努力で魅せる選手。チームを明るくする選手。
私はどの役割も大切だと感じていますし、立教チームの誰一人と欠かすことはできないと考えています。一人一人がその責任と自覚を持って日々の練習や生活を送ることが、何よりも良いチームになる近道なのではないかと考えます。
大学入学時は、まさか自分が箱根駅伝を目標とするチームの駅伝主将になるとは思ってもいませんでした。そしてこの一年間も、正直苦しいことばかりでチームにもどれだけ迷惑をかけてしまったかわからないですし、チームの仲間からみたら、理想の駅伝主将ではなかったかもしれません。しかし、常に誰よりもチームを第一に考えて努力することだけは大切に守ってきました。特に私自身の中では、今年の6月の5000mのレースで14分台のベストを更新できたときは、初めて駅伝主将としての役割をほんの少し果たせた、そう思えた忘れられない瞬間でした。ここまで私を成長させてくれた上野監督には感謝しかありません。これまでの自分たち四年生の背中で、少しでも後輩達の心に変化をもたらすことが出来ていたのならば、とても嬉しく思います。
今はこのチームで駅伝主将に就けたことを心から誇りに思います。

四年間苦楽を共にし、一番近くで私自身を支えてくれた同期の仲間。
こんな頼りない私でも信じて着いてきてくれた可愛い後輩達。
選手をサポートし、どんなときでも共に戦ってくれるマネージャー。
チームを一番に考えてご指導くださる監督、コーチやトレーナーの方々。
日々支援してくださる関係者の皆様、家族。

この四年間で出会った全ての人に感謝しています。
そして、何よりも私はこのチーム全員が大好きです。
「ナベ(さん)が駅伝主将のチームで良かった。」
引退時に一人でも多くの仲間に言ってもらえるような、そんな誇らしい駅伝主将として、四年生の同期の仲間と共に最後までチームを引っ張っていきます。

今年度のチームは、中山の学連選抜としての箱根駅伝出走、立教大学初の全日本大学駅伝関東予選出場、日本選手権出場など、数々の新しい景色を見てきました。ただ、チームとしてここで満足する気は一切ありません。四年生、そして駅伝主将として最後の箱根駅伝予選会の舞台を走れないことは情けなく、とても悔しい気持ちでいっぱいです。しかし、その分、エースとしてチームの先頭をずっと走ってきてくれた信頼できる同期の斎藤をはじめ、自慢の後輩達がいます。彼らにはチームの代表として、チーム全員の想いを背負い、当日は思いきり走ってほしいです。
かつての遠い夢から現在の大きな目標になった「箱根駅伝出場」に向かい、チーム一丸となって精進して参りますので、くり返しにはなりますが、今後とも多大なるご支援、ご声援の程よろしくお願いいたします。

長文にはなりましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。

次回は10月25日、小池耀大選手(経営・2年)のブログです。来週も是非、お読みください。マネージャー 豊田桃華

2021/10/11

今回はミラー千本真章選手(コミュニティ福祉・3年)のブログです。ミラー選手は1500mで日本選手権出場と立教が誇るスピードランナー。人柄が良く「周囲を巻き込む力」があるミラー選手は、立教をより良いチームへと変えるキーマンとなります。

こんにちは。
今回2度目のブログ執筆になります。コミュニティ福祉学部スポーツウェルネス学科3年のミラー千本真章です。このタイミングで一年間を私なりに振り返ってみたいと思います。
この一年は選手として、成功と挫折を経験しました。冬の地道な練習を経て、春からのトラック競技において、4月の東海大記録会3000mでは自己ベストを1分以上更新して、興奮の中気持ちが昂るようないいスタートを切ることができました。その後の1500mでも目標にしていた自己ベストを更新、5000mでも内容は悪くとも自己ベスト、そして関東インカレ2部では1500mで優勝し、自分としては初めてのタイトルもとることができました。思っている以上のタイムが次々と出て、良い流れに乗っかって勝負に勝ち、自己ベストを更新してきました。
しかし、関東インカレ後に私の不注意で膝を打撲してしまい、そこから次は腰を痛めてしまい、未だに腰の痛みは完治せず4ヶ月が経とうとしています。個人選手権をはじめ、日本選手権やホクレンディスタンス、夏の合宿は一つも参加できず、全日本インカレは選手ではなく補助員として参加するなど、調子のよかった春から考えると想像もできない状態に今置かれています。自分がトラック競技の目標としていた日本選手権には万全の状態で望めず、1500mの日本記録が出たあのレースも走ることができませんでした。また仲間が夏合宿の猛練習で汗を流す中、自分で何をすることが怪我を治すことにつながるのかを模索するも、あやふやなまま時が経ってしまい、夜中は腰のことばかり考えて眠れない日々が続きました。チームメイトが強くなっていく姿をみて、置いて行かれることが怖くなり、補強や体のケアを徹底して行っている時期もありましたが、腰の状態が変わらないので、今度は逆に開き直って休む時期もあったりするなど、専門のドクターたちにいろいろな意見があるように、私もどうしたらいいのかわからず迷走している時期が続きました。今は思うようにいかずに腐る選手の気持ちが理解でき、難病や大怪我から復帰する選手たちは、想像を絶するほど凄い努力をしてはじめて表舞台に返り咲いているのだなと改めて尊敬しました。
このように3月から10月の半年の間で、成功と挫折を体験することになりました。学生として競技に打ち込める時間はもう残り少ないです。このままで終わっていいのか、このままで終わることは私にとって最高にダサいです。私にはまだ、日本選手権で優勝することと、箱根予選会でチームを引っ張る走りをするという2つの目標があります。勿論今のままでは達成できませんし、それを達成するためには、並々ならぬ努力と精神力が必要です。本当に復帰できるのかなと不安にはなるときもありますが、同期の頑張りが今の僕にとってのモチベーションになっています。
必ず完全復帰し、立教大学のエースの前に、みんなから信頼される立教大学のエースになれるように、そして目標を達成させることをここで宣言します。どうか皆様、心温かく見守っていただければ幸いです。ご拝読感謝いたします。ありがとうございました。


次回は10月18日、石鍋拓海選手(法・4年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 福井優斗

2021/10/4

今回は加藤大輔( 経済・4年)選手です。副将として選手の見本となる姿が多くあり、仲間想いの選手です。今年が大学生活最後の予選会をむかえます。そんな加藤選手の内容に注目です。

こんにちは。
経済学部 経済政策学科 4年の加藤大輔です。
最終学年となりあっという間に半年が過ぎ去りました。この半年間、いや、昨年の予選会後からほぼほぼ1年間、私にとっては苦悩の日々でした。今回はそんな私の潰れかけた心を何とかつなぎとめてくれた考え方(理論)についてご紹介しようと思います。(そこまでたいそうな理論ではありませんが、考え方ひとつで心が軽くなります)
私と同様に何かに悩んでいる方がいらっしゃいましたら是非、ご一読ください。
また、最後のブログということで、超大作となっておりますのでご注意ください。
(※個人的な解釈、意見、考え、感想が含まれています、お許しください。)


私の苦悩の原因は2つあります。1つ目は故障です。競技生活の集大成となる年にもかかわらず、昨年11月からレースに1本も出場できていません。最終学年、副主将という立場でありながら、全くもってチームを引っ張ることが出来ず、申し訳なさと不甲斐なさを感じる毎日です。2つ目は就職活動です。これまで箱根駅伝を目指して陸上競技に没頭しすぎた私にとって、「やりたいこと」など全く思いつかず、悩み続ける日々が続いていました。(これまでも進路選択の際は、長距離をやるならどこの中学がいいか?どこの高校がいいか?どこの大学がいいか?を一番の判断基準にしていたので、、、)

そんな時に、「キャリアデザイン論・キャリアコンサルティング論」という授業(経済学部、教職課程の授業ですが、他学部の学生も履修できます、というかほとんどが他学部履修者です、ちなみに今期は私もSAとして参加しておりますので興味がある方は是非。)で、「プランドハップンスタンス理論」という考え方に出会いました。(キャリア形成における理論です)
「Planned Happenstance Theory」
いや英語で言われてもわかんねーよ!という声が聞こえてきそうですね。日本語に訳しますと、、、「計画された偶発性理論」、、、いや日本語でもわかんねーよ!
これは1990年代にアメリカの教育学・心理学者によって唱えられたキャリア理論で、簡単にいうと「偶然がその人のキャリアのほとんどを形成しているから、偶然を最大限に活かそうよ」という考え方です。


もう少し詳しく説明しますと、1990年代のアメリカの調査では18歳時点でなりたいと思っていた職業に、その後、就けた人はわずか2%しかおらず、キャリアの8割は偶然の出来事によって形成されていたそうです。つまり、基本的にこの世に自分の思い通りにいくことなど殆どなく、誰しもが予期しない状況に対応していく中で自分のキャリアを築いているということです。
これは、キャリア(仕事の経歴)にのみ当てはまる話ではなく、例えばこれまでの私自身のキャリア(学生生活の経歴)においても同じことが言えます。私は中学・高校は神奈川の超スポーツ学校の桐蔭学園中学・高校出身なのですが、実は中学受験に失敗しています。第1志望は、東京の駅伝強豪校の国学院久我山でした。(父が長距離経験者だったこともあり長距離なら久我山でしょと、同期の4年生 馬場選手の母校でもありますね)
また、高校進学の際も、中学校の県駅伝で好走したことで、神奈川の強豪校の藤沢翔陵にいかないか?(父が藤沢翔陵の出身だったことから)という話も出ていました。
 結果としては、桐蔭学園高校へ内部進学しましたが、もしもあの時に、中学受験に成功していたら?高校進学で違う選択をしていたら?間違えなく立教大学には進学していないと思います。
 極めつきに、立教大学進学後にも箱根駅伝プロジェクトが始まり、これまで以上に予期せぬ出来事に見舞われる毎日です。(いい意味でですよ?笑)


話がかなり飛躍しましたが、つまり「人生は不確実なことばかり」ということです。
そして不確実だからこそ、「偶発性(思い通りにいかないこと)を受け入れると同時に、自ら偶然の出来事を引き寄せるアプローチ(自らをプラスの方向へと向かわせる行動)」が大切だと学びました。私てきにはもっと簡単に、「今自分が置かれている状況を受け止め、自分の出来ることを前向きに、全力で取り組むことで、未来が開ける」だと解釈しています。(勝手に解釈してます笑)


最初の議題に戻りますが、この理論を頭の片隅に置いてからは、
・長期間の故障で走れない日々(思い通りにいかないこと)でも、私にとっては何かを学び取る大きな機会だと捉え、今後の為にも今できることを前向きに全力で取り組もう
・就職活動でやりたいことが見つからず悩んだ時も、今自分が考え得る範囲内で出来る限りの情報収集や対策を行おう
と考え、何とか気持ちをつないできました。勿論、故障はしないに越したことはありませんし、就職活動もやりたい道に突き進めれば1番良いのかもしれません。ただし、私のように気持ちが落ち込み、頑張れなくなったときや、悩みすぎてどう動いてよいかわからず立ち止まってしまったとき、、、少しはこのような「この世の出来事なんてほぼほぼ偶然なんだし、とにかく前向きに、今やれることをやれるだけやってみよう」みたいな考え方もあって良いのではないかなと思います。

少々、話が飛躍したり、個人的な解釈や意見、感想が散見しますが、自分らしい文章は書けたと思いますので、お許しください。3年生の黒田選手のブログの言葉を借りるのであれば、これが今のところの私の中での個人的な正解です。(黒田選手がすごく面白い文章を書いているのでみなさん是非読んでみてください!共感しかありません。)
最後の超大作にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
この文章を読んだ誰かの心が少しでも軽くなり、前向きに進んでくれることを願っております。


そして、私たちの1番のターゲットである箱根駅伝予選会も目前に迫ってきました。皆様のご支援、ご声援が大きな力となりますので、今後とも宜しくお願いいたします。

次回は10月11日、ミラー千本真章選手(コミュニティ福祉・3年)のブログです。来週も是非、お読みください。マネージャー 松本安里奈

2021/9/27

今回は渡部剛士選手(理・4年)のブログです。渡部選手は競技面はもちろん学業にも直向きに向き合っており多くの後輩の刺激になっています。また、穏やかで優しい性格の渡部選手はチームの誰からも慕われている先輩です。

こんにちは、理学部生命理学科4年の渡部剛士です。気温が段々と下がって行くにつれて、いよいよ部活動の引退の時期が迫っているのをひしひしと感じています。
私は今回のブログを書く機会が最後になります。その締め括りとして、私が大学生活を通して感じたこと等をまとめて終わりたいと思います。
この大学生活において、箱根駅伝プロジェクトの活動・経験は大きなものとなりました。特に寮生活と全国から来た後輩たちは私の眼には新鮮に映りました。私は高校で不完全燃焼で終わった陸上競技をもっと続けたいと思った、現在でもベストが15分台後半の選手です。そんな私から見た上野監督や後輩たち、そして同期の斎藤の走りはまさに異次元です。箱根駅伝プロジェクトが無ければ出会うはずのなかった人々の姿を見られた経験は、大切な人生の1ページに刻まれました。
そして、寮生活においても以前はテレビ等で他人事のように見ていたことが自分も体感することになるとは思っていませんでした。そんな寮生活も仲間に恵まれて楽しく、陸上競技に取り組める学生時代でしか味わえない経験をすることができました。
大学生活を通して、「環境」が変わればここまで物事に対する見方が変化するものだと痛感しました。これからの人生も、社会や自分を取り巻く環境は変化し続けていきますが、その変化を柔軟に対応して、人生の新しい価値観や経験値を高めるものとしていきたいと感じました。
さて、私は来年から大学院に進学することにしました。大学院に進学しても研究と両立しながら陸上競技は続けたいと思っています。立教大学では私の実力不足で箱根駅伝の予選会の代表として走る機会がありませんでした。しかし、来年度から進学する大学院はチームとして予選会に出場しています。私は来年度こそは箱根予選会を走ってみたいと思っています。そして来年、再来年、私が院生で予選会を走り終わった後に立教大学が箱根駅伝出場を決めている姿を眺めたいと強く感じております。以上となります。最後までお読み頂きありがとうございました。

次回は10月4日、加藤大輔選手(経済・4年)のブログです。来週も是非、お読みください。マネージャー 奥田陽花

2021/8/2

日頃ハードな練習をしながらも、家事全般をしっかりとこなす器用な加藤選手。料理には定評があり、オフの日には部員に手料理を振る舞うなど仲間思いの素晴らしい選手です。

初めまして。
コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科1年の加藤広人と申します。
このような文章を書かせていただくのは初めてですが入学してから現在までの振り返りをしていきたいと思います。最後まで読んでいただけると幸いです。

私は現在寮生活ではなく寮の近くで一人暮らしをしています。というのも中学、高校と全国大会の経験もなく持ちタイムもなかったからです。それでも立教大学で走りたいと思いこのような選択をしました。学生寮でもないので一日三食作らなければならないですし、買い物も行かなければなりませんし、お金の管理もしっかりとしなければなりません。
このような変わり者の自分ですが入学当初は不安なことがありました。まずは人間関係です。同級生含め先輩にも知り合いがおらず0からコミュニティを作らなければなりませんでした。全員が自分よりも力のある人たちでビビっていたところもありました。最初の自己紹介のギャグでインパクトは残せたかと思ったのですがなかなか話しかけることすらできていませんでした。そこで各自jogの時に走るのを誘ったり、寮に行く時間を増やしたりして同期、先輩とのかかわりが徐々に増えていきました。私からしたら全員がタイムや実績をもっていてその人たちの動きや走りを見て競技に取り組むことができているので毎日が刺激的でとても新鮮です。
走りの方はというと最初の試合でPBを出せたのですがそこからが続かず結局そのまま春夏シーズンを終えました。最近は距離も増えてきて熱さも重なりなかなか思うような走りができていません。ただ最近行った動きづくりをきっかけに少し感覚が変わったような感じがあるので些細な練習や気付きを大切にして夏合宿に向けてトレーニングを積んでいきたいと思います。
私は今力がなく自己ベストも学年で一番下です。ですが陸上長距離いつ伸びるかなんてわかりません。そのために今できることを考え、実践し走りにつなげて必ずこの4年間で下剋上をしてみせます。そしてチームとして箱根駅伝に向かっていくところでその波に乗って仲間と切磋琢磨し成長していきたいと思います。

まとまりのない文章となってしまいましたが最後までお読みいただきありがとうございました。
今後ともご指導、ご支援のほどよろしくお願いいたします。


次回は9月27日、渡部剛士選手(理・4年)のブログです。来週も是非、お読みください。

マネージャー 土田菜里香

2021/7/26

今回は白瀬賢也選手(コミュニティ福祉・2年)のブログです。白瀬選手の陸上に対する取り組み方はもちろん、いつも気遣いの言葉を忘れない姿に人柄の良さが表れています。明るく、一緒に話すと楽しい人です。

こんにちは。コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科二年の白瀬賢也です。先日までは、梅雨の時期により毎日雨で気が晴れない日々が続いていましたが、梅雨が明けたとたんこの猛暑、体調などくずされてはいらっしゃいませんか。私は毎日元気に走っています。今回は、私の好きな映画について紹介していきたいと思います。
私の好きな映画は「グレイテストショーマン」です。皆さんは見たことがありますか。見たことがない人に向けて軽く映画の紹介をさせていただきます。
貧しい家柄で育った主人公のP.T.バーナムは大人になり結婚し、勤めていた会社の倒産を機に博物館の経営を始めますが、徐々にユニークな人たちを集め、サーカス団となります。奇抜な発想と斬新なアイディアでサーカスは大盛況。生まれにコンプレックスがあったバーナムは名誉と成功に目がくらんでしまいます。サーカス小屋は火事になり全てを失いかけます。そこで立ち止まったバーナムはそもそも何のために始めたのかに気づき、初心に帰ることになります。そこから、家族と仲間に囲まれ再出発をするという物語です。

上映時間が105分とミュージカル映画の大作にしては短いと思います。話の展開はとても早いです。ネガティブなシーンや場面も出来るだけ短く簡潔にされており、観客を楽しませることを第一としたバーナムのショーを観ているようでした。ずっと楽しく、あっという間に時間の過ぎる、素敵な作品でした。そしてこのスピード感で駆け抜けることが出来るのはやはり、音楽の力であり、ミュージカル映画ならではだと思いました。
エンドロールの最後に、シンプルかつ真理的な言葉が出てきます。
「THE NOBLEST ART IS THAT OF MAKING OTHERS HAPPY.」
最も崇高な芸術とは 人を幸せにすることだ   P.T.BARNUM
この言葉が出てきた時は鳥肌が立ちました。この言葉からは、自分を幸せにしていないと、誰かを幸せにすることはできないというメッセージがあると思う。競技を行っている側の人がその競技を楽しんでいないと、競技を見る側も楽しくならないと思う。なので、この言葉は芸術のみならず、スポーツにも関係してくると思います。だから、私が先か、あなたが先か、ではなく、私も幸せで、あなたも幸せにが、一番理想だと思うし、それこそが、最高のアートなのかもしれない。など様々なことを考えさせ、いろんな意味があるので、私はこの言葉が好きです。
また、作中に流れる「THIS IS ME」という曲も心に響きます。落ち込んでいる人の心に響く歌詞で、人生に迷いを感じている人に勇気を与えてくれる力強い歌声は、誰もが一度聞いたらその曲の虜になってしまうことは間違いないでしょう。映画は見なくてもこの曲は一度聞いてもらいたいです。

憂鬱な感情などは吹き飛ばしてくれるミュージカル映画です。家族とでも恋人とでもひとりぼっちでも感動し、勇気づけられること間違いなしなので、ぜひ見てみてください!!



次回は8月2日、加藤広人選手(コミュニティ福祉・1年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。
マネージャー 豊田彩華

2021/7/19

今回は黒田航世選手(コミュニティ福祉・3年)のブログです。黒田選手は、辛いメニューでもきちんと最後まで取り組み、一生懸命走っている姿が素敵です。私生活では部活のみんなから慕われています。

こんにちは。
2度目の登場となりました、コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科3年の黒田航世です。コロナウイルスの影響で新しい生活様式を強いられて早1年。それまでの生活に比べて人と関わることが減り、外部からの刺激が少なくなった為、退屈な1年であったように思います。しかし同時に、自分自身と向き合う時間が増え、改めて自分について見つめ直すこともできました。そこで今回は、この1年で私が自分自身の過去を振り返る中で考えるようになったことについて書いていこうと思います。まとまりのない文章ですので、「学生がなんか独り言を言ってるな」ぐらいの軽い気持ちで読んで頂ければ幸いです。

突然ですが皆さん、自分の中に「これだ!」という「正解」はありますか?
なんでも良いです。
目玉焼きにかけるのはやっぱり醤油だろ!とか、
きのこの山とたけのこの里だったらどう考えてもきのこの山だろ!とか。
こうやって少し例えを出して考えてみるだけでも、人それぞれで考えが分かれ、人それぞれの「正解」があることが分かるのではないでしょうか。これらの例はもちろんほんの一部で、人によって考えが分かれることなんて、規模が大きいものから小さいものまでこの世には無数に存在します。
このように、「正解」は人それぞれ違って当たり前で、万人に共通する絶対的な正解など存在しないのです。
人それぞれにそれぞれの考えがあることを理解することができれば、自分なりの正解があって良いと思えると同時に、逆に自分の考えが絶対ではないのだとも思えるようになり、対人関係において相手を受け入れられるようになります。自分の考えは7割ぐらいに保ち、残りの3割程を相手の考えを受け入れる容量に使うことで、相手と考えが分かれた時も「自分には理解できない所があるけど、ちょっとは頷けるかもな。」と新しい発見をすることができるのです。

もっと規模を大きくして、人生についても考えてみます。
人生の中には、幾つもの選択肢があります。様々な局面で岐路に立たされた時、その時々の、色んな情報を基に考え、未来を選択します。もちろん絶対的に正しいと言える選択なんてないので、判断の段階ではその先の未来が正解かどうかは確実には分かりません。だとすれば、後で振り返った時にその時々の点と点がつながり、「やっぱりこの選択で正解だったな」と言えるようになれば良いだけのことなのです。
ちなみに私はこれまで、自分が好きなことに取り組めるかどうかで進路を選択してきました。特に高校進学の際はかなり悩みましたが、「都大路を、そして将来的に箱根駅伝を走りたい」という陸上が好きだという気持ちがきっかけで、本格的に陸上の長距離種目に力を注ごうと決めました。しかし、中学生の時の私は大した実績が無かったのにも関わらず、「陸上が人生の全てだ」と勝手に決めつけてそれが正解だと思い込み、視野が狭くなっていました。結果的に、私は高校時代に人生の全てだと思っていた陸上で結果を残すことができず、周りの人間に対して劣等感を感じ、自分の人生を否定するようにもなっていました。
以前はこうして自分の人生を否定的に捉えていた私ですが、色々と考えていく中で、そのような自分の人生を否定的に見る考え方は今では完全に消え去りました。なぜなら、結果を残すことはできなかったものの、自分の人生が最終的に正解だったと思えるようになる為の「経験」という貴重なデータを得ることができたからです。具体的には、「自分の好きなことに100%の力を注いでしまうと、自分にはこれしかない!と視野が狭くなる為、色んなことに目を向ける必要がある」という教訓です。これは、今までの人生を歩んできたからこそ学べたことだと思っています。
人は何かと決めつけたがる生き物ですが、この世にははっきりと白黒つけられることの方が少ない気がします。しかし「経験」だけは、自分の中ではっきりと存在し、決して嘘をつきません。先ほども述べましたが、人生の様々な選択における判断の段階では、その先の未来が正解かどうかは分かりません。もちろん、後先をしっかり考えて決断することは大事ですし、自分の経験ではなくても、他人の経験や考えを参考にして決断することはできます。しかし、私ぐらいの年代の人間はまだ生まれて20年ほどしか経っておらず、後のことを考えた上で正しい選択をするには、あまりにも判断材料が少なすぎます。また、同じ経験でも人それぞれで感じ方は異なる為、自分で経験することに勝ることはありません。それならば、自分自身の「経験」という、後の判断材料になるであろう揺るぎない情報を収集する段階が今であると考え、その時々の感情に素直に従って判断することも時には大事なのではないでしょうか。
その点では、私が高校進学時に、陸上が好きだという気持ちに素直に従って自分で選択した進路は、決して間違っていなかったのだと今になって思います。むしろ、自分の好きなことにとことん取り組むことができた環境に、本当に感謝です。

ここまで長々と私の考えを述べてきましたが、要点をまとめるとこんな感じです。
・人それぞれに、それぞれの「正解」がある。万人に共通する「正解」はない。
・少ない情報を基に色々と理屈を並べて決めつける前に、まずは「経験」してみる。
・もし失敗したら、「経験」というデータを得られたと捉えれば良い。
・様々な事を経験して、最終的に自分の人生を自分で正解だと思えるようになればそれで良い。

どんな偉人の人生から学んだって、どんな自己啓発本を読んだって、それらは参考程度にしかなりません。人生は成功と失敗の連続で、失敗する事の方が圧倒的に多いです。結局は、無数にある選択肢の中から自分で選択して経験し、それを自分の力で、自分にとっての正解にしていくしかないのです。
かなり長くなってしまいましたが、最後まで学生の独り言に付き合っていただき、ありがとうございました。
これからも、立教大学体育会陸上競技部男子駅伝チームのご支援、よろしくお願いいたします。


次回は7月26日、白瀬賢也選手(コミュニティー福祉・2年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。

マネージャー 前田萌衣

2021/7/12

今回は山中崚選手(経済・4年)のブログです。補強の際はどこに効いているのか確認するなど陸上競技に真面目に取り組む姿勢は選手のお手本となります。復帰後の彼の走りに注目です。

こんにちは。
経済学部経済学科4年の山中崚です。早いものでもう4年生になり、大学生活も残り僅かとなりました。前回のブログでは大学生活を通して経験した挫折とそれを経て得た教訓を話させていただいたのですが、後日ブログを読んだ実の母親から「内容が真面目すぎて面白くない」という貴重なご意見をLINEにていただきました。悔しいのですべらない話でも披露しようかと思い何個かエピソードを考えていたのですが、面白くなりそうもなかったので今回も大人しく真面目に書こうと思います。
 余談はさておき、私は今紫聖寮を離れ、実家で就職活動に本腰を入れています。実家に戻って思ったのは、やはり実家は落ち着くな〜と。就職活動で一日中家にいることもザラではないのですが、何一つ障害も不自由もなく生活ができています。思えば寮を出て家で就職活動に取り組むという話もすごく急でしたし、実家にいるこの期間も寮費は発生していて、家に人間が一人増えてかつ寮費も払わなければいけないので、両親にはすごく負担をかけてしまっていると思います。しかし、両親は私のワガママに何一つ不満を言わず協力し、私の背中を押してくれています。就職活動に限らず、こうして不自由なく自分がやりたいことに対して存分に挑戦できる環境があるのは、当たり前のようで決して当たり前のことではないのだとこの期間に改めて感じさせれられました。 正直なところ今現在、就職活動も陸上競技も双方うまく行かず、厳しい状況が続いています。私は超が付くほどのネガティブ人間なので「満足できる会社に内定を絶対もらう!」だとか「卒業までにベストを更新する!」といったポジティブなイメージは全く出てきませんが、最終学年ももう折り返しに差し掛かっていますし、今の自分の環境や背中を押してくれている周りの人たちへの感謝を胸に、とにかく悔いのないよう一日一日に貪欲に向かっていきたいです。 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は7月19日、黒田航世選手(コミュニティー福祉・3年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。
マネージャー 水取一樹

2021/7/5

今回は稲塚大祐選手(経営・1年)のブログです。
真面目にコツコツと、自分の走りに向き合っている稲塚選手。
努力を惜しまず、真摯に陸上に取り組む彼は、間違いなく今後の立教を支えていく選手になるでしょう。


はじめまして。
経営学経営学科1年の稲塚大祐です。大学に入学して3か月が経とうとしています。これから夏合宿、その先の駅伝へとより練習がハードになっていくと思います。そこで今回は、入学してから現在までを振り返り、これから強くなり、結果を残すにはどうしたらよいか自分なりに書いてみたいと思います。 
 私は入学当初、早く記録会に参加して高校2年の冬から更新できていない5000mの自己ベストを更新したいと思っていました。しかし、大学初のレースの3000mでは走らなかった方が良かったのでは?と言える走りをしてしまいました。その後の5000mでも記録を狙うような走りはできませんでした。そのため、まずは練習を確実にこなしていこうと切り替えましたが、5月は足を痛め、より一層走れなくなり辛かったです。現在は少しずつ走れてきています。
この3か月間で多くのことを学べたと思います。大学の練習では各自の部分も多く、自分の状態を正しく把握して取り組んでいく必要があります。しかし、自分は状態を正しく把握できておらず、気づいたときには走れない状態にまでなっていました。また、ここまで悪い状態になった要因は、まだ大丈夫と治療に行っていなかった、勉強に振り回されて睡眠や練習への準備が悪かったことなどが挙げられると思います。だから、治療に定期的に行く、個人的な学習時間を調整することを今は大切にしています。
 これから「立教箱根駅伝事業2024」事業が益々進んでいく中で、私自身も含め、チームとして大きく成長していく必要があります。充実した寮生活の日々、そしてコロナ禍で仲間と切磋琢磨できることは決して当たり前のことではありません。ずっと支えてくれている私の家族を含め、多くの方々のご支援あってのことです。まだまだ力がない私ではありますが、そんな支えてくださる方々への、せめてもの感謝、そして責任として精一杯の努力をしていきたいと考えています。入学後の3か月間の失敗を教訓として、今後も精進していきますので、今後ともご支援、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。
 拙い文章ではありましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回は7月12日、山中崚選手(経済・4年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。

マネージャー 福井優斗 

2021/6/28

今回は加藤駆選手(コミュニティ福祉・2年)のブログです。私生活では温厚で、笑顔を振りまく加藤選手。レースになると自身のプレッシャーに打ち勝つ強さも持ち合わせています。復帰後の彼の走りにご期待ください!


こんにちは。
2年の加藤駆です。最近、ポケモンの抱き枕を入手しました。抱き枕を使ってからびっくりするくらい寝付きが良くなりました。寝付きが悪いという方は一度抱き枕を使ってみてください。皆さんが毎日、楽しい夢の国を見れることをお祈りしています。

それでは本題に入っていきます。本題に入るといっても特に書くことないんですよね。思ったことを自由に書いていきます。
みなさん、最近調子はどうですか?私は今年度になってめちゃくちゃ右肩上がりになりました。今、色々休憩している部分もあるかもしれないのですが、何をしてもあまり疲れないですし、色々やりたいことが浮かんできます。時には外に出たい、遊びたいと思うのですがこのご時世なのでやりたい事ができなくてとても寂しいです。目が覚めたらコロナウイルスが消えていたなんてこと起きないですかね。
また、コロナウイルスの影響で外出をする際はマスクをしないといけないですよね。最近は暑くなりだしてマスクなんてすると顔がめちゃくちゃムシムシしますし、ランニングの時になんてマスクをつけると苦しくて走るのやめたくなります。私の友達もマスクによる肌荒れがなんちゃらかんちゃらとか言っていました。そのくらいシンドいです。マスクすることは良いことですが、いつまでこのご時世は続くんでしょうね。早くコロナウイルスがなくなり息苦しい生活が終わってほしいです。
書きながら思ったのですが最近調子が良く感じるのは、考える機会を減らしたからだと思いました。昔から私は考え過ぎと言われ、考え過ぎについて考えていました。しかし、答えがでないので諦めて最近は考えることをやめました。選択に直面した時は直感で選ぶようにするようにしていました。そのような生活を続けていたら変にストレスが溜まらなくなり心に余裕ができ、すっきりするような感覚になりました。例えるとスーパースターを取ったマリオみたいな感じです。スーパースターみたいに長くは続かないと思うのですが調子が良いうちにできることをやっておきたいと思いました。以前、考え過ぎて身体中に穴が開いたり、蕁麻疹が止まらないということがありました。あれには二度となりたくないです。色々含めて、そういうのは私にとって大事だなって思いました。
最後に私の好きな曲を何個か書いて終わりたいと思います。何個かあるのですが、ひとつめはExpressの「もぐらの唄」です。これは頑張りたいかもと思った時によく聞きます。あと、twiceの「Cry For Me」とJustin Bieberの「Love yourself」が好きです。どちらも雰囲気が好きです。因みに私の勝負曲は清水翔太の「花束の代わりにメロディーを」です。是非聴いたり歌ったりしてみてください。あと、私と歌唱勝負したい方募集しています。いつでもかかってきてください。
また次もあるみたいなので、ネタが切れる前に終わらせようと思います。それではさようなら。最後まで読んでいただきありがとうございました。これからも立教大学陸上競技部の応援をよろしくお願い致します!

次回は7月5日、稲塚大祐(経営・1年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。マネージャー 豊田桃華

2021/6/21

今回は、安藤圭佑(コミュニティ福祉・1年)選手です。
どんな練習でも表情を変えずに、懸命に走っている姿は仲間に良い影響を与えています。また、マネージャーにも感謝を忘れない優しさも持ち合わせてます。
そんな彼の今後の記録に期待です!


はじめまして。
コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科1年の安藤圭佑です。私は今回のブログが初登場なので、まずは軽く自分の自己紹介をしようと思います。

出身地は愛知県豊川市です。あまり聞いたことがない地名だと思うので簡単に紹介をすると、豊川稲荷という有名なお寺のある、田舎でとても住みやすいところです。趣味は音楽を聴くことと、車が好きなので、よく車に関する情報をネットで調べたり、車の動画を見たりすることです。ちなみに、好きなミュージシャンはMr.ChildrenとONE OK ROCK。好きな車のメーカーはSUBARUです。出身高校は、豊川高校という自宅から一番近い地元の学校です。そして高校時代も駅伝部に所属していて、3年の時にはキャプテンも務めさせていただいていました。
この自己紹介を見てわかる通り、私は地元が好きで、ずっと家族とともに地元から離れずに暮らしていました。しかし、大学に入って地元から離れ、環境が大きく変わったことで、苦労したこともありました。なので、今回は、地元を離れて気づいたことや感じたことを紹介したいと思います。
引っ越してきてすぐは、地域の環境に慣れるのが大変でした。どこに何があるのかわからないし、文化やルール、習慣が自分の地元と全く違うことがたくさんあり、戸惑ったり、不安に襲われたりしていました。環境の変化によって、ここまでストレスを感じるとは思っていなかったので、正直びっくりしました。
 また、今までそばで支えてきてくれた家族や地元の友人、地域の方々のありがたさに気が付くことができました。地元では、いろんな人たちが私のことを見守ってくれていて、常に応援してくれていました。正直、地元にいたときは、そのありがたみをよく分かっていなかったと思います。しかし、地元を離れてみて、いろんな方々の支えが、私にとって本当に強い励みになっていたことがよくわかりました。また、高校までに出会った友人や仲間たちにも、今ものすごく助けられています。みんな私のことをよく理解してくれていて、連絡を取ったときには、応援してくれたり、励ましてくれたりして、さまざまな面で私を助けてくれます。自分は本当に良い仲間と出会うことができたと感じるし、みんなには感謝しかありません。そして何より、家族への感謝の気持ちが一番強く芽生えました。食事や洗濯などの家事でのサポートや、悩みや相談を面と向かって聞いたり、治療や部活の送迎をしてくれたりなど、ここには書ききれないぐらい、いろんなサポートをしてくれていたことに改めて気が付きました。一人でこれらのことを対処しようとすると大変なことばかりで、本当に一生懸命私を支えてくれていたことがすごくよく分かりました。また、連絡を取った際にも、温かい言葉で応援してくれたり、仕送りをしてくれたりと、今でもいちばん私を支えてくれていることに強く感謝しています。

このように、地元から離れたことで、大切なことに気付くことができたと思っています。そして今は、自分のことを応援してくれている人たちを裏切らないためにも、大学で結果を残したいと強く思っています。自分たちを支えてくれている人への感謝の気持ちを忘れず、日々努力していきますので、今後とも応援をよろしくお願いいたします。
最後まで読んでくださりありがとうございました。


次回は6月28日、加藤駆(コミュニティ福祉・2年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。

マネージャー 松本安里奈

今回のブログは野村一志選手(理・4年)のブログです。野村選手はそのユーモアと優しさでチームの誰からも慕われている選手です。また、チームのためにいつも動いて下さる頼りになる先輩で、チームに欠かせない存在です。

こんにちは。二回目の登場となりました。理学部物理学科4年の野村一志と申します。
早いものでもう四年生です。
研究室に配属されまして、一生懸命に天体の研究をしております。とっても楽しいです。本当です。

今回は私が最近ハマっていることについて紹介させて頂きます。

1.スマートフォンで調べた面白画像を、同学年の石鍋君(普段はたくみ君と呼んでいますが)に見せて、彼の喜んでいる様子を観察すること。
これでもかというくらいの弾ける笑顔を見せてくれるので、私まで幸せな気持ちになります。

2.ドラクエ5
楽しいです。近くのリサイクルショップで100円で購入したDSを使って遊んでいます。
もう少しで全クリできそうなので頑張ります。

とりあえずここまでで300文字です。字数制限などは特にないのですが、短すぎると怒られそうなのでもう少し書きます。

この選手ブログを執筆させて頂くのは今回でラストとなります。
ということで最後に、このブログを見てくださっている入部予定の、またはどこの大学で競技を続けるか迷っている高校生そしてその関係者の方々に、一応4年間この部活に在籍していた身として立教駅伝部のいいところをお伝えして、消え去りたいと思います。
それは、、、、
みんないい人! 過ごしやすい環境!
ということです。部員たちと一つ屋根の下の生活を送るうえで、そこにいる人、または環境ってとても大事な要素だと思います。
その点立教駅伝部には(言葉を選ばず言いますが)性格に難ありの人であったり、理不尽な上下関係など一切ございません。寮もキレイですヨ。
ストレスを感じることなく競技に没頭し、楽しい大学生活が送れる環境があります。
その辺に関しては皆さん安心して入部してください。

ということで、最後になりましたが全二回、私のブログに目を通してくださった方々、心より感謝申し上げます。大好きです。

ではそろそろ100円で買えるファンタジーの世界に戻ろうと思います。
失礼いたします。


次回は6月21日、安藤圭佑選手(コミュニティ福祉・1年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。


マネージャー 奥田陽花

2021/6/7

今回は新井悠悟選手(経営・1年)です。新井選手は黙々と自分のやるべきことに集中して努力を重ねられる選手です。また、立教の看板学部でもある経営学部で、学業との両立のできる選手でもあります。

はじめまして。経営学部経営学科1年の新井悠悟です。今回、「継続すること」についてと練習に参加し始めてから3か月が経った現在の気持ちを綴ろうと思います。最後まで読んでいただけると幸いです。
唐突ですが私は現在、思うように走れていません。きっかけは些細なことでしたがある部位の痛みが取れるとまた違う部位が痛くなるというサイクルにはまってしまいました。これは中学から陸上競技を始めてバランスの悪いフォームで走り続けたつけが回ってきたのだと考えています。僅かなバランスの崩れでも何年も重なれば相応のバランスの悪い体になります。まさに積み重ねによる負の側面だと思います。怪我をせず練習を継続することが一番です。そのために日々の体のケアやその日の練習内容の記録や食生活などすべて継続によって成り立っていることを競技に向き合っている中で痛感しています。
この3か月で私は立教大学駅伝部で練習に励むことができるこの環境は本当に恵まれていることなのだと改めて感じています。些細なことでも気にかけて下さったり、様々なアドバイスを下さる先輩方や怪我をしたときに走れない分の筋力や心肺機能を補える豊富な器具が揃っていたりと、その恵まれた環境を実感しています。立教大学で競技を続ける機会を与えて下さったすべての方に対して感謝の気持ちを忘れずまた、このような環境の中での出会いを大切にして地道に競技に取り組みます。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。

次回は6月14日、野村一志選手(理・4年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。マネージャー 土田菜里香

2021/5/31

今回は関口絢太選手(経営・1年)です。
関口選手といえば、モデルといっても過言ではない抜群のスタイルです。しかしそれ以上に、誰のことも決して否定せず、どんなことも優しい笑顔で受け止めてくれる素敵な人です。彼の存在はチーム全体に癒しと、安心感を与えてくれます。


こんにちは。経営学部経営学科2年の関口絢太です。大学生になり、一年が過ぎました。授業はすべてオンラインになり、この一年間は今までで一番実りの少ない一年となってしまいました。陸上の面でも苦しい一年となりました。私は今まで怪我などをあまりせず、継続的に練習ができていたため、毎年ベストを更新していました。しかし大学生になってから怪我などで満足に練習をすることができずベストを更新することができませんでした。今回のブログでは私が経験した一年間について書いていきたいと思います。拙い文章ですが最後まで読んでくださるとうれしいです。 
 私は大学に入学する前から怪我をしてしまい、同期からは少し遅れて練習をスタートしました。怪我が治ってからしばらくは順調に練習をすることができ、ベストではないものの満足のいくレースができていました。3回目の夏合宿(9月上旬)は、怪我でほぼ走ることができなかったのですが、10月の箱根駅伝予選会には間に合う怪我でした。その後、怪我は治ったものの原因不明の首の痛みにより、結局箱根駅伝予選会に出場することができませんでした。この痛みは2か月ほど続きました。予選会の給水担当として会場に行って、「絶対に来年は走る」と心に誓い、今までよりも心を引き締めて陸上に取り組もうと思いました。12月あたりからポイント練習を開始することができ、1年生が終わるまで順調に練習ができました。
 2年生になり、関東インカレという大きな大会に出場できることになりました。しかし本番一週間前に気胸という病気と診断され関東インカレも箱根駅伝予選会同様出場することができませんでした。 
 この一年間の経験を通して感じたことは「どんなことがあっても目標を見失わない」ということです。前述した通り、この一年大きな試合に出場することができなかったり、今まで毎年更新していた5000mの自己記録を更新することができなかったりと苦しい一年となりました。しかしめげずに頑張ってこれたのは箱根駅伝に出場したいという目標を見失わなかったからだと思います。また仲間が頑張っているのに自分は楽をしていていいのかと思ったからです。気胸と診断されたときに監督から「関口に与えられた試練だと思い、強くなりたいなら夢を持って前向きに」とメッセージが来ました。このブログが出される時にもまだ練習はできていないと思います。これから大きな病気や怪我をする可能性はありますがそうなっても、目標(夢)を見失わず頑張っていきたいと思います。
 最後になりますが、今年の1月に恩師の国学院久我山高校陸上部の有坂監督が亡くなりました。高校3年間毎日のように顔を合わせ、常に元気で明るい人であったため訃報をきいた時は信じられませんでした。高校を卒業した後も気にかけてくださり「期待している」とのメッセージもいただきました。そんな期待に応えられるよう、また恥じないような結果を出すことが恩返しだと思っています。自身の目標である箱根駅伝に出場するため、これからも頑張っていきたいと思います。
 長々とまとまりのない文章となってしまいましたが最後まで読んでいただきありがとうございます。


次回は6月7日、新井悠悟選手(経営・1年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。マネージャー 豊田彩華

2021/5/24

今回は、辻京佑選手(文学部教育学科・3年)のブログです。
自分の走りに真剣に取り組んでいる姿が印象的な辻選手。大学生活の半分が過ぎ、これからのチームを引っ張ってくれる優しくて頼りになる辻選手の走りに注目です。

 こんにちは。文学部教育学科3年の辻京佑です。今回のブログでは私が今までで一番苦しい経験で、その上濃い時間だった受験生の頃を振り返って書きたいと思います。文才が無いので分かりにくい部分が多々あると思いますが、最後まで読んで頂けると幸いです。
 なぜ私が今回のブログで受験生の頃について書くのかということですが、大学2年生の冬休みに自身の中で時間にゆとりを持つことが出来たので、パラパラと受験生の頃のノートを見返した時、あの一年のハードさを思い出し自分の分岐点だと感じたからです。ここで軽く受験生の頃のエピソードを紹介します。私が一番印象に残っている科目は世界史です。私が世界史を好きだったということもありますが、とにかく世界史の授業では非常に集中力を求められたために今でも鮮明に覚えているのだと思います。集中力を求められたと書きましたが、具体的に授業風景を記します。まず先生が教室に入ってきた時、教室内の雰囲気は一変します。「ガヤガヤ」している雰囲気から「シーン」とした雰囲気に変わるのです。この理由は簡単ですが、先生が非常に怖いからです。どれくらい怖いかと言いますと、ホラー映画でお化けが出てきて鳥肌が立つ瞬間と同じくらいの怖さです(ちなみに授業は3時間あったので、ホラー映画を2本一気に見た時の怖さだと同じだと勝手に感じています笑)。その先生も「適度な緊張感が集中力を作り、記憶を定着させることが出来る」と仰っていたので、何にでもすがろうとしていた私にはもはや教祖のように感じ、その緊張感にのめり込んでいました(ただあの授業に緊張感を抱いていたのか、恐怖を抱いていたのかはわかりません……笑)。しかし授業中眠くなってしまう人も中にはいて、そのような時には先生から「寝るな!!」と恐ろしい勢いで言われるので当事者のような気持ちになり、私は「ひぇぇぇーーー」と思いながらも流行りの鬼滅の刃に例えるならば、「全集中」して乗り切っていました。
 そのような出来事を振り返りながら、大学2年生の冬休みパラパラと世界史のノートを見返していた訳ですが、その中で自分の書いたメモの中に
「才能とは?→与えられた能力を伸ばすこと」
と書いてありました。はっきり言うと、この文が試験に出ることは無いと思います。しかし目に留まる場所に書いてありました。どうして書いたのかは覚えていませんが、この言葉を書いておいて、そして見つけることが出来て良かったと感じています。このように感じるのも、現在自分が打ち込んでいる陸上競技に対しての考え方を変えたと考えているからです。
 多くの人が自分の成績に納得しない時、他人と比較し「あの人は才能があるから良いな…」とネガティブに考えがちです。私もその内の一人だったのですが、この言葉から分かるのは、才能は全員持つチャンスがあるということです。あとは与えられた能力をどこまで伸ばすかということなのです。
陸上競技に限ったことで言うと、「自分はスピードの才能が無いから厳しい」といった発言や「長い距離を走る才能が無いから」と言うような発言がよくあります。上野監督はこのようなネガティブな発言があると、「やっていないだけだから」と仰います。非常に簡単な言葉のように思えますが、私もまさにこの通りだと思うのです。練習をすれば自分の持つ能力を引き出すことに繋がり、最終的にはスピード向上に繋がり才能を手に入れることが出来、また実直に長距離を走る練習をすれば長距離を走る才能が身についてくるのです。与えられた能力がどれくらいあるのかは誰にも分からない以上、少しでも眠っている才能を伸ばすために努力をする必要があるのではないでしょうか。これは今ネガティブに考えている人だけに当てはまる訳ではありません。一般的に才能があると言われる人でも与えられた能力を最大限伸ばすために努力をしないのは非常に勿体無いように思います。浪人していた時の先生の才能の解説からは、「全ての人が現状に甘んじず、ひたむきに努力し続けなさい」といったような意味が含まれているように感じるのです。
ここまで受験生の頃の話、そしてその時のメモ、さらには才能について書きました。以上を踏まえた上で私は先程書いた定義で言う「才能を持つ」人間になりたいと考えています。これは陸上競技だけではなく、自身が取り組む学習でもそのようにあるべきだと考えています。私は最初から何でも出来るような人間ではありませんし、自分が与えられた能力を伸ばすためには何をするにしてもひたむきに努力を積み重ねていくしかありません。私が与えられた能力を出来る限り伸ばして自分自身が少しでも才能を持てたと納得できるように現状に満足することなく、一日一日を大切に過ごしていきたいと思います。 

これで自分のブログは書き終わりますが、最後に立教大学陸上競技部男子駅伝チームを支えてくれている方々に感謝申し上げます。私が上記で記述致しました、「才能とは与えられた能力を伸ばすこと」の「与えられる」という部分はチャンスを頂くということに繋がるため、支援してくださる方がいらっしゃらなければ成立致しません。自由に取り組むことの出来る環境の貴重さを噛みしめながら練習していきたいと思います。チャンスを頂いている以上、チームとして個人としても皆様に還元しなければならないことが多くあります。私たちはプロではありませんが、支援してくださり立教大学の箱根駅伝出場を心待ちにされている方々のためにも、プロでは無い私たち大学生が出来るせめてもの礼儀として、責任として、ひたむきに努力して行く姿を見せていきたいと考えております。これからも引き続き私たちのチームを見守って頂けると幸いです。大変長い文章となってしまいました。これまで私のブログを見て頂いた皆様ありがとうございました。

次回は5月31日、関口絢太選手(経営・2年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。マネージャー 前田萌衣

2021/5/17

今回は佐藤優太選手(コミュニティ福祉・4年)のブログです。佐藤さんは私たちの頼れる寮長です。責任感があり、チームをまとめる一方、ユーモアも持ち合わせています。チームの誰からも愛される佐藤さんの大学ラストイヤーの走りに注目です。

こんにちは。
コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科4年の佐藤優太です。今回は私自身の現状について書いていきたいと思います。最後までお付き合い頂けると幸いです。

私は今、猛烈に焦っております。
理由は2つあります。1つ目は就職活動です。私は保健体育の教員を志望していて、今は教員採用試験の勉強をしています。教員採用試験は7月に迫っていて、勉強の進み具合はあまり良くありません。また、同期で次々と内定をもらっている人が増えていく中、勉強に勤しむ毎日は私に「謎の焦り」を感じさせてきます。全く異なる進路のため、比較するべきではないと分かっていますが、どうしても笑。2つ目は陸上競技です。3月下旬に怪我から復帰し、最近になってポイント練習をこなせるようになってきました。よく考えてみれば、私はもう大学4年生です。大学1年の12月から自己ベストを更新していません。卒業までに最低でも自己ベストは更新したいですが、かなりまずい状態です。焦っています。

少し誇張しましたが、要は最後の1年悔いのないように精一杯頑張りたいということです。どちらも毎日少しずつ地道に積み重ねていくしかありません。胸を張って卒業できるよう1日1日を大切に過ごしていきたいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は5月17日、辻京佑選手(文・3年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 水取一樹

2021/5/10

今回は、市川大輝選手(コミュニティ福祉・2年)のブログです。
昨年の日体大記録会では5000mの自己ベストを更新するなど、着々と力をつけている市川選手。
持ち前の真面目さと、陸上に対する直向きな気持ちを持って、今年もチームを引っ張ります。


こんにちは。
コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科2年の市川大輝と申します。入学したことがつい最近のように感じますが、あっという間に1年が経ってしまいました。そこで大学生活を1年間送ってみて感じたことを自分なりに文章にしてみたいと思います。拙い文章ではありますが最後までお付き合い頂けると幸いです。

今回、私は「自分を信じる」というテーマで書いていきたいと思います。これは人との関わりが少なく、先の見えない情勢の中で1年を過ごしてみて大切だと感じたことです。まず、この1年はコロナウイルスの感染拡大が続き、大変な状況でした。私自身も授業が全てオンラインとなり部屋でパソコンに向き合う日々がとても退屈でした。モチベーションにも波ができ憂鬱な気持ちで過ごすこともありました。学校生活における目標というのは薄れてしまい、惰性で過ごしてしまったような気がしてとても反省しています。その一方で競技面は箱根駅伝予選会で結果を出すという明確な目標を持って取り組めたと思います。かなり良い状態で練習を積むことができ充実していました。しかし、少し空回りしてしまった部分もあり、夏合宿前にアキレス腱を痛めてしまい、走り込みの大切なシーズンに2ヶ月ほど全く走ることができませんでした。その時点で予選会メンバーを外れることを覚悟しました。結果的にもメンバーに入れず、TVの前で応援することとなり、かなり悔しい思いをしました。そんな状況でも補強やリハビリ、ウォーキングなど復帰に向けてできることを精一杯やれた期間は良い勉強となりました。そして9月頃ようやく少しずつ復帰をすることが出来ました。2ヶ月全く走らなければ体は重く、フォームなど感覚の部分は全てリセットされたと言っても良いほどの状態でした。今までできていたスピードでの練習ができなくなった自分にかなり失望して気持ち的にも下がることが多く悩むことも多かったです。そんな中でも多くの方のサポートもあり12月には5000mで自己ベストの更新をするところまで何とかたどり着けました。しかし、その後大腿骨の疲労骨折が見つかり1ヶ月半ほどまた走れない日々が続きました。次復帰してもまた故障するのではないかという不安もありモチベーションの維持が難しい状態にもなりましたが、とにかく自分は復帰できると信じて取り組んできたことで現在、2回目の復帰をすることが出来ました。しかし結果的には1年のほとんどを故障とリハビリで使い切ってしまいました。

そんな生活を送り、「自分を信じる」ことが私の中で大切なこととなりました。先が見えず苦しい状況であっても、他人から何を言われても自分を評価するのは自分だと思います。周りからできないと言われても自分が自分自身を信じて努力すればきっと望んだ結果が得られるのではないかと思います。1年目には自分が望んだ結果を出すことはできませんでしたが、その期間で学んだことはとても多くありました。普通に走れること、整った練習環境や監督とのコミュニケーション、マネージャーさんのサポートなど当たり前のように感じることも当たり前ではないです。一つ一つに感謝をして、今年こそ箱根駅伝予選会で良い報告ができるようにしたいと思います。この先もまだ見えず、苦しいこともあるかもしれませんが、多くの方のサポートがあることを忘れず「自分を信じて」初心を大切に覚悟を持って頑張っていきます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。今年度も立教大学への変わらぬ応援をよろしくお願いします。

次回は5月17日、佐藤優太選手(コミュニティ福祉・4年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 福井優斗

2021/5/3

今回は、岸本健太郎選手(経営・2年)のブログです。
誰に対しても臆せず自分の意見を伝えることができる岸本選手。その存在がチームにメリハリをもたらしています。2年生になり早1ヶ月、面倒見のいい岸本選手が新入生をチームへと引っ張ってくれています。


 こんにちは。経営学部経営学科2年の岸本健太郎です。
 立教に入学し、早一年が経ちました。昨年度は授業もすべてオンラインで、一回もキャンパスに行くことなく1年生を終え、練習や治療、合宿以外は寮で過ごすという変化を感じることができない生活でした。今では日常になってしまいましたが、コロナ禍の非日常の生活を続けてきた中で感じたことを書いていこうと思います。
 この一年で一番感じたことは人と直接会うことの有難みです。近年はLINEやInstagramなどのSNSでのやりとり、zoomでのリモートワークなどで人と会うことなくコミュニケーションをとることができるようになりました。確かにこういった手段は非常に便利だと思います。しかし、昨年一年間人と会うことを制限されたなかで感じたことは、万能ではないということです。SNSは基本文字でのやり取りのため、そこから微妙なニュアンスを汲み取ることが難しいことは誰もが承知のはずです。また、Zoomはオンラインで顔を合わせながら会話することができますが、タイムラグや微妙な表情を読み取ることは難しかったりします。コミュニケーションには直接人と会話することでしかできないことがあると感じました。非日常が続く中で当たり前だったことが当たり前でなくなったりと、ライフスタイルが変化してきています。私たちも変化に対応していきながら学びを続けていく必要があります。
 現在、東京、大阪、兵庫、京都に三回目の緊急事態宣言が発令され、さらに緊張感を持って生活をしなければならなくなっています。大学も一部対面授業がありましたが、またオンラインに切り替わります。いち早く第四波が収束することを待ちながら、今できることをひとつずつやっていこうと思います。これを読まれている皆さんも大変な状況かと思いますがともに踏ん張っていきましょう。
 まとまりのない文章になりましたが、最後までお付き合い頂き有難うございました。


次回は5月10日、市川大輝選手(コミュニティ福祉・2年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。マネージャー 豊田桃華

2021/4/26

今回は、服部凱杏選手(経営・2年)のブログです。服部選手は常に練習に対して積極的に、ストイックに取り組んでいる印象です。また、マネージャーへの気遣いを忘れない、優しい一面も持ち合わせています。

こんにちは。経営学部経営学科2年の服部凱杏です。
 文章を書くことが苦手なので温かい目で見てもらえると嬉しいです。大学生になって1年がたったので、一年を通して感じたことを書き記したいと思います。

 まず、コロナウイルスによる影響で、一度も通学をすることなく、授業はすべてオンラインで行っていました。ずっと部屋にこもって授業を受ける生活をしていたので、曜日感覚が薄れ、平日と休日の差はほとんどなく、変化のない毎日がとても退屈でした。しかし毎日が休日のようなもので、陸上競技にはとても集中できたのではないかと思います。 高校や、中学と比べると、大学は、自由な部分や楽しめるところ、楽できる場面が多く、進学するごとにつれて忙しくなることが当然だと思っていたので、ふとした時に我に返り、「こんなにも何もやってなくていいのか」と不安に感じることも多くありました。
 正直、昨年中で学び得たものはほとんどなく、自分の成長を実感することもなかったので、今年は、授業や大学生活での学びを定着させたいです。今のところ、何のとりえもない人になってしまっているので、何かの分野において特出した能力を発揮できるようにしたいと思います。
 話は変わりますが、今年度の初めにブログを書かせていただけるということで今年度の目標を書き残しておきたいと思います。今年度の目標は、「一年を通して怪我無く、練習を積むこと」です。昨年度は、故障続きで練習を継続して行うことができず、結果を出すことができませんでした。高校の同期の活躍や、新記録の続出を見ていてとても悔しく、また自分が情けなく感じました。また、今まで陸上競技をやってきて毎年自己ベストを更新してきていたので、その流れが崩れてしまったのも含め、とても悔しく、苦しい一年となりましたが、陸上競技に対する熱意が自分の中にあることを再認識することができたのと、練習面では基礎作りができたので結果的には、良い一年だったのではないかと思いました。
 2021年になってからは、故障もなく順調に練習ができているので、このまま油断せずに継続していくことと、しっかりと結果に結び付けたいと思います。

最後まで見ていただきありがとうございました。今年度も立教大学陸上競技部の応援よろしくお願いします。

次回は5月3日、岸本健太郎選手(経営・2年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。
マネージャー 奥田陽花

2021/4/19

今回は馬場勇希選手(心理・4年)です。馬場選手は、持ち前の優しさと親しみやすさでチームの誰からも慕われる存在です。また、抜群の面白さでチームのムードメーカーでもあります。
今年が大学ラストイヤーとなる馬場選手の走りに注目です。


こんにちは。現代心理学部 映像身体学科4年の馬場勇希です。4月から4年生となり大学生活も残り僅かとなりました。一日一日を大切に生活を送っています。今回のブログは私生活のなかで、私が感じたことを手短に言語化したいと思います。今回も最後までお付き合い頂けると幸いです。
4年生となり改めて最近強く感じることは「感謝」です。私が1年生の頃は、体育会で少し長距離を走っている状況で、このような環境になるとは誰一人想像していませんでした。今現在、練習は辛く、寮生活も決して楽ではありません。しかし、上野監督が立教に来られなかったら、自分自身の可能性も狭まり、「箱根駅伝」を身近に感じることもありませんでした。さらにスポーツ推薦で入学して来てくれた1、2年生や、監督の存在を知って入学した3年生に出会うこともなかったかも知れません。大学4年間でしか挑戦出来なきことや、学べないことに対して取り組ませていただいてると強く感じました。
スポーツ推薦ではない4年生をご指導して下さる監督と、寮に送り込んでくれた両親への「感謝」を忘れず、就職活動だけでなく陸上競技も最後までやり抜きたいと思います。

拙い文章となりましたが、最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。

次回は4月26日、服部凱杏選手(経営・2年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。

マネージャー 奥田陽花

2021/4/12

今回は金城快選手(コミュニティ福祉・3年)です。
金城選手は先輩、同期、後輩からの人望が厚い選手です。状況に応じて柔軟に対応できるだけでなく、芯のある人間性は素晴らしいです。
前回は自粛期間が続く中で自分自身のすべきことについて書いていただきました。それから1年経った今回の内容にも注目です。


こんにちは。
コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科3年の金城です。4月から3年生。大学生活も折り返し、一日一日を大切に過ごさないといけないと思う今日この頃。今回も最後までお付き合い頂けると幸いです。

今回は、私の大切にしている言葉の一つを紹介したいと思います。
それは、「考えて動け」です。これは、高校1年次の担任の先生が日々仰っていた言葉でした。当時は、自分の置かれた状況を考えて勉学に励め、先生やクラスメイトのことを考えて行動し、良い人間関係を築け、という様なメッセージが込められていたと解釈しています。(一丁前に述べておりますが、当時は職員室に呼び出され指導を受けたり、大学受験への考えの甘さ故に、息抜きも大切と謳って勉強の合間にクラスメイトと草野球に興じた挙げ句、浪人してしまう有り様でした、ごめんなさい。)

現在の生活においても、「考える」そして「動く」シーンが数多くあります。例えば、我々の大きな目標である「箱根駅伝出場」を如何にして果たすか、を考えた場合
・練習やレースの要点を押さえ、目的意識をもって日々取り組む。
・個人がチーム内で課されている役割を果たす。
・箱根駅伝という目標をチームで共有し続ける。
などの行動が求められ、また、これらを遂行するにはどうすればいいのかを考えて実行に移す必要があると私は思います。考える⇔動く、これを繰り返し又は並行的に行なえる組織・個人は必ず強くなることでしょう。

かの有名な哲学者パスカルも次の言葉を残しています。
『人間は考える葦である』
人間は一本の葦の様にか弱い生物であるが、「考える」という大きな武器を持っている点では偉大だ、という意味が込められています。私も一人の人間、一競技者であることを自覚して、考えて動ける「考える葦」並びに「考える脚」で在り続けるよう努めていきたいと思います。

今回のブログは以上となります。今年度も立教大学体育会陸上競技部男子駅伝チームの応援のほどよろしくお願い致します。

次回は4月19日、馬場勇希選手(現代心理・4年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。
マネージャー 松本安里奈

2021/4/5

  今回は斎藤俊輔選手(観光・4年)のブログです。斎藤選手は昨年末に立教大学初の5000m13分台を出すなど、エースとしてチームを牽引しています。練習中はもちろん練習以外でもチーム全体に気を配り、抜群の明るさでチームを照らす頼れる先輩です。

こんにちは。観光学部観光学科4年の斎藤俊輔と申します。
 まずは、日頃から立教大学長距離ブロックをご支援いただきまして、ありがとうございます。先日、部内のオンライン式典に参加した際にサポートしてくださっている人たちの多さを改めて実感致しました。
 今年度のトップバッターということですが、特に面白いことも思いつかないので、私自身の陸上に対する考えを残したいと思います。現在、就職活動中のため、自己分析の一貫として言語化してみますので、興味本位で読んで頂けると幸いです。

 私が陸上競技に取り組む中で意識していることは「結果にこだわる」ことです。競技の特性上、数字としてはっきり白黒ついてしまうため、結果にはこだわりたいと思っています。その中で結果を出すためにも日頃から考えていることが2つあります。 1つ目は「日常生活とレースを分離する」ことです。私の考えとして、本番は「日常生活とは違うもの」と認識しています。具体的には、練習とレースで履くシューズを変える、着るウェアを変えるなどです。普段の練習では一番戦闘力の弱いシューズを履き、レースでは一番戦闘力の高いシューズを履くことで普段の練習以上の力を発揮してきました。レースが「普段通り」ではなく、自分の中における「最高の状態」を目指して、練習に取り組み、レースに臨んでいました。
  2つ目は「考えうる最大限の失敗をあらかじめ想定する」ことです。本番の前にあらかじめ、最悪のパターンを想定しておくことのメリットは2つあります。1つ目は対策ができること。2つ目は気持ちに余裕ができることです。陸上では気持ちに余裕のある方が勝てる可能性が高いと思っています。最悪のパターンを想定しながら対策をしつつ、レースでは少しでも最悪の状況から上振れすることで気持ちに余裕を持ち、より良い結果に繋がると考えています。
 以上のことを意識して、結果に拘って取り組んできました。陸上界の常識ではあまり受け入れられない思考だとは思いますが、人の意見に左右されることなく、自分の意見に自信を持って取り組むことは、個人種目である陸上競技においては必要な要素だと考えています。
 ある程度自分の考えがまとまりましたので、引き続き就職活動だけでなく、最終学年として陸上競技も最後まで後悔なく頑張りたいと思います。 
 拙い文章となりましたが、最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。また、今回のブログで私の考えを公にできるのも最後となります。この場を借りて、陸上を通じて関わってくださった方々に感謝申し上げます。ありがとうございました。

次回は4月12日、金城快選手(コミュニティ福祉・3年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。
マネージャー 奥田陽花

2021/2/22

今回は権守遼大選手(理・1年)のブログです。
昨年1年生ながら箱根駅伝予選会を走った選手の1人です。周りの環境に左右されることなく、寡黙に練習に打ち込み自らを追い込みます。その姿は、今後もチームに多くの気づきを与えてくれることでしょう。


初めまして。
理学部物理学科1年の権守遼大です。
今回は自己紹介も兼ねて、私自身が陸上競技にどのように向き合ってきたかについて書かせていただきます。

私が陸上競技、というより長距離走を始めたきっかけは、父と祖父の存在でした。二人とも趣味でランニングをしていて、小学生のときは父とよく一緒に走っていました。そのときはただ後ろにくっついて走るだけで、走る楽しさよりもきつい、つまらない、眠いといった感情の方が勝っていました。しかし、ちょっとずつ体力がついているような気がして、それがうれしくて、何だかんだ継続していました。
その影響もあってか、中学校では、陸上部に入部しました。決して強豪校ではない普通の陸上部でしたが、雰囲気がよく、少人数ながらもみんなで練習をすることは楽しかったです。特に秋の駅伝大会は1年で1番の楽しみでした。普段の大会とは違った独特の雰囲気や、初めて沿道の歓声の中を駆け抜けたときの感覚は今でも鮮明に覚えています。私はこの3年間で走ることが好きになりました。
中学校ではなんとなく陸上部に入部し、なんとなく陸上に取り組んでいましたが、高校では自分の意志で陸上を続けることを決めました。中学の練習よりも走る距離が増え、ペースも早くなり、最初は慣れることに苦労しました。記録が伸びなかったり、貧血になってしまったりと思うように走れない時期もありました。それでも、顧問の先生のご指導のもと、少しずつ記録が伸び、2年生の新人戦で自身初の地方大会出場を決めることができました。初めて県外に遠征し、レベルの高い選手と一緒に走れることがうれしく、胸が高鳴りました。大会に向け、いつも以上に一生懸命に練習に取り組みました。しかし、結果は予選落ちで自己ベストにも程遠く、不甲斐ないものでした。自分もこの中で勝負できるようになりたいと強く思い、純粋な走る楽しさとは違った、競技としての楽しさを感じるきっかけとなった大会でした。その日から少しずつ、卒業後も陸上を続けたいという思いが強くなっていきました。3年生になり、卒業後の進路を考えていくときに、大学生活4年間をかけて陸上競技に本気で向き合いたいと思うようになりました。一般受験生でも入部可能で、理系の学部に所属していても勉強と両立して練習が継続できる学校を探していたところ、立教大学が上野監督のもと強化を行っていることを知りました。そして、ここで自分がどれだけやれるか試してやるという意気込みで受験を決意しました。
大学に入学してもう1年が経過しますが、この1年間を振り返ると、貴重な経験をたくさんさせていただきました。特に秋には箱根予選会に出走する機会を与えていただき、箱根駅伝を間近に感じることができました。応援してくださる方々や家族の支援、監督やチームメイトの支えがあったおかげです。そんな恵まれた環境でいろいろなことを吸収し、自分なりに考え、多くのことを学びました。走るためにたくさんのことを犠牲にし、数えきれないほどの時間を費やしていますが、それだけの価値があると信じています。まだまだ未熟で力不足ですが、少しでもチームに貢献し、人に勇気を与えられるような走りができるように努力していきます。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
マネージャー 豊田桃華

今回のブログまでで、今年度の立教大学体育会陸上部男子駅伝チーム全員がブログを書かせて頂きました。1年間お読み頂きありがとうございました。
次回は4月の第1月曜日より再び始めさせていただきます。今後とも立教大学体育会陸上部男子駅伝チームの応援をよろしくお願いいたします。

2021/2/15

今回は武田拓樹(法・1年)選手です。
練習に真面目に取り組むことはもちろん、勉強面でも手を抜くことのない姿は尊敬します。
これからの成長に期待です!



はじめまして。法学部法学科1年の武田と申します。 
このような機会ですので今回は私が立教大学陸上競技部に入部した経緯と私の「覚悟」について書かせていただきます。


 突然ですが、みなさんは「覚悟」をいつしますか。おそらく進学、就職、結婚など人生の分岐点でする人が多いのではないでしょうか。私はこの立教大学陸上競技部に入る際、大きな「覚悟」を決めて入部しました。私は1年生の中では実績もタイムも特筆するようなものはなく、入部する前は本当にここで自分がやっていけるのかという不安しかありませんでした。それでも、ここで頑張ると決めたのには大きな理由があります。それは「箱根駅伝に出場したい。」と思ったからです。今から10年ほど前、当時小学4年生だった私は当時早稲田大学1年生だった大迫傑選手(現:ナイキ)が1区で独走し区間賞を獲得したのをテレビで見て幼心ながらに感動し、「いつか自分もこんな風に走りたいなあ。」と思うようになりました。そして、箱根駅伝に憧れて毎年箱根駅伝は必ずみるようになりました。その影響で中学から陸上を始めました。当時は練習すればするほどタイムが伸びていき、成長が目に見えて実感できたのでますます長距離の虜になっていきました。当時の私は「練習すれば必ず記録は出る」と思い込み、高校でも陸上部に入りました。私の高校は朝練も無く、練習量も他の高校と比べれば圧倒的に少なく、1人で練習することもありました。今思い返せば自主性を重んじるあまり、やや自分に甘くなってしまっていたのかなとも思います。それでも当時の私は練習していれば自ずと結果はついてくると思い、漫然と走っていました。しかし、現実はそう甘くなく、練習してもタイムが伸びず、また度重なる故障により自分を見失い、いつしか陸上への熱意も薄れていました。それでも故障も癒えた最後の夏では運よく近畿インターハイまで進むことができました。しかし、漫然と競技してきた自分に近畿の壁を突破できるはずもなく、惨憺たる結果で私の夏は終わりました。その時、あまりの悔しさと不甲斐なさから大学でも箱根を目指して競技を続けようと決めました。当然推薦がかかるような実力ではなかったので、一般生でも入部可能な関東の大学を探して必死に勉強して、なんとか立教大学陸上競技部に入部させてもらうことができました。今までとは全く異なる環境で練習の質も量も格段に高くなり、最初は非常に苦労しました。それでも、今の自分があるのは家族、監督、先輩方、マネージャーの方々、同期など沢山の人の支えがあったからこそです。当初は全く練習についていけなかった私を辛抱強く支えてくださった上野監督、気さくに話しかけてくれた先輩方には本当に感謝しかありません。そして、1年目から大きな大会で結果を出す同期には刺激を受けながら充実した日々を過ごせています。この感謝の気持ちを結果という形で返すことができるように1日1日を大切にしていきます。様々なバックグラウンドをもった人々が一つの大きな目標に向かって努力しているここでの活動は私にとって非常に新鮮であると同時にとても気が引き締まります。だからこそ、一度やると決めたからには最後まで必ずやりきって、この立教大学で過ごす4年間を有意義なものにし、最後は笑って終われるように日々頑張ります。

拙い文章でしたが最後までお読みいただきありがとうございました。これからも立教大学陸上競技部の活動を温かい目で見守っていただければ幸いです。


次回は2月22日、権守遼大(理・1年)のブログです。来週も是非、お読みください。

マネージャー 松本安里奈

2021/2/8

今回は中村大毅選手(コミュニティ福祉・1年)
のブログです。中村選手は1500mや3000mといった中距離にも精力的に取り組んでいます。
いつも落ち着いて、丁寧に練習に励む中村選手の走りに今後も注目です。


こんにちは。ウエルネス福祉学部スポーツウエルネス学科1年中村大毅です。今回は私がこれまで生きてきて感じてきた‘’人生の選択の大切さ‘’について書いていこうと思います。初めてのブログで拙い文章になるとは思いますが、最後まで読んでいただけると幸いです。
皆さんは普段、何かの‘’選択‘’を迫られた時自分で選択していますか?それとも、ほかの人に任せることが多いですか?友達と予定を立てる時「どこ行こう?」の問いに対してなんと答えていますか? 

私がこの‘’選択‘’について考えたのは夏合宿前のことでした。私は入寮後から夏合宿までの間、痛いところはないのにポイント練習がこなせない、自粛生活中の1人での練習は中学生ができる練習もできない、800mのT.Tと1500mの記録会を行っても女子並みのタイムでしか走れない。そんな日々を送っていました。そして迎えた夏合宿前。再び1人で走る時間が増えきたジョグ中にふと思った「なんで今走っているのだろうか?」という1つの疑問がこの‘’選択‘’について考えるきっかけです。コロナウイルスの影響で次の大会もわからず、目標も不透明、それなのになぜここで走っているのだろうか、そう感じることが多くなりました。

これまで私の両親は進路や部活動については自分が決めた道や正しいと思った道を選択させてもらい、恵まれた環境や人間関係を築いてきました。両親には私の人生の選択を自由にさせてもらったことに本当に感謝しています。しかし、この時だけは選択を間違えたと思ってしまいました。

そしてある日の朝のポイント練習で離れてしまった時のことです。下を向いて歩いていると上野監督に呼ばれ、お話した時に「自分で覚悟を決めて入ってきたんだから一緒に頑張ろう」と言って頂きました。私はこれまで自分で選択して生きてきました。大学で陸上を続け箱根駅伝を目指すと決めたのも自分です。自分自身がした選択には責任を持ち、言い訳をすることはできません。私はこの言葉を言ってもらった時、何もかも自分で決めてきたからこそ大学卒業をするときは後悔しないように頑張ろうと思え、複雑だった気持ちが晴れていきました。

今思い返すと私の人生は結果的に良い選択だったと感じることが多かったように思えます。例えば、中学校の部活で初めは嫌だった陸上部に決めた時、高校で陸上を続ける選択をした時、大学を立教大学に決めた時。私はこれらの選択をしたことによってたくさんのことを学び、数多くの事経験をしました。また、強くて個性的な同期や頼りになる優しい先輩方、中学・高校の顧問の先生、上野裕一郎監督をはじめとするサポートしてくださっている方たちなどに出会うことができ、私は私にとっての一生の財産を手に入れることができました。以前まではこの‘’選択‘’は間違っていたと思っていましたが、今生活していると正しい選択をしたと感じることが多くなっています。そもそも人生において決まった選択肢や正解はありません。だからこそ自分の選択に責任を持ち、自分の選択に納得のいく結果になるようにすればよいのではないでしょうか。

以上が ‘’人生の選択の大切さ‘’について私が思うことです。緊急事態宣言の延長も決定し、ますます先が読めない状況となってしまいました。そんな時でも今の自分に何ができるかを考え、後悔のないように今後の陸上生活で成長できるように日々努力してまいります。また、自分の‘’選択‘’に責任を持ち、環境や両親に感謝しながら生きていこうと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございます。今後とも立教大学陸上部の応援よろしくお願いします。


次回は2月15日、武田拓樹選手(法・1年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。

マネージャー 奥田陽花

2021/2/1

今回は丸山龍之介選手(理・1年)のブログです。陸上競技に対して直向きな努力を惜しまずすることのできる選手です。体のケアなどを怠らず真摯に陸上競技に取り組んでいる彼は今後、間違いなく活躍する選手です。

はじめまして。
理学部生命理学科1年生の丸山龍之介と申します。
小さいころからの私の夢は箱根駅伝に出場することです。今回は私がどのようにこの夢と出会いここまで目指してきたのか、そして今後の目標について書いていこうと思います。最後まで読んでいただけると幸いです。

箱根駅伝との出会いは小学1年生の時です。当時東洋大学1年生だった柏原竜二選手の走りをテレビで見ました。「新・山の神」と呼ばれたその走りは私を強烈に魅了し、箱根駅伝が好きになり、憧れとなりました。
 
中学生になり陸上部に入り本格的に陸上を始めました。私の母校にはコーチがいてくださり素晴らしい指導をして下さいました。私はどんどんタイムが伸びて、憧れのものだった箱根駅伝が出場したいという夢へと変化しました。
 
そんな中、高校の進学先を考える時期がやってきました。私は、箱根駅伝に出場するためには私立の強豪校に入り、大学から推薦をもらい大学の陸上部に入るという方法しか知りませんでした。そんな私にコーチはある話をしてくださいました。それは一般受験で入学しても陸上部に入ることができ箱根駅伝を目指せる大学があるという話でした。私はそれなりに勉強ができる方でした。そのため私はその話がとても魅力的に感じました。
 
その結果私は家から近い公立高校に通い、陸上を続けながら勉強をして大学に入ることを目指し始めました。ここで重要になったことは2つありました。一つは一般入試でも陸上部に入れる大学を見つけそこに合格すること。もう一つは入学後、陸上部に入部できるような実力をつけること。この二つが高校生活での目標でした。
 
高校の部活動ではどうすれば自分が強くなれるのか考える日々が続きました。一人で走ることやメニューを考えることもあり、考えて走るということが身についた三年間だったと感じています。また駅伝での長距離区間やハーフマラソンに挑戦することもでき、公立高校ならではの陸上への向き合い方ができたと感じています。
 
そして縁あって立教大学の指定校推薦に合格し、陸上競技部に入部することができました。さらに入寮まですることができ、感謝の気持ちでいっぱいです。
 
同期には素晴らしい実力を持った選手がたくさんいます。彼らに引けを取らないような選手に成長し箱根駅伝に出場すること。そして公立高校でも箱根駅伝出場を目指している選手に勇気を与えられる選手になることが大学生活での目標です。

長くなってしまいましたが最後までお付き合いいただきありがとうございました。

次回は2月8日、中村大毅選手(コミュニティ福祉・1年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。

マネージャー 水取一樹

2021/1/25

今回はわずか一年目にして箱根駅伝を疾走した中山凜斗(コミュニティ福祉・1年)選手です。自分の成長のみならずチーム全体のスキルアップを図る彼ですが、私生活では天然な一面もあり誰からも愛される存在です。実力を過信することなく、努力を惜しまない彼は今後ますます強くなる選手です。

こんにちは。コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科一年の中山凜斗です。今回は、私が箱根駅伝を目指すようになったきっかけと個人的な意見として箱根駅伝をチームとして走るため、ということで書いていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただければ幸いです。私は、小中とサッカー部に所属していました。そんな私に陸上と出会うきっかけを作ってくださったのが中学校の恩師です。最初は陸上長距離強化メンバーという形で声をかけてくださいました。サッカー部には朝練がありましたが、その前に学校に来て、まだ真っ暗な中で陸上の朝練を見てくださいました。この恩師に3年間指導していただき3年目には個人でも駅伝チームとしても全国を経験することができました。しかし、結果としては個人では予選落ち、駅伝チームとしては9位と、どちらも入賞することは出来ませんでした。この悔しさもありましたが、恩師が大の陸上好きで毎年箱根駅伝を応援に行っていたことから、私は高校でも陸上を続け、大学では箱根駅伝を走り恩師に恩返しをするという目標を持ちました。 高校では九州学院の厳しい練習環境の中で育てていただき、大学ではコロナというまた違う意味で厳しい環境の中で上野監督にご指導いただいております。今回の箱根予選会ではチームで出場とはなりませんでしたが個人で学生連合チームに12番目として入ることができました。しかし、箱根に走れるのは10人です。予選会から箱根本戦までの3か月弱、箱根を走りたいという一心で練習やレースに取り組み、モチベーションとしても常に高いところで維持できたと思います。その間、苦しいと感じることが多かったのですが、今までで一番個人として成長できたのではないかなと思います。また、学生連合チームとして箱根本戦に向かう間に感じたことが多くあります。良かった点として、他大学の強い選手と合宿などを行い、いい緊張感の中で意欲的に練習が出来たこと、そして生活面においても学ぶ機会になりました。ポイント練習では、普段の生活からは想像もつかないような選手の集中力に驚き、強い人たちは本当にオンとオフの使い分けがはっきりしているのだと思いました。オンとオフの切り替えというのは私自身が現在出来ていないことであり、これに気づけたことは一つ収穫だと思いました。ただ、学生連合として動くことは良いことばかりでもありませんでした。コロナ禍で、学生連合チームとして集まっての練習は限られ、チームとしての意識を持つことが困難でした。また、立教では周囲と別での調整となり、オフの日がずれ、一人でポイント練習を行いました。年末になると周りはフリー期間に入ったのでモチベーションを維持して行くことが難しいと感じることもありました。これらのこともあり、次は立教大学のチームとして全員で箱根駅伝に挑みたいという気持ちが強くなりました。箱根駅伝本戦出場。私がこの目標達成のため立教大学に必要なことは部員全員の目標の一致と、その目標への取り組みだと思います。現段階では、チームとして部員全員が同じ目標を持ち取り組むことができていないように思います。チーム全体として何を目指すのか?自分は関係のないことだと考えていないか?練習に対する意欲もそうですし、生活面でも当たり前のことができていないと思います。これをチームで改善していくことが予選会10位以内に近づくための最低限の条件だと思います。チーム自体は、学年を通して雰囲気がとてもいいのでこれはどの大学にも劣らない立教大学男子長距離としての武器だと思います。これから互いが切磋琢磨し、箱根駅伝出場を目指して行きたいと思います。最後になりますが、箱根駅伝の応援ありがとうございました。多くの人に支えられていると今回改めて感じることが出来ました。ふがいない走りになってしまいましたが、この経験を糧に、今後、チームとして箱根駅伝に出場できるように日々精進していこうと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回は2月1日、丸山龍之介選手(理・1年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。
マネージャー 豊田彩華

2021/1/18

今回は粘り強さが魅力の宮澤徹(現代心理学部・1年)選手のブログです。宮澤選手は緩急自在で、どんな時でも冷静に物事を見ることができます。ひたむきに練習に取り組む彼の今後の走りにも注目です。


こんにちは。現代心理学部映像身体学科1年の宮澤徹です。
今回は自分が陸上を始めたきっかけとここまでの大学生活から学んだことについて書こうと思います。
私が陸上を始めたのは小学校6年生のときです。私は父親の仕事の関係で小1~小4までの約3年間をサッカー大国ブラジルで過ごし、当然のようにサッカーに触れる機会が多かったので、日本に帰ってきてからもなんとなくその流れでサッカーを続けていました。しかし、サッカーの技術は大して向上しませんでした。その一方で、市内のマラソン大会のタイムは年々向上していき、サッカーを続けるよりも陸上をやった方が高いレベルまでいけるかもしれないと思い、6年生のときに市内のクラブチームに入り、本格的に陸上を始めることになりました。そこから中学校では個人では全国大会、駅伝では様々な部活の寄せ集めチームながらも3年連続で関東大会まで進むことができました。高校へは中学で2学年上だった先輩がいたおかげもあり、希望した進路に進むことができました。その先輩は今年箱根駅伝を走りました。中学時代から敵わない存在ですが、先輩が大学を卒業するまでに抜かしてやりたいというのが密かな野望です。話を戻します。高校時代は上手くいかないことが多く、特に3年目はインターハイに進みながらも全くいい走りができず、駅伝では一度も全国の舞台で走ることができずに終わってしまいました。しかし、素晴らしいチームメイト、監督、クラスメイト、先生方に恵まれ競技面でも人間的な面でも成長できました。このように振り返ると、ここまで私に関わってくださった人々が素晴らしい人々だったおかげで今、自分が陸上を続けられていると考えると人生なんて色々な要素の巡り合わせなのだなと思うと同時に、人との出会いはすごいのだなと思います。人のために走るというのはあまり好きな考えではないのですが、自分が箱根駅伝を走る姿を見せることで喜んでくれる人は少なからずいると思うので応援してくれている先生方や友人、そして家族の期待を裏切らないように頑張ろうと思います。 ここまでの大学生活を振り返ると、噛み合ってこないなと感じています。練習は出来ているのに大事な場面で大きく外してしまうことが多く、良い循環を作れなかったと感じます。年も変わったので自分なりに分析したところ、一喜一憂しやすい自分自身の性格が原因の一つとしてあるのあではないかと思いました。大事なポイント練習でしっかり走れたからと調子に乗ったり、逆に全く走れずに投げやりな気持ちになったりと感情の起伏が大き過ぎるために走りの面でも波があるのではないかと思います。自分の性格を今から変えることは難しいですが、一喜一憂し過ぎないようにどこかで歯止めをかけられるようにしていきたいと思います。
最後に、コロナの影響で緊急事態宣言が再度発令されたりと苦しい世の中ですが、今できることを精一杯行い、チーム目標である箱根駅伝出場に走りで貢献できる選手になりたいと思います。今後ともご支援、ご声援のほどよろしくお願いいたします。

次回は1月25日、中山凜斗選手(コミュニティ福祉・1年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。
マネージャー 前田萌衣

2021/1/11

今回は忠内侑士選手(経営・1年)です。
朗らかでマイペースな忠内選手、直向きにコツコツと目の前の練習をこなしていっています。
今年、大注目の選手です。

こんにちは。経営学部経営学科1年生の忠内侑士です。このようにブログを書くのは初めてですので、拙く読みにくい文章になると思いますが最後まで目を通して頂くと幸いです。今回は、大学生に至るまでの陸上人生について述べさせていただきます。
私の陸上人生の始まりは、いつも最下位からのスタートでした。
私は、中学校の頃はソフトテニス部に所属していました。当時仲の良かった友達に誘われて一緒に入部しましたが、冬に、私の中学校は男子だけ放課後に走り込みの練習がありました。そして、ふざけて友達と一緒に一番きついAチームに入ることにしました。そこでの練習は恐ろしく大変でした。必死になってその日に出される練習についていくことが精一杯でした。校内でタイムトライアルを行った際、駅伝部顧問の先生が私の走りを評価してくださり、駅伝部に勧誘してくださりました。走ることに、抵抗があった私は少し悩みましたが、テニス以外にもできることがあると思い、駅伝部に入ることにしました。
チームメイトは、県内でも優勝していたり、記録を残していたりと、質の高い選手がいました。当たり前ではありますが、チーム内で一番下からのスタートでした。
その時はどういうふうに練習をするべきなのかなど考えていなく、楽しんで走っていました。しかし、結果を出さなければ選手になれませんので、自分なりに考えて練習をしてみた際に、顧問の先生から「色々試して、考えて走ってみなさい」といわれ、練習の意図を考えて工夫して走るようになりました。中学の最後には、チーム内でトップになる程になっていました。
高校は先生の紹介で、専修大松戸高校に入学しました。そこでも、入学時のタイムは1番遅かったです。周りは全国や関東以上を経験している選手が多く、練習する内容も厳しくなり、環境に慣れるまで時間がかかりました。頑張った甲斐があったからか、高校二年生と三年生では県駅伝と関東駅伝の選手として走らさせていただけました。
一番下から始まっても、私は速くなるための努力をし続けました。周りから馬鹿にされても、色々な方法を試すことを継続し続けました。そして、大学に入学した時も私は一番下からの始まりです。今も、走りながら沢山悩んで、試しながら自分に合うやり方を見つけて陸上競技を続けています。
今はまだまだ進化途中だと自分は信じていますが、これからも沢山考えて、自分なりに速くなっていこうと思います。
とても読みにくい文章で申し訳ありません、ここまで読んでくださりありがとうございます。


次回は1月18日、宮澤徹選手(現代心理・1年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。

マネージャー 福井優斗

2021/1/4

今回は長距離男子1の気遣い上手、峯本幸樹(コミュニティ福祉・1年)のブログです。どんな状態でも、自分が今できる練習を考え日々継続できる忍耐力を持ち合わせています。思いやりに長けた彼は、今後ますます縦と横を繋ぐ強いパイプ役を担ってくれるでしょう。

新年明けましておめでとうございます。こんにちは。コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科1年の峯本幸樹です。新年最初のブログということで、身が引き締まる思いです。
年末年始にかけていくつもの駅伝が行われ、駅伝が好きな方々からすると、ようやくひと段落したように感じているのではないでしょうか。立教大学からは同期の中山凜斗が12年ぶりに箱根駅伝の4区に出走してくれました。そんな中、今回は私の「陸上競技」に対する考えについて書きたいと思います。私は、小学1年生から陸上競技を始め、小さい頃から走ることの楽しさを感じて育ちました。中学からは、本格的に長距離を始めその中で駅伝の楽しさに気づくことができ、高校では古豪、小林高校で3年間ひたむきに競技にうち込みました。現在もご縁があり、立教大学でも競技に取り組ませていただいていますが、そんな陸上人生を送ってきた中で私は山あり谷ありの競技人生を送ってきました。小学、中学とありがたいことに全国大会を経験させていただくことができ、私が思い描くような陸上人生を送ることができていました。しかし、高校に入学してからは、1年目の5月に膝の疲労骨折と診断され、そこからは度重なる疲労骨折によって高校3年間の中で、全力で走ったレースは片手で収まる程度でした。しかし、3年間のうち2年半くらいを故障していた中で得られたものはとても大きいものでした。ありがたいことに、高校では2年間副将を務めさせていただき、本来ならば、心が折れて腐りそうになった時も踏みとどまることができ、目の前のことにひたむきになって取り組むことや、自分だけではなく誰かの為に動くこと、チームの為に動くことの必要性を学ぶことができました。高校の恩師の言葉に「競技力の前に、人間力。」という言葉があります。苦しかった高校3年間のおかげで競技力に対する土台を少しは作ることができたと思っています。
私は周りからよく「そんなに故障をして、よく競技を続けようと思うよな(笑)」と冗談半分に言われることがあります。そう言われる度に、私も自分自身に「お前よく続けているな(笑)」と心の中で言っています。それくらい辛い思いをしてきたのも確かなのですが、私にはどうしてもやめられない理由がありました。それは、走るのが心の底から好き、そして箱根駅伝を走りたいという想いです。私の今の実力は、箱根駅伝の「は」の字も出せないくらい程遠いものです。しかし、自分自身のポテンシャルを一番自分が信じたいし、家族や恩師にどうにかして恩返しがしたいと思っています。今回の箱根駅伝では、同期の中山をはじめ、私に身近な存在が多く出走しました。だからこそ、刺激を貰うと同時に、かっこよく、誇らしかったです。しかし、チーム内では絶対的な中山が箱根では苦しむ姿を見て、現実を突き付けられた気持ちにもなりました。たとえ、箱根駅伝に手が届かなかったとしても、箱根駅伝を目指して全力で取り組んだという事実は消えません。だからこそ、実力は下からでも全力で箱根駅伝を目指して取り組んでいきたいと思っています。
最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回は1月11日、忠内侑士選手(経営・1年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。

マネージャー 豊田桃華

2020/12/28

今回は内田賢利(コミュニティ福祉・1年)選手です。3000mSCの立教記録を保持する内田選手。鎧袖一触のように見えて、影では努力を惜しまないです。来年、絶対いい先輩になると思います。

はじめまして。スポーツウエルネス学科1年の内田賢利と申します。ブログを書くことは初めてなので拙い文章になりますが、最後まで読んでいただけると幸いです。今年も残すところわずかとなりました。今年の1年はどうでしたでしょうか。私にとっては初めての大学生活、コロナウイルスと内容の濃い年だったと思います。
さて、今回はブログが私の番になり何を書こうか1週間悩んだ末、今年最後のブログということもあり私の今年1年を振り返らせていただきたいと思います。
春。同期には全国高校駅伝で区間上位をとる強力な1年生が集まり立教大学に入学しました。5000mのタイムを見ると私は同期の中では後ろの方で、はじめての寮生活ということもあり期待よりも不安の方が大きかったことを覚えています。そしてこれらかという時に新型コロナウイルスが流行し、全体練習ができず各自でメニューをこなすような状態でした。このような状況下でもある程度質の高い練習をこなせていたことが春先のレースにつながります。7月に行われた東京選手権では、3000mSCで2位になり、ベストを10秒以上更新して8分台を出すことができました。
夏といえば合宿での走り込みです。箱根駅伝ではハーフ程の距離を走ります。箱根や全日本、出雲の駅伝で戦うにはハーフも走れなければいけません。そのため、インターバルの本数や今まで苦手意識を持っていた距離走が増え、25km走、30km走と距離を踏むようになります。案の定距離走には苦しみ、熱中症にもなりかけました。(笑)しかし、大きな怪我をすることなく練習を継続することができたので、箱根駅伝予選会に向けて自信がついたと同時に走力が上がったことも感じました。大学1年目の夏は私にとって強くなるための1番重要な時期だったと思います。
秋。私は全カレに3000mSCで出場しました。全国のトップクラスの選手たちと競える貴重な大会であり夏の走り込みの成果を出す良い機会でした。私は状態も良く、6位入賞することができました。もっと上位を取りたかったという気持ちもありましたが、高校時代全国で入賞もしていない私にとっては飛躍的な進歩を遂げることができたと思います。そしていよいよ、駅伝シーズンになりロードでの練習やレースに近いペースでの練習が増えます。この頃には、私の中の距離走への苦手意識はほとんどなく、自分でもいつからこんなに走れるようになったのか不思議なくらいでした。予選会が近づくにつれて期待と不安が高まり、初めてのハーフだからかイメージもできず、どんな調整をしていけばいいのかもわからないこともありました。ただ、自分のベストの走りをすることだけを考えました。そして予選会当日になり、この日は気温が低く小雨が降っていて寒かったことを覚えています。結果はチームとしては目標を達成することはできませんでしたが、個人としては目標に近い走りができました。コロナウイルスの影響によるコース変更、応援の禁止、シューズの進歩と色々な要因がある中、決して速いタイムとは言えませんが、自分が3分05秒/kmでハーフを走ることができたことは今までの自分からは想像もできませんでした。そのくらいこのレースは私に衝撃を与え、今後の私の躍進の糧になります。
冬になると段々と記録会が開催され、トラックでのレースに数本出場しました。久しぶりの5000mでは酷いタイムを叩き出し、今シーズン初めてレースで外したということもあり、かなり落ち込みました。(笑) 次の日からは切り替えて2週間後に行われた記録会では、5000mでベストを大幅に更新することができました。このレースでの記録は、3000mSCでのタイム向上の可能性を広げたと思います。今年のシーズンも終わり、春先にタイムを出すために冬季練習が始まります。
こうして振り返ってみると、今年は私にとって飛躍できた年と言えます。来年は、5000mで13分台、そして3000mSCでは日本選手権に出場を目標とし、より一層の飛躍ができるよう頑張りたいと思います。
このブログを読んで下さったことを機に今年を振り返り、何か来年の目標を立てて新年を迎えていただけると私も嬉しいです。長々とまとまりのない文章となりましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

次回は1月4日、峯本幸樹選手(コミュニティ福祉・1年)のブログです。来週も是非お読み下さい。

マネージャー 松本安里奈

2020/12/21

今回は渡部剛士(理・3年)選手のブログです。渡部選手は自分の目標に向かってひとつひとつ努力を重ねられる選手です。また、上級生として頼りがいがあり、誰からも慕われるチームには欠かせない存在です。

はじめまして、こんにちは。理学部生命理学科3年の渡部剛士と申します。
この時期になると朝が寒く、朝練に行くことがきつい時期になってきましたが、走りながら見える明けの明星と日の出を眺めるのが最近の楽しみです。是非ご覧になって下さい。
さて、私は最近、料理という新しい趣味に目覚めました。
料理に目覚めたきっかけはサバ缶でした。私はサバ缶の味噌煮が大好きで、部屋に常時10個ほど備蓄しています。
ある時、サバ缶を買いにスーパーに行ったとき、生鮮コーナーで生のサバを見て、自分で作った方が安いし、美味しいのではないかと感じ、そのまま購入し寮に持ち帰りました。そして作ってみて美味しく感動しました。そこから別の料理にも、どんどん手を出し始め、これまでハンバーグ、唐揚げ、煮物、チキンカツ、ティラミス、ケーキなど作ってきて、現在もネットやレシピ本を参考にして新しい料理を開拓しています。

何か料理のエピソードを書いていて、昔も少し似たような経験があると感じました。
それこそが陸上競技との出会いでした。
私は仰天チェンジに募集をしようと考えたほど太っており、小学6年でmax80.6kgをマークし、体脂肪率は40%を超えていました。(現在は小学校4年の時と同じ体重です)そんな私が何故走り始めたのか。あまりにも動かない私を母がコンビニ弁当を餌に、ジョギングの並走に誘ったのがきっかけでした(並走と言っても自転車で)。そこから母を見て、自分でも走ってみたくなり走って見ましたが、100mも走り続けられませんでした。一旦面倒くさくなってやめたのですが、偶々1週間続けられた時、明らかに走れる距離が伸びて嬉しくなり、その時から走ることに興味を持ち、上手く継続することができました。
今思うと、8年後に大学で体育会の陸上競技部に入って、しかも寮生活をしていることは全く想像していませんでした。こうして見ると、何かのきっかけで、それまで考えてもいなかった方向に自分が進むと、どこか自分の人生って先が見えませんが、それこそが人生の醍醐味なのかなと思ってしまいます。
陸上競技と出会ったことで、私は今まで知らなかった世界や色々な方との出会いを生み出してくれた原動力となりました。残り1年、寮生活をして陸上競技をすることができるのは今後の人生で経験できない貴重な経験なので、このような経験をさせてくれる環境、応援してくれる両親に感謝し、部の活動に少しでも貢献して日々過ごしていきます。

次回は12月28日、内田賢利選手(コミュニティ福祉・1年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。

マネージャー 土田菜里香

2020/12/14

今回は、小池耀大選手(経営・1年)のブログです。練習中は落ち着いて、コツコツ練習を積み重ねている印象の小池選手。おしゃべりな一面もあるようで、持ち前の明るい性格でチームを明るくしています。


はじめまして。経営学部経営学科1年の小池耀大です。
今回は、私が陸上競技(以下、陸上と表記)を始めたきっかけをご紹介できればと思います。こういった事には不慣れなため、大変稚拙で面白味に欠ける文章となっていますが、もしよろしければご笑覧ください。
 さて、時は私が小学生三年生であった時分まで遡ります。当時の私は、何かある度に両親と練習を行っていました。具体的には習い事の水泳や野球の自主練習は勿論のこと、学校の体力測定や体育、果ては縄跳びに至るまで練習していました。何故かと言えば、私の運動神経が非常に鈍かったためで(今もそうですが)、基本的に何をやっても人並みに出来ず、動作は常にワンテンポ遅く、加えて当の本人はそのことを自覚していませんでした。そのあまりの鈍さ故に、両親はいずれいじめに遭うのではと危惧していたそうで、実際に幼い頃、大縄跳びでよく引っかかるため同い年の女の子に「あなたがいるとつまらない」と、見学を言い渡されたこともありました。
 そんな状態だったため、何とか私にまともな学校生活を送らせようと必死だった両親、特に母は、三年生から参加する小学校の持久走大会に目を付けました。足が速ければ取り敢えず小学校は何とかなる、どうせやるなら目指せ優勝、そんな母の理屈に従って半ば強制的に私は持久走大会で1位を目指すことになったのでした。
 元来動作が鈍いのですから、走ることだけが速いはずもなく、二年生まではクラスの真ん中にいれば良い方でした。ところが、置いていかれそうになりながら母の漕ぐ自転車に追いすがるようにして走り、辛さから半ベソをかきつつ朝夕とタイムトライアルを繰り返すうちに、意外にも順調に走力は伸びていきました。そうして迎えた持久走大会本番、努力は報われ私は1位になることが出来ました。またそのおかげなのか、幸いにも私の学校生活における両親の危惧は杞憂に終わりました。以降私は小学校卒業まで持久走で負けることはなく、六年生の時には市でも1番となりました。
結果的に、上記の一連の成功体験がきっかけとなって私は中学校で陸上部に入部し、本格的に陸上を始めました。尤も、成功体験と呼べるようなものは全くもってこれっきりで、中学高校時代は目標を一切達成できず、周りとの実力差をひしひしと実感しました。
以上が私の陸上を始めたきっかけと簡単なその後です。当初はここで筆をおく予定だったのですが、現状あまり後味が良いとは言えないので、手前勝手ながら最後にできる限りポジティブに私のきっかけを解釈したメッセージをもって、結びとさせていただきます。「何がきっかけになるか分からないのだから、何事にもチャレンジしよう!」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。


次回は12月21日渡部剛士選手(理・3年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。

マネージャー 奥田陽花

2020/12/7

今回のブログは野村一志選手(理・3年)のブログです。野村選手は明るく楽しい一面と冷静な一面を兼ね備えた選手です。また、寮でもチームのために積極的に動いて下さる頼もしい先輩です。

初めまして。理学部物理学科3年、野村一志と申します。
立教大学では圧倒的少数派である理系学部の所属であり、真剣に、ひたむきに物理と向き合う日々を送っております。好きな元素はMo(モリブデン)です。好きな駅伝部員はBABA(馬場勇希)です。
さて、今回は自分が、一年ほど前に受けた手術のお話をさせていただこうと思います。
大した病気ではなかったのですが体を悪くしており、何事も経験! ということでおなかを掻っ捌くことを決断いたしました。

地元大阪の病院へ向かい、手術当日です。朝病室で目が覚めて、数時間後に切り開かれることになる今はまだ綺麗なおなかにサヨナラを告げます。
皆さん。手術と聞くと点滴に繋がれて酸素マスクをして手術室までストレッチャーにのせられて…。 のような状況を想像しませんか?
私はそう思っていました。しかし現実は違いました。

自分の足で手術棟に入り、自分の足で自分の解剖が行なわれる手術室まで歩いていくのです。自分の手術部屋は手術棟の一番奥だったので、道中脇に目をやると、全身麻酔で眠らされ今まさにオペが行なわれている患者の姿が目に入ります。こんなに恐ろしい光景は滅多にに見れるものではないでしょう。
手術台に横たわり、本人確認のため名前と手術する部位等を手術室の看護師さんに伝ます。そして全身麻酔が点滴を通じて体内に入っていきます。「あっ、こんな感じで頭ぼーっとしていくのね」と感じた瞬間意識が飛びました。おやすみなさい。
おはよう。目が覚めました。いつもとは違う目覚めです。異様に右下腹部が痛いのです。

ここから術後の痛みとの戦いが始まります。
自分は痛みに強い方だと自負しておりました。それでも医師も驚くほど何日も何日も痛いのです。本当に痛いのです。術後4日目の歩行練習の際に、痛みで気絶してぶっ倒れたほどです。目が覚めると号泣してました。20を超えた青年のガチ泣きです。そこからも予想外の出来事の連続で、病院で過ごした一か月間は本当に辛く苦しいものでした。それと同時に、この苦痛の最中、何不自由なく暮らしている普段の生活がいかに恵まれていたのか、文字通り痛いほど体感することができました。手術をする以前は、どこも痛くない体での生活を当たり前だと思い、それを嬉しいと思ったことは一度たりともありませんでした。しかしあの入院期間中、今まで当たり前だと感じていた普通の生活をどれだけ望んだことでしょうか。
これから生きていくうえで悩むこともあるでしょう。落ち込むこともあるでしょう。しかし、そんな時にはあの忌まわしい経験を思い出し、今当時と比べるとどれだけ幸せな状態でいるのかを考え、当たり前の日常に感謝しながら生きていこうと思うようになりました。
人間とは欲深い生き物で、満足することを知りません。だからこそ悩みを抱えるのでしょう。
しかしそんな時にも、一度立ち止まって今置かれた状況がいかに恵まれているのかを考えてみてはどうでしょうか。
五体満足で生まれ、毎日おなか一杯ご飯を食べることができて…などなど、今まで目を向けてもこなかったことは、当たり前なんかじゃない、とても素晴らしいことなのではないかと思います。

現在自分はまだ手術の傷が癒えておらず満足に走ることができない生活を送っていますが、
自分にないものにばかり気をとられることなく、当たり前だと見落としがちなことに幸せを見出し感謝しながら、この寮生活を通じ様々なことを学ばせていただこうと思っております。

この入院生活では本当にいろいろなことがあったので、次のブログではここでは書ききれんかった入院中の面白エピソード等、書かせて頂こうかなと思います。
最後まで目を通していただきありがとうございました。

次回は12月14日、小池耀大選手(経営・1年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。

マネージャー 奥田陽花

2020/11/30

今回は白瀬賢也選手(コミュニティ福祉・1年)のブログです。ひたむきに陸上に取り組み、自分に何が足りないか常に考えています。明るくいつも人の輪の中心にいる彼は、いなくてはならない存在です。

こんにちは。コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科一年の白瀬賢也です。ブログなどで私自身のことを発信することは初めてなので拙い文章ですが最後まで読んでいただけると幸いです。
今回のブログでは、私の初めての寮生活で気づいたことについて書かせていただきます。
一年生のほとんどは高校時代、駅伝強豪校に所属をしていたため寮生活をしていました。それに比べて私は寮生活をしたこともなく、実家通いで高校生活を送っていました。また、長期の合宿も経験をしたことがないため、身の回りのことを私一人ですべてこなすという機会が少なかったです。そのため、寮生活を始めたころは洗濯物を洗い忘れ洗濯物をため込んでしまったり、洗濯物を取り忘れるなど、普段毎日自分がやらないことをやり忘れてしまう機会が多かったです。実家にいたころは、洗濯物は親がやってくれるのが当たり前の環境でした。そのため、寮生活を始めてからは親のありがたみをすごく感じました。当たり前のことを当たり前と思うのではなくしっかりと感謝していくことが大切だなと感じました。また、ほかの一年生は高校生の頃から自分の身の回りのことは自分でやっていたのでしっかりしているのだなと思いました。
二つ目は、集団生活の大変さです。実家にいれば必ず自分一人の時間を作ることができ、リラックスすることができました。だが、寮生活では必ず誰かしらといるので初めの頃は気を使っていて少し大変でした。また、集団生活をしているため、一人のミスが多くの人に迷惑が掛かります。自分勝手の行動があまりできません。ただし、このような寮生活というのは普通では味わえない経験です。上手に共同生活を送ることができたら、その後の人生でも大きな財産になると思っています。大変な面もありますが、仲がいい同期、優しい先輩たちに恵まれているので寮生活はとっても楽しいです。
最後までお読みいただきありがとうございます。これからも立教大学陸上部として頑張っていくので応援よろしくお願いします!!

次回は12月7日、野村一志選手(理・3年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。
マネージャー 水取一樹

2020/11/23

今回は山中崚(経済・3年)選手のブログです。慎重に物事を考え、自分が直向きな努力をすることでチームに潜在効果を生み出してくれます。マネージャーに対しても優しく接してくれる素敵な先輩です。

こんにちは。経済学部経済学科3年の山中崚です。今回のブログでは陸上競技において私が3年の大学生活の中で経験した大きな挫折とその経験から学んだことについて話したいと思います。
私は小学生の頃陸上競技に出会い、そこから高校卒業までは競技力が低いながらもなに一つ不自由なく楽しく競技に取り組めてきました。そんな私は大学の陸上部に入り大きな挫折を経験しました。2年の春、私は練習中に左足指の中足骨を疲労骨折、その後も度重なる骨折やトラブルで結果的に一年を棒に振り、年間通してまともに走れませんでした。1回目の骨折の時の私は辛い気持ちは当然ありつつも、自分に不足しているフィジカル面を補い、また再発しないためにキツい補強トレーニングも頑張れました。しかし故障が重なるにつれて走れない悔しさよりも他の人が走れている中で自分だけが蚊帳の外にいるという劣等感が強くなり、私の自信やモチベーションはこうした日々の劣等感で徐々に削られていきました。今年の春、そんな私に追い討ちをかけるように紫聖寮への入寮日が近づいてきました。私は入寮の日時が迫るごとに「本当にこれでいいのかな」という迷いが強くなり、競技を辞めるという選択肢も正直考え始めていました。結局、私は決断することができず、入寮直前に母に相談しました。母は入寮直前にも関わらず真剣に自分の話を聞いてくれて、辞めてもいいと言った上で私にこう話してくれました。「結局は自分がどうしたいかだからね。人のために走っているの?」と。私はこの言葉にハッとさせられました。思えば私は自分の意思よりも他人の目線ばかり気にして、結局自分がどうしたいかを考えていませんでした。その後、一人で一晩中自分がやりたいことは何かを悩みに悩んだ末、やはり走り続けていたいという思いが強く、寮に入って競技を続けることを決意しました。
寮生活が始まってからの私は傷心と勉強の毎日でした。今まで家族以外の人間との共同生活すら初めてなのに、自分よりも実力の高い選手や継続的に走れている選手との共同生活で競技面・生活面双方での意識や考え方の違いが明確に見えてきて、いかに自分が目の前ことしか見えていなかったのかを痛感させられました。私はそんな己の未熟さに悔しさや憤りを感じると共にやることをやらずに後悔だけはしたくないという思いが強くなり、陸上に対してやってやろうと前向きな気持ちで取り組めるようになりました。
 
私が大変敬愛している歌の歌詞にこんな言葉があります。
「綺麗ごとばっか言ったってしょうもない かっこ悪い あんま言わない言葉さ 僕は僕だ」
人の顔色ばかり伺って言われたことをただこなすのは確かに楽かもしれません。ただ走るのは自分だしトレーニングするのも自分。昨日今日明日の自分も全部が自分。痛い思いを避けて楽な方に進むか、痛みを全身で受け止めてそこから逃げずに次のステージに行くための「成長痛」に変えるかもまた自分次第なのです。そこでたとえどんな選択をしようとも物怖じせず「僕は僕だ」と自分の信念を貫ける人間が「かっこ良い」人間なのだということを私は寮生活を通じて学びました。私は今もなお故障続きで苦しいリハビリ生活が続いています。言うならば、七転んで八も起きれずといったところが今の私であると思います。でも、今の私は色々な人や環境に恵まれて、たとえ100回転んでも101回目に起き上がれるチャンスをもらっています。私はそういった方々や環境への感謝の気持ちを忘れずにそういったチャンスに自分を信じて何度でも挑み続けられる「かっこ良い」人間でありたいと思います。そして自分の選択に後悔することなく、最後にこの痛みや苦しみが陸上のみならず一人間として成長するための「成長痛」であったと自身に胸を張って言えるようなラスト1年間にしたいと思います。長くなりましたが最後まで読んでいただきありがとうございました。


次回は11月30日、白瀬賢也選手(コミュニティ福祉・1年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。

マネージャー 土田菜里香

2020/11/16

今回は加藤駆選手(コミュニティ福祉・1年)のブログです。加藤選手は、何事にも真摯に取り組み、自身の競技力向上に努力を惜しみません。また持ち前の笑顔でチームに活気をもたらしてくれる加藤選手は、チームになくてはならない存在です。


こんにちは。コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科1年の加藤駆と申します。ブログを書くという経験は初めてなので拙い文章になると思いますが最後までお読みいただけると嬉しいです。

今回は自己紹介をしながら、私の陸上競技について書かせていただきます。

私は小学生の頃から走ることは得意でしたが、好きではありませんでした。走ることは疲れますし、長距離走に関しては長い時間走るので精神的にも身体的にも疲れる感じがして、本当に嫌いでした。しかし、私は負けることが嫌いな性格でみんなに負けたくないという気持ちと良い結果で走ると喜んでいただける人がいたので、その人たちの喜ぶ姿を見たくて自分のためではなく、喜んでくれる人たちのために走っていました。

中学生になってからは、走ることが好きではないのに陸上競技部に入っても意味がないと思い、仲の良い友達がいるテニス部に入部しました。しかし、陸上競技部の顧問の先生から声が掛かり特設陸上競技部に入り、テニスと陸上競技を並行しながらやっていくことになります。中体連や駅伝大会が近くなるとテニスを中断し、走り込みをさせられました。何度も何度も走るのを辞めたいと思いましたが、大会で走ってみると意外と走れたのでたくさんの人が喜んでくれました。また、期待もしてくれるので辞めることもできませんでした。

そのまま、2つの競技を並行しながら学年が上がり、最後のテニス部の大会に出場しますが、早い段階で負けてしまいます。そこでテニスは辞めて、陸上競技に切り替えてもっと上を目指そうと決断をし、陸上競技に専念をし始めます。そこでは運が良かったのか、全国大会まで駒を進めることができ、初めての全国大会に出場をしました。いつも通り走れば結果がついてくると甘い気持ちで臨んだ全国大会でしたが、結果は予選落ちをしてしまいます。かなりの自信があったので負けという現実を突きつけられて大泣きするほど悔しい思いをしたのを今でも覚えています。その悔しい思いから速く走れるようになりたい、強くなりたいと思うようになりました。また、悔しい思いをしましたが、初めて走る楽しさを学ぶことができた大会でもありました。

その思いから高校には陸上競技で県内でも全国でもトップクラスで活躍をしている学法石川高校に入学をしました。今振り返ると、インターハイ優勝や都大路優勝という目標も掲げていましたが、小学生の頃からあった、走りでたくさんの人に恩返しをしたいという自分のためではなく誰かのために走るという気持ちで陸上競技を行っていたような気がします。そのような気持ちで陸上競技を続けますが怪我で走れない時期が続いたり、体調不良でインターハイ予選を棄権をしてしまったり、目標に届かなかった部分もありました。しかし、最後の都大路では5位でゴールすることができ、県記録を更新するような走りをすることができました。嬉しい部分もありましたが、それでも1位になれなかったという悔しさが残り高校3年間の結果に満足はできませんでした。もっと強くなりたい、次こそ1位になりたいという思いから大学でも陸上競技を継続することになりました。

そのような経験をし、現在は立教大学で陸上競技を継続をしています。環境にも恵まれ楽しく陸上競技を行うことができています。

そこで、大学生活を過ごしていく中で私の陸上競技に対する考え方が変わりました。それは誰かのためではなく自分のために陸上競技をするということです。高校までは自分よりも誰かのために陸上競技をするという考え方が強かったのですが、考え方が変わるきっかけがありました。

それは、今年の箱根駅伝で学法石川出身の先輩方が活躍する姿を見たからです。東洋大学を卒業した相沢晃さんや明治大学を卒業した阿部弘樹さんの走る姿を見てとても刺激を受けました。先輩方の活躍を見て私も箱根の地を走りたいと強く思うようになり、箱根駅伝出場、さらには入賞、優勝をしたいという目標ができました。

また、同期や先輩方など身近な人たちが全カレや日本選手権で活躍をする姿を見て影響された部分もありました。そこから、私も全カレや日本選手権で活躍したい!優勝をしたい!さらに上の世界陸上で走りたい!という高い目標も立てることができました。さらには、私も影響を与えることができる選手になりたいと思った瞬間でもありました。

今回は箱根駅伝予選会を通ることができず、個人種目としても納得いかない結果でしたが、自分の目標を見失わず、日々努力することを忘れずに競技を続けていきたいと思います。中学生の時、陸上競技部の先生に声を掛けられていなかったら私は絶対に陸上競技をしていませんでしたし、ここに来ることも絶対にありませんでした。あの頃は嫌でしたが、今は陸上競技を継続して良かったと思っておりますし、先生には感謝をし切れないほど感謝をしています。

先程、自分のために陸上競技を行うと述べましたが、中学生の時にお世話になった先生をはじめとした恩師や応援をしてくださる方々、サポートをしてくださる方々への感謝の気持ちを忘れずに陸上競技を通して感謝の気持ちを伝えることができるように頑張りたいと思います。

こんなに長文にする予定はなかったのですが、たくさん書いてしまいました。最後までお読みいただき、ありがとうございました。これからも立教大学陸上競技部の応援よろしくお願いします。少しでも良いと思ったらいいね!をよろしくお願いします。たくさんのいいね!がくることを願っています。

次回は11月23日、山中崚選手(経済・3年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 前田萌衣

2020/11/9

今回は後藤暸太選手(文・2年)のブログです。良い意味で楽観的であり、現状をきちんと受け止める強さを持っている選手です。また、誰に対しても分け隔てなく接する事が出来るのも持ち味の一つです。


こんにちは。文学部文学科文芸思想専修2年の後藤暸太です。なかなか普段こういった場で文章を書く機会が無いため、拙い文章となってしまうと思いますがぜひ最後まで目を通して頂けると幸いです。今回が初めてのブログということですので、まずは私自身のことを覚えてもらうために、自己紹介も兼ねて私が生活する上で大切にしていることについて書いていこうと思います。
それは人との出会いを大切することです。そう思うようになった背景として、私の中学、高校時代の経験があります。その時の話を長くなりますが、話させていただきます。
 
私は小学生から中学生までバドミントンを習っており、陸上とは全く無縁の、なんなら体育などの持久走でうまくサボっていた部類の人間でした。しかし、たまたま陸上部中心の寄せ集めの駅伝チームに勧誘を受け、最初は入るつもりは無かったのですが、仲の良い友達がいるというだけの理由でバドミントン部の活動と並行して駅伝の活動も行うことになりました。しかし、なかなか走ることに楽しさを見出すことができず、何度も辞めようと思いましたが、その時一番仲の良かった友達に「一緒に続けようぜ」と言われ、せっかく入ったんだから自分なりに頑張ってみようと続けることを決意したのを覚えています。
仲間の力のおかげでチームは全国まで進むことができ、それに伴い、私自身も仲間と襷を繋ぐ駅伝という競技に次第に惹かれていくようになりました。そして当時、進路を決めなければいけないという時期でもあり、頭の中に駅伝の強い高校で都大路を目指してみたいという想いが芽生えます。当時は山形に住んでいましたが、東京に引っ越すことが決まっていたため東京都で進学する際、強豪校と言えば國學院久我山が真っ先に思い浮かび、ダメ元で監督の下へ直接会いに行き頼み込みに行きました。いま思えばただのやばいやつですね。もちろん、その時すでに推薦枠は埋まっており、こんな何の実績もない自分は門前払いされてもおかしくありませんでした。しかし、その時の高校の監督に「1人返事待ちの人がいるため、その人が来なかった場合、もし縁があったら一緒に頑張りましょう」と言われ感激し、この監督の下で頑張って上を目指したいと思ったのを今でも覚えています。
その後、奇跡的に入学することができましたが、3年間良い結果をのこすことができず、入学させていただいた監督に結果で恩返しすることは叶いませんでした。結果を残すことはできませんでしたが、本気で競技に打ち込ませてもらい切磋琢磨できる仲間に出会わせてもらった高校生活は私のかけがえのない人生の宝物です。
もしあの時、友達に続けてみようと言われなかったら、高校の監督に直接会いに行って話をしなければ、いまの自分は存在せず、180度違った人生を歩んでいたと思います。そんな私の人生を変える出会いをさせてくれた周りの人たちには感謝してもしきれません。

 
そして、いま現在私は箱根駅伝とは関わることのなかったであろう大学生活から一変して、奇しくも上野裕一郎監督に出会うことにより、箱根駅伝を目指し競技に取り組んでいます。なかなかうまくいかない日々が続いておりますが、このチャンスを無駄にせず、もっと大きくひと回り成長した姿を見せられるように努力していきたいと思います。かなり長くなりましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
 


次回は11月16日、加藤駆選手(コミュニティ福祉・1年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 豊田彩華

2020/11/2

今回は佐藤優太選手(コミュニティ福祉・3年)です。佐藤選手は、自己の強みと弱みをきちんと理解し日々練習に励んでいます。その傍ら、寮長として選手の生活面でのケアも行ない、チームにとって欠くことはできない存在です。


 
こんにちは。コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科3年の佐藤優太です。今回は私が寮長になって感じたことについて書きたいと思います。

私が1年生の冬の時に箱根駅伝プロジェクトが始動し、今年の3月から紫聖寮に入寮しました。入寮時、私は寮長になるなんて全く考えていませんでしたが、他薦によって私が寮長に決まりました。寮長の仕事は主に点呼、欠食・外泊管理で4年生が引退してからは、少しチームの裏方の仕事が増えました。そこで、今まで主務やマネージャーがどんな仕事をしていたのかを初めて知ることとなりました。

まず思ったのは、予想よりも仕事が多かったこと。もちろん、主務やマネージャーがいつも裏方でサポートをしてくれていることは選手みんな知っていることだと思いますが、具体的に何をしてくれているのか知らない人は多いと思います。最近では新型コロナウイルスの影響で思うように大学のグラウンドが使えなかったりして、遠いグラウンドに行くことがあり、わざわざ遠くに行くことがめんどくさいと思った選手は私を含め何人もいたと思います。しかし、マネージャーがグラウンドが使えるように交渉してくれていたり、使えるグラウンドがどこか探してくれていたりと毎回の練習場所の確保だけでも大変な作業です。こんな状況の中、グラウンドで練習ができることにきちんと感謝しようと改めて思いましたし、他の選手のみなさんにもそう感じて欲しいです。

周囲への感謝を忘れないようにということはよく言われていることですが、本当に感謝できているかと言われたら私はできていなかったと思います。私の好きな漫画で母の絵を描いた主人公のセリフにこんなのがあります。

「描いているうちに気づいたんだよ。熱いお湯で食器を洗うから母さんの手はささくれてるとか買い物の荷物は重いから意外と腕に筋肉がついてるとか…そうやって描いてるとだんだん思い出してくるんだよ。食事はいつも肉と魚が1日おきだよなあとか1番盛り付けの悪いおかずはいつも母さんが食べてるなあとか。この人本当に家族のことしか考えてないんだって。絵を描いてなかったらこんなことにも気づけなかった。」
 
当たり前すぎて気づけないことはみなさんの周りにたくさんあると思います。それを当たり前と思うのではなく、しっかりと感謝していくことが大切だと感じさせられました。

箱根駅伝プロジェクトを支えてくれている人、応援してくれている人に結果で恩返しできるように残り1年間ですが頑張っていきます。ここまで読んでいただきありがとうございました。



次回は11月9日、後藤瞭太選手(文・2年)のブログです。来週も是非、お読みください。

マネージャー 豊田桃華

2020/10/26

今回は関口絢太選手(経営・1年)です。
関口選手は、國學院久我山高校出身の期待の1年生です。
誰に対しても礼儀正しく、マネージャーに対しても感謝を忘れない姿は、チームをより良くしてくれます。



 はじめまして。経営学部経営学科1年の関口絢太です。私は小学5年生から中学校を卒業するまで陸上クラブに所属していました。この陸上クラブで学んだことを書いていきたいと思います。ブログを書くことは初めてなので拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。

 長い距離を速く走るためには、とにかく距離を走ればいいと思っている方もいらっしゃるかと思います。もちろん長い距離を走る練習も必要ですが、ただ長い距離を走るだけの練習では速く強い選手にはなれないと思います。速く強い選手になるために私は「考えて走る」「考えて練習する」ことが必要だと思います。小・中学校の時に通っていた陸上クラブで学んだ経験からそのように思うようになりました。そこで所属していた陸上クラブで学んだことを書きたいと思います。

 私が所属していた陸上クラブは、極端に言えば脚よりも頭を使って走るチームでした。
どのような動きをしたら身体が効率よく動くのか、この動きはどこの筋肉・関節を使っているのかなどを考えて走るということです。先生やコーチから言われたことをただやるだけでなく、アップやダウンなども含め、どのような意味があるのかを理解していなければ練習をこなすだけになってしまいます。時々この練習の必要性は何かと問われることもありました。

 私は陸上を始める前までは学校の体育の時間と友達と遊ぶ時以外は運動をしていませんでした。そのせいか陸上を始めたころは順調に記録が伸びていきました。しかし中学2年生くらいから記録が中々伸びませんでした。
その原因の一つは走り方が悪かったことです。走っている時、身長が10cmほど低い人と同じ位置に頭がありました。なぜそのような走り方になるのか?それの何が悪いのか?どのようにしたら改善できるのか?改善するためには、どのような練習をすべきなのか?どこを鍛えるべきなのか?などを考えて練習するよう言われました。クラブでの練習は週に1〜2日のため、ほとんどが自主練習です。タイムが伸び悩んでから自主練習の頻度を増やしたこと、自主練習内容を先生や親からアドバイスをもらい試行錯誤したことでタイムも少しずつ伸びていきました。
先生やコーチの存在はもちろんですが、共に考えてくれる、切磋琢磨できる、ライバルでもある仲間がいたということも競技力向上につながったと思っています。このような経験から速く強い選手になる為には「考えて走る」ことが重要だと学びました。
  「考えて走る」こととは、良かったこと悪かったことの原因を見極め、改善策を見いだし、次に繋げることを考え練習することだと思います。

 私は先日行われた箱根駅伝予選会に出場することができませんでした。その原因は自己管理不足です。来年は今までの反省をいかしてチームに貢献できるような選手になります。支えてくださる方々に感謝し、チームとしても個人としても目標達成できるよう日々努力していきます。これからも立教大学の応援をよろしくお願いします。


長々とまとまりのない文章となりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。



次回は11月2日、佐藤優太選手(コミュニティ福祉・3年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 松本安里奈

2020/10/19

今回はミラー千本真章選手(コミュニティ福祉・2年)のブログです。ミラー選手は選手にもマネージャーにも気さくに、そして思いやりを持って話してくれて、周りを明るくしてくれるような選手です。競技に真摯に向き合うミラー選手の走りに今後も注目です。
 
 
  こんにちは。  私はコミュニティ福祉学部スポーツウェルネス学科2年のミラー千本真章です。皆様に向けてこのようなブログを発信するのは初めてのことで緊張しておりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
 
 
 私はラッキーボーイだ!
なんていうフレーズから始まると、少々軽い男だと思われてしまうかもしれない。しかし今までの自分の人生を振り返ってみるとそう思わざるを得ないのだ。
 私は中学から立教新座でお世話になっている。第一志望でなかったということでは必ずしもついていたわけではないが、小学校までサッカー少年団で頑張っていた私は、小さい時から走ることが大好きだったので、陸上競技部に一人で早々に入部を決めた。中学時代は県大会に出られる程度で、ずば抜けて早かったわけではなかったが、恵まれたトラックで練習することができ、自分なりに楽しく過ごすことができた。中高一貫校で高校生と練習もさせてもらっていたので、そのまま高校生になっても続けることはできたが、私の学年の殆どはアメフトやラグビーなど他の部活に流れていった。私も陸上部にそれほど執着しているわけではなかった。そんな時、高校の一人の先輩の言葉が私の心に突き刺さった。
「お前は才能があるから絶対に続けろ」
あの時の言葉は今でもはっきりと覚えている。そして心が揺れている私に決定づけたのが、
「一緒に陸上部に残って頑張ろう」
という親友の一言だった。この二人の後押しがなければ、今頃私は全く違った道を歩んでいたかもしれない。
 そして高校生になり、1年生からインターハイに出場するような短距離のメンバーがたくさん入部してきた。その人たちから今までにない大きな刺激をもらい、なんとなく目標もなく走っていた中学とは違って、常に目標をもって意欲的に練習に取り組むことができた。それによって、個人では2年生で関東大会、3年生でインターハイと一歩一歩階段を登っていくことができた。また同期みんなでチームをまとめ県大会総合3連覇の目標に向かって頑張ることもできた。長距離においては、1年のときからチームをまとめて引っ張ってくださった増井先輩、いつも相談にのってくださった土屋先輩、この二人の背中を見て練習ができたこと、これは僕にとって大きな財産だ。その頑張りを受け継いで、同期にも恵まれ駅伝では立教記録を塗り替えることができた。
 そしてこの後大学に進学することになる。
 私は大学で陸上を続けることは決めていた。なぜなら箱根駅伝をどうしても走ってみたいという目標があったからだ。しかし、立大は長年指導者不在であり、自分自身の力が伸びるかどうか不安でもあった。中高着実に伸びたのも、先生方のご指導があったからこそだと思う。そんな矢先、友達から一通のメッセージが届いた。『上野裕一郎選手、立教大学長距離駅伝部監督に就任』私はあの時の驚きと興奮は忘れられない。というのも指導者不在ということで、他大学の進学も考えていたが、それを取りやめた経緯があったからだ。本当に立大に進学を決めていてよかったと心から思えた瞬間だった。上野監督に指導していただけるのは大きな喜びであった。大学に進学してからは、急にきつい練習をするのではなく、一人一人とコミュニケーションをとりながら、今までにないような練習にも取り組んでいる。それによって、昨年は出られなかった全日本インカレにも出場することができ、また一歩一歩自己ベストを更新し続けている。2年生になってからは、新しく入ってきた大勢の強力な新入生たちと切磋琢磨して、負けないようにいい意味での緊張感を持ち、のびのびと練習ができている。初めての寮生活も上級生を中心に和やかな雰囲気を作り出し、和気あいあいと充実した毎日を送っている。だからコロナ禍に於いても刺激のある充実した練習ができた。これは立大生が、自分達で物事を考えて取り組んできた今までの先輩たちの教えによるものだと思う。
 私の人生の中でたくさんの分岐点があり、望んでいない方の道を選んだこともあったが、その道での出会いは私にとって幸運そのものだ。こんなラッキーなことってあるだろうか。ただし、幸運な環境を与えられただけではいけない。その環境に甘んじるのではなく、自分自身でしっかり考えながら、今度はその人達に恩返しする番だ。陸上競技は究極のチーム競技であると私は思っている。監督、コーチ、トレーナー、マネージャー、周りの人達みんなに支えられて、苦しい練習に耐え試合に臨むことができる。周りでは非強化、強化と線引きを引き囁かれているが、いかに私達がこの線引きを消し、チーム一丸となって進むことが箱根路に繋がることであろう。私は長距離が苦手だ。少しは走れるようになってきたものの、チームを引っ張る存在ではない。この冬季でしっかり自分と向き合い、来年また新しく後輩が入る頃には、ひと回り大きく成長した自分を見せられるように努力したい。
 
そんな私がいるこの「チーム立教」をこれからも熱い応援よろしくお願いします。
長々とまとまりのない文章になりましたが、ご一読ありがとうございました。
 
 
次回は10月26日、関口絢太選手(経営・1年)のブログです。来週も是非、お読みください。

マネージャー 奥田陽花

2020/10/12

今回は駅伝主務の早田光佑(コミュニティ福祉・4年)です。
チームがより良い方向に進む為に、一歩引いて、大局的な思考を持って考え、行動に移す事が出来ます。
監督からも選手からもマネージャーからも必要とされ、チームにとって無くてはならない駅伝主務です。



こんにちは。昨年1月より駅伝主務を務めさせて頂いております、4年の早田と申します。
日頃より、立教大学陸上競技部への多大なるご支援とご声援を賜りありがとうございます。この様な形で、自らの考えを皆様に向けて発信することは初めてですので、お目汚し失礼いたしますが、せっかくの機会ですので私の考える理想の主務像について綴っていきます。あくまでも一個人の考え方として、ご一読いただければ幸いです。


 
早速にはなりますが、私の考える理想の主務像とは「気づく力」と「築く力」を持ち合わせた人物です。そう考えるようになった経緯として、恐縮ながら私の高校時代から振り返らせていただきます。
私は、宮崎県の小林高校で3年間を過ごしました。規律ある寮生活に、先生からの厳しくも有難いご指導を沢山いただき、一人の人間としての人格形成の場となりました。歴代の先輩方が築き上げてこられた伝統の重みを感じながら、沢山の方々からのご期待のお声を毎日のように頂戴する日々は、間違いなく一生の財産です。しかし当時の私は、そうした有難い環境になかなか気づくことが出来ず、自分自身の事を考えるのに精いっぱいで、一瞬のうちに過ぎ去っていく1日1日をただただ必死になって過ごしていました。
そんな高校生活から一変して、大学入学と同時にそれまでとは真逆に近い環境下に身を置くこととなります。立教大学の陸上競技部には、上野監督が来られるまでは専任の監督がおらず、それぞれの種目の練習メニューや、部の運営などは最上級生主体となり学生達で作り上げていました。当時の私にとってその光景は衝撃的であったと同時に、4年生方の大人びた姿に憧れを抱いていました。各々でアルバイトをしながら部活動に励むスタイルは決して競技中心の生活ではないものの、その一つ一つが未知のもので、自らの4年間に希望を膨らませていたのを覚えています。
とはいえ、良い意味でも悪い意味でも様々な選択が自由に出来る環境がゆえに、故障を繰り返すうちに気がつけば目標を見失っていました。なんとなく学校に行き、なんとなく部活に行き、なんとなくバイトに行くような日々を半年以上繰り返し2年生も終盤に。そんなタイミングで発足したのが、立教箱根駅伝2024事業です。私は当初、正直な気持ちとしては突然の環境の変化に不安を覚え、決してポジティブにとらえられていたわけではありませんでしたが、その強烈な競技力とは裏腹に、学生1人1人に対して優しく丁寧にお声かけされていた上野監督の姿に気づいたことで、心境に大きな変化が起きました。自分の中で一つ一つの変化を前向きに捉えられるようになったことで、当時まだ不在だった駅伝主務になる事を決意します。
しかし、駅伝主務になったばかりの頃の私は、とにかく監督・選手からの信頼を得るのに必死で、全ての業務を誰からの助けも借りず自分の力でこなし、どんな要求に対してもNOと言わない事を心掛けていました。そんな状態のまま、3年の関東インカレを終えたところで陸上競技部全体の主務と兼任することになったのですが、その仕事量に日々悪戦苦闘し、余計なものを背負い込んだことでただ業務をこなしていくだけのロボットのようになってしまいました。本来であれば、陸上競技部全体と駅伝チームとそれぞれを俯瞰的に見なければいけない立場でしたが、周りを見る事が全く出来ずにいました。感情も何もないロボット状態が数ヶ月続いた3年生も12月に差し掛かったところで、監督方のご提案で駅伝主務に専念することになります。それ以降は、本来チームを支える立場の自分のことすらも、支えてくれる方々がいると気づけたことで冷静になり、見える景色もそれまでと変わっていきました。
私が駅伝主務になった理由として、前述の上野監督の姿に、監督を支えたいという思いが芽生えたのと同じくらい、現長距離総監督の原田昭夫総監督の存在がありました。事業が始まる前から、陸上競技部監督としてお世話になってきた方で、お忙しいお仕事の合間を縫って練習に来られた際は、必ずお声かけ頂きいつも気にかけて下さいました。事業が始まってからは毎日のようにお気遣いの連絡を頂き、「学生主体の立教にあって、この事業を動かすのはお前だ。」と激励のお言葉をもらいました。過去何度かお食事に連れて行って下さり、部の事について沢山相談に乗っていただきましたが、最近は感染症の影響でご一緒するのがかなりお久しぶりになっています。きっとこのブログも見てくださっているはずですので、感染症が落ち着いたら是非ともまたご一緒したいものです。
少し脱線してしまいましたが、まだまだ未熟な私に、皆様に向けて部の情報をお届けするホームページの開設、3月に竣工した紫聖寮の住環境の整備や諸規則の作成などなど、新しく立ち上がった組織としての土台作りを、好きなようにやらせてくださった原田総監督と上野監督には、ただただ感謝しかありません。寛大に私を見守って下さったおかげで、何不自由なく主務業に勤しむことが出来ましたし、普通ではあり得ないことをいくつも経験させていただきました。そして実は、「気づき」と「築き」の話は高校時代に当時の監督から常に説いていただいていた言葉でした。あの頃は理解が追い付かなかった事が、時間を経て身をもって理解できるようになりましたが、高校・大学と本当に周りの方々に恵まれていたなと改めて思います。
ここまで、長々と私のこれまでについて綴ってきましたが、振り返ってみてやはり感じるのは、何かチームにとってプラスになるようなアクションが起こせたときというのは、周りの状況や自らの置かれている立場などに「気づく」ことが出来たときでした。そしてその気づきが正しいものだったかどうかはその後何かを「築き上げた」時にしか分かりませんし、ましてやその気づきを行動に移すのも案外難しいものです。私は未だに誰かの助けを借り、気づかざるを得ない状況にならないと気づけないありさまで、新しい取り組み1つ築くにも抜けが目立ち、理想とする主務像や、入学時に憧れていた4年生方には到底及びません。しかし、そんな私がこの組織に貢献できる時間も残りわずかとなりました。高校時代は自分の事だけを考えて1日1日をただただ必死に過ごしていましたが、今は残り少ない限られた時間の中で自分の出来る事は全て果たせるように1日1日を必死に過ごしています。理想の姿にはほど遠く出来の悪い駅伝主務ですが、次の世代にこの「気づき」をしっかりとバトンタッチ出来るように、私に出来る最後の「築き」に精を出していきたいと思います。
 
かなり長くなりましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。今後とも立教大学陸上競技部へのご支援とご声援をよろしくお願いいたします。




次回は10月19日、ミラー千本真章選手(コミュニティ福祉・2年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。

マネージャー 福井優斗

2020/10/5

今回は馬場勇希選手(心理・3年)です。
素直で愉快な選手です。誰に対しても壁がなく、親しみやすい馬場さんは、立教長距離男子全体の親密な関係を築くきっかけとなっています。



こんにちは。現代心理学部映像身体学科3年の馬場勇希と申します。ブログなどで自身のことを発信していく初めての機会ですので、拙い文章ではありますが、最後までお付き合い頂けると幸いです。

今回のブログでは、私が今日までの陸上人生で学べたこと、これからの陸上人生で学びたいことについて書きたいと思います。
私は中学2年生の時に陸上競技に出会い、そこから今日に至るまで約7年間走ってこれました。その中で大会、記録会で結果が出ない時期はありましたが、周囲と比べると怪我も少なく、良い状態で陸上競技に向き合えていたと思います。しかし去年から、怪我の連続で上手く練習が出来ず、周囲の人が走っているのに、自分は走れない初めての状況に上手く、自身の中で整理が出来ませんでした。走れなくなった時に、何が出来るか。リハビリメニューをする、自分に足りない部分を補う、当たり前のことを当たり前に行うことの難しさを感じました。目先で結果が出づらい事を続ける、強さを学べました。
私は今、人生で初めて寮生活を行っています。今まで、親に頼りすぎていたことを痛いほど感じました。陸上競技人生はあと1年弱で終わりますが、私から陸上競技を引いた時に皆さんから頼られる人間になりたいと思いました。今、お世話になっている監督、チームメイト、親にしっかり「恩返し」が出来るよう、今という瞬間を一生懸命当たり前のように頑張っていきたいと思います。




次回は10月12日、主務の早田光佑(コミュニティ福祉・4年)のブログです。来週も是非、お読みください。


マネージャー 松本安里奈

2020/9/28

今回は菅原晋之介選手(コミュニティ福祉・4年)です。菅原選手は持ち前の明るさでチームを活気づける一方で、寮での日常生活やチーム向上のために積極的に意見を出してくれる頼れる4年生のひとりです。また、練習になると自分自身と向き合い、努力を惜しまない選手です。



おはようございます、こんにちは、こんばんは。
コミュニティ福祉学部福祉学科4年の菅原晋之介です。

「変わったことがしたい」といった奇抜な思考の持ち主なので独創的な記事でも綴ろうかと思いましたが、ごく普通に私自身が陸上を始めた経緯を今に至るまでを思い返していきます。姑く時間を頂戴しますが最後までお付き合いください。

私が走ることに興味を持ち始めたのは高校一年生の冬でした。
高校で帰宅部の私は娯楽に現を抜かし、運動とはかけ離れた生活をしていました。
幼い頃から走ること自体は好きでありましたが、遊びくらいでしか運動をしなかったため授業で行われる持久走でも下から数えた方が早い結果でしたしリレー選手に選ばれることも勿論なかったです。
当時危機感を覚えたほどには運動不足だったので生活習慣を革めようと10分のジョグを始め、毎日の短いジョグを重ねていくうちにタイムを縮めることの喜びを知りました。
この喜びが今に至っても走ることへのモチベーション、楽しさに繋がっています。

その後も走り続けていたとはいえ趣味程度であり、本格的に取り組んでいたわけでもなかったので大学入学時には5000mで20分すら切ることすら出来ませんでした。

時は流れ、一年の浪人を経て立教大学に入学しました。
私が一年生の時の立教大学陸上競技部はどのパートでも未経験で入部可能な部活でした。
とはいえ非強化校ではトップクラスの立教には競技未経験ランナーがいるわけもなく、速い人で5000m14分台、将遅い人でも16分台と強者ばかりで、私からしたら「駿河の富士と一里塚」でした。
勇気を出して部活体験をしてみたものの、烏滸がましいと痛感し陸上サークルに変更しました。迚も斯くても一年の冬に5000m19分台達成、しかし陸上サークルは真面目なアクティブメンバーが全くいなかったので真剣に競技に取り組んでいる陸上部が羨ましいと感じていました。
そして漸く。悩みに悩んだ末に「やるならやってやろう」と、二年次に陸上部への入部を決めました。
どうにかこうにか入部したとはいえ途中入部だったので慣れないコミュニティや実力の差で精神的に辛い時や半年にも及ぶ怪我で辞めたくなる時も頗るありましたが、幾度となく乗り越えてここまで辿り着きました。
これが今に至るまでの経緯です。現在はまだ伸び悩んでいる段階ではありますが、達成したい目標がある限りは前に向かって走り続けられます。



ときに世の中には高校から陸上を始め、すぐさま13分台を出すような擢んでたセンスを持つランナーもいればタイムが中々伸びないランナーもいます。競技レベルは三者三様ですがランナーは共通して走ることを楽しんでいると思います。
試合も練習も辛いことばかりの陸上競技でも目標を達成した時のあの喜びに変えられるものはないでしょうね。

最後になりますが何かを始めるのに遅いということは生きている限りないと考えます。
だとしても新しいことに手を出すのは難しいことです。
例えばドラマやアニメなど見始めれば面白くて一気見してしまうような経験があると思います。しかしお勧めされたとしても、高評価な作品だとしても見るまでの敷居はなんだかんだ高いです。
それを超えて見始めれば「こんなに素晴らしい作品があったんだ」となります。
これは色んな趣味に共通します。私の場合は陸上と出会えたことに幸運を感じますし、他にもまだ見ぬ出会いはこれからもあると想像します。
雑食にでも多分野にわたって手を出してみるのは人生を豊かにすることでしょう。

また、『世界には、君以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。その道はどこに行き着くのか、と問うてはならない。ひたすら進め。』というドイツの哲学者ニーチェの言葉があります。
オリジナルの人生をアレンジしていくのは自分なんですよね。

乱筆乱文かと思われますが最後まで読んでいただきありがとうございます。
文章力、書くのも勿論ですが、先日読売巨人軍通算最多1067勝目を上げた原辰徳監督のスピーチ力に比ぶくらいには話す方も上手くなりたいです。



次回は10月5日、馬場勇希選手(現代心理・3年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 土田菜里香

2020/9/21

今回はマネージャーの土田菜里香(コミュニティ福祉・1年)です。
秀外恵中である彼女は、厳しい練習を行う選手の心のオアシス的存在です。彼女の存在が駅伝チームにより活気をもたらすことは必至でしょう。


初めまして。コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科1年の土田菜里香です。

新型コロナウイルスの影響で、6月の終わり頃から選手の皆さんと一緒に活動させて頂いています。
今回は私がマネージャーになろうと思った経緯について書かせて頂きたいと思います。

駅伝部のマネージャーになりたいと最初に思ったのは小学生の時でした。母が買ってきた箱根駅伝のガイドブックがきっかけで、駅伝に興味を抱き、三大駅伝はもちろん、都大路、ニューイヤー駅伝なども毎年テレビで観戦するようになりました。それぞれの選手、チームにドラマがあり、母校のため、家族のため、チームのために、一生懸命襷を繋ぐ姿に大きな感動を感じました。当時の私は、ただ箱根駅伝を生で、もっと近くで見たいという単純な理由から駅伝部のマネージャーをやりたいとぼんやり思っていました。

中学に入ると、兄が陸上をやっていた影響もあり、流れるように陸上部に入部しました。
テレビで見る長距離選手に憧れ、私もあんな風に走りたいと意気込み、最初は長距離を志望しました。しかし、実際に走ってみると、想像以上に辛いことに気付き、その意思はすぐに砕け散り、結局短距離に移行しました。
その後、幸運にも2年生と3年生の時にリレーで全国大会入賞を経験させて頂きました。中学生ながらも、周りの方々の温かい応援やサポートが大きな力になっていることを実感しました。この時から、競技を辞める時がきたら今度は私が支える側になりたいと本格的に考えるようになりました。

高校では、目標であったインターハイに出場はできたものの、シーズン最低記録で予選敗退という厳しい結果に終わりました。今まで応援してくださった周りの方々に、恩返しをするどころか、不甲斐ない姿しか見せれなかったことがあまりにも情けなくて、涙も出なかったのを覚えています。この時はとにかく早く陸上から離れたくて、マネージャーになりたいと思った気持ちは完全に消えていました。

そして受験生になり、私は立教大学を受験することに決めました。上野監督が就任し、男子長距離を強化していることは既に知っていましたが、まさか自分がこのプロジェクトに関わらせて頂くことになるとは思ってもいませんでした。

しかし、その年の箱根駅伝を見て、自分の中の考えが変わりました。
そこで必死に走る選手を見るとやはり惹きつけられるものがあり、勇気や感動をもらいました。もう関わりたくないと思っていた陸上が、やはりまだ大好きだったことに気付きました。選手としてもう一度競技をしたいという気持ちにはなれなかったのですが、選手じゃなくても陸上競技に携わりたいと思いました。
そして、今度はマネージャーという立場で、サポートがしたいと考え、せっかくなら箱根駅伝出場を目指すチームのマネージャーをしようと思いました。しかし、学生生活の色々なことを犠牲にして、毎日毎日、血の滲むような努力を続ける選手を支えるということは軽い気持ちではできません。私自身の4年間も賭けて、同じ熱量で本当に取り組むことができるのか不安もありました。入学後もしばらく悩みましたが、卒業するときに立教に入って良かった、意義のある4年間だったと振り返ることができる時間にしたいと思い、マネージャーになることを決断しました。

今振り返ると、あの時マネージャーをする決断をして良かったと思っています。まだマネージャーとしての日は浅いですが、同じ目標に向かって切磋琢磨し合いながらお互いを高め合う素敵なチームのサポートが出来る事、嬉しく思います。これからも、チームに貢献できるよう、精一杯頑張ります。

ブログを書かせて頂くのは初めてで、拙い文章だったと思いますが、最後までお読み頂きありがとうございました。


次回は9月28日、菅原晋之介選手(コミュニティ福祉・4年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。

マネージャー 豊田彩華

2020/9/14

 今回は、マネージャーの奥田陽花(法・2年)です。少し遅れてチームの一員となった彼女ですが、ひたむきな努力でメキメキと計測と給水の腕をあげています。今では、みんなに癒しをも与えるマネージャーです。



 こんにちは。法学部国際ビジネス法学科2年の奥田陽花です。私は昨年の11月に大学1年生の途中から入部をしました。今回はその入部のきっかけについて書きました。拙い文章にはなりますが、最後まで読んでいただけると幸いです。

 入部をしたのは11月でしたが、実は4月の新入生歓迎期間に陸上部のチラシをもらい、説明会に参加していました。先輩方のお話を聞いて当時もやってみたいという気持ちを持ちましたが、体育会でしかも自分が経験したことがない陸上部、マネージャーという役割だという事があって、当時の私には入部する勇気が持てませんでした。

 大学に入学して、やりたいと思った事はたくさんありましたが、当時私は周りの友達と違う動きをすることに憶病になっていました。「周りの大学生がしているような生活をすれば、楽しい大学生活が送れるんだろう。」と何となく考えて、周りがどうするのかばかりを気にしてしまい、自分の本当にやってみたい事に目が向けられていなかったように思います。そんな気持ちで選択を続けた大学生活は楽しいは楽しいのだけど、自分が本当にやりたいと思った事ではない分、色々な事にどこか本気になりきれなくて、「このまま何となく過ごしてしまっていいのかな?」とも感じていました。

 そんな大学生活の転機になったのは昨年の箱根駅伝の予選会でした。高校の時からの友達と遊ぶ約束をしたのがたまたま予選会の日で、その友達が「そういえば明日箱根駅伝の予選会があるんだけど行ってみない?」と声をかけてくれたのがきっかけでした。当日、友達と見る場所を試行錯誤して選手の走っている姿を最前列で見ることが出来ました。初めて立教の選手を見た時、うまく表現できないですが、一生懸命走る姿にすごく感動しました。そして自分が通っている大学にはこんなに頑張っている人達がいるんだと、すごいと感じました。

 その後立教大学の駅伝チームを調べてみると、まだマネージャーを募集している事を知りました。途中から入部することに不安はありましたが、「今からでも挑戦できるなら、マネージャーとしてサポートしたい。」という気持ちが勝って入部をしました。

 私には今、2つ目標にしている事があります。1つは選手のためになるサポートが出来るようになる事です。

 マネージャーとして、私はまだまだ未熟で、陸上の知識不足や経験不足を練習の中で多々感じます。まずは足りない部分をしっかり補っていく事、そして同時に1人ひとりの選手の気持ちをしっかり考える事。この2つをしっかり行って、選手のためになるサポートを出来るようになりたいです。それが1つ目の目標です。

 入部したての頃は今よりもっと何も分からず、また緊張して中々誰かに話しかける事も出来ませんでした。しかし、立教大学男子駅伝チームは本当に優しい人が多く、色々な事を教えてくれたり、話しかけたりしてくれました。先輩、同期の優しさに当時は本当に助けられましたし、4月から入った後輩も含め、関われば関わるほどこのチームは優しい人の多い、温かいチームだと今でも感じます。
 このチームにはまだまだいい所が沢山あります。マネージャーとして関わる中で感じたチームの良さや選手の頑張っている姿を、広報としてより多くの人に知ってもらえるように積極的に発信していきたいです。それが私のもう1つの目標です。
 
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
これからも立教大学陸上部男子駅伝チームの応援をよろしくお願いします。


次回は9月21日、マネージャーの土田菜里香(コミュニティ福祉・1年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 豊田桃華

2020/9/7

今回は、マネージャーの前田萌衣です。(コミュニティ福祉・1年)です。前田さんは常に明るく、チームを元気にしてくれます。一方で考えたこと、思ったことをはっきり言ってくれるのでチームの成長に欠かせない存在になるでしょう。


 
初めまして、コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科1年の前田萌衣です。
 
いきなりですが、皆さんはこの言葉をご存じでしょうか。
 
The past can hurt. But the way I see it, you can either run from it or learn from it.
(辛い過去もある。私が思うに、そこから逃げることも出来るがそこから学ぶことも出来る。)
 
この言葉は私の尊敬するウォルト・ディズニーの言葉であり、私の人生の教訓にしています。
私は中学・高校と陸上競技の中・長距離走を専門に行ってきました。私は特別速くもなく、地域の大会で入賞し、県大会に出場する程度でした。それに、長距離走は辛くて高校ではタイムも伸び悩んでいました。それなのになぜ私は陸上競技を6年も続け、大学ではマネージャーとして陸上競技に関わり続けるのでしょう。それは、私が陸上競技を好きという気持ちもありますが、振り返ると、私が選手の時代にはそばで支えてくれる人が居て、自分を伸ばそうと指導してくれる先生方がいたからだと考えられます。この経験があったからこそ大学では、選手をサポートできるマネージャーになろうと思いました。もちろん、私が走っていた当時はマネージャーになろうなんて考えてもいませんでした。ところが18歳になり大学受験を考えていくうちに、周りの人が私をサポートしてくれたように大学でマネージャーとして選手を支えたいと思うようになりました。そして、マネージャーになった今、陸上競技で得た知識を全て活かせるよう奮闘しています。
辛い過去は、ほとんどの人に何かしらあると思います。しかしそこから逃げるのではなく、学び、自分を伸ばしていくことが大切だと私は考えています。この言葉に出会って、今辛いと思っても将来何かに役に立つと考えることができ、頑張ることが出来ました。これからもこの言葉と共に部活動を頑張りたいと思います。
コロナウイルスの影響でまだまだ練習に本格的に参加はできていませんが、マネージャーとしてできることはたくさんあると思います。いまの自分にしかできないことを精一杯行いたいです。
 
拙い文章でしたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。これからも立教大学陸上競技部男子駅伝チームの応援をよろしくお願いします。
 
 
次回は9月14日、マネージャーの奥田陽花(法・2年)のブログです。来週も是非、お読みください。

マネージャー 水取一樹

2020/8/31

今回はマネージャーの松本安里奈(法・2年)です。松本さんは次に起こる事を冷静に予想しながらサポートをしているイメージがあります。明るく元気な一面と冷静な一面を兼ねそなえる、頼れるマネージャーです。




 はじめまして。法学部法学科2年マネージャーの松本安里奈です。拙い文章ですが最後までお読み頂けたらと思います。
 
 みなさんはマネージャーとはどのような存在だと考えますか。計測や給水をしてくれる人、大会にエントリーしてくれる人、などと様々なイメージがあると思います。私は入部する前まではざっくりと「選手のサポートをする人」というイメージでした。今回は、実際にマネージャーを1年やってみた私が理想とするマネージャーについて、お話ししたいと思います。
 
 私が理想とするマネージャーは「選手が安心できる存在」です。これが私の理想のマネージャーになったのには、二つ理由があります。
 一つ目は、私の友達の存在です。その友達は元々他の部活のマネージャーをやっていました。「やっていた」と言う表現からわかるように、もう今はやめてしまいました。彼女は責任感が強く、自分の意思を持って新しいことにどんどんと挑戦する子です。したがって、私は彼女がやめてしまったことに驚きを隠せませんでした。なぜやめてしまったのか話をしていると、理由の一つに選手とのコミュニケーション不足があったと言われました。選手とコミュニケーションが上手く取れていなかったことで、選手がマネージャーに対して何を求めているか分からずマネージャーの意義を見つけられなくなったと話をしてくれました。その時、これは私自身にも当てはまることだなと思いました。決して選手とコミュニケーションを取れていないわけではありません。しかし、私は自分の業務だけに集中して選手が実際に求めていることに気づいていなかったのではないかと感じました。この気づきが「選手が安心できる存在」になりたいと思う最初のきっかけとなりました。
 二つ目は、選手に恩返しがしたいという思いからです。私は、入学した時はどこかの部活のマネージャーになるということだけ決めており、最初から長距離男子のマネージャーをやろうとは決めていませんでした。したがって、他にも多くの部活見学に行きました。様々な部活をみた私がこの長距離男子のマネージャーをやろうと決めたのは、話しかけてくれる選手みんなが優しく、この人たちと部活がしたいと思ったからです。実際に、入部してみると気の合う同期や優しい先輩、今では面白い後輩などと本当にいい人に恵まれており、私の決断は間違っていなかったと再認識させてくれます。そして、私はこのように思わせてくれる選手が「マネージャーに松本安里奈がいてよかった」と安心してくれる存在になりたいと思いました。この安心できるマネージャーになることが、私がこの部活に決めた時この人たちと部活をやりたいと思わせてくれた選手への恩返しになるのではないかと思っています。
 以上の二点により、私の「選手が安心できる存在」という理想のマネージャー像が出来上がりました。まだまだ未熟者の私ですが、少しずつでも着実にできることを増やし、「選手が安心できる存在」になりたいと思います。また、選手だけでなく同じマネージャーからも安心してもらえるように頑張っていきたいと思います。
 
 最後までお読みいただきありがとうございました。これからも立教大学長距離男子の応援をよろしくお願いいたします。




次回は9月7日、マネージャーの前田萌衣(コミュニティ福祉・1年)のブログです。来週も是非、お読みください。

マネージャー 奥田陽花

2020/8/24

 今回はマネージャーの水取一樹(コミュニティ福祉・1年)です。
周囲への気配りをしつつ、チームの為に思った事を素直に言葉に出せるマネージャーです。
これから駅伝チームがよりよい組織になる為に必要な潤滑油となります。


こんにちは。
立教大学コミュニティ福祉学部コミュニティ政策学科1年の水取一樹です。
ブログを書くという経験が初めてなので拙い文章だと思いますが暖かく見守っていただけると幸いです。今回は自分の生きていく中で大切にしていることについて書こうと思います。
私が大切にしていることは「後悔しない選択をする」ということです。
私はこれまでの人生でさまざまな後悔をしてきました。今、一番後悔していることは高校2年生の2月に怪我をしてしまったことです。よく考えれば防ぐことができた怪我を自分の選択ミスにより引き起こしてしまいました。そこから焦りなどにより無理に練習を継続して、さらに怪我を長引かせてしまいました。
その結果、春の高校伊那駅伝や高校総体にも出場することができませんでした。私は部長を任されていたこともあり、自分が出場できないことがとても情けなく感じました。そこで考えるようになったことが「後悔しない選択をする」ということです。まずは、何事も成り行きで行動するのではなく、よく考えて後悔しない選択をするように心がけるようになりました。ただし、行動せずに後悔するよりは、行動を起こしてみてからどうするか考えてみるにようにしようと思うようになりました。
このことが大学でマネージャーをしてみようと思うようになったきっかけにもなっています。今まで私は様々な人に支えられて陸上競技をしてきました。そして、大学では誰かの競技を支えられるようになりたいと考え、マネージャーになってみようと思うようになりました。今はまだまだ選手たちの役に立つような仕事をすることができていません。少しずつでもいいので選手の役に立てるように視野を広く持ち、行動していけるようになりたいと思います。
今、世界では新型コロナウイルスの流行により様々な制限がかけられたりして、多くの方が苦しい思いをされていると思います。その中で私たちは監督、大学、OBや保護者の方々などの多くの方のサポートをいただき、活動をしていくことができています。このことが当たり前ではないことを改めて考え、サポートしてくださっている方に陸上を通して感謝の気持ちを伝えていくことができたらいいなと思っています。
立教大学陸上競技部男子駅伝チームは選手間の仲が良く、オンオフのはっきりした本当に応援のしたくなるようなチームだと思います。選手たちが箱根駅伝出場に向けて邁進できるようにサポートしていくことが私の役割だと思っています。
拙い文章で読みにくかったかと思いますが、最後まで読んでいただきありがとうございました。立教大学陸上競技部男子駅伝チームの応援をよろしくお願いいたします。

次回は8月31日、マネージャーの松本安里奈(法・2年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。

マネージャー 福井優斗

2020/8/17

今回は豊田彩華(観光・1年)です。
現在、コロナウイルスの影響で本格的に練習に参加することは出来ていませんが、天真爛漫な彼女の性格は今後の部活動に活気をもたらしてくれることでしょう。


 こんにちは。
立教大学観光学部交流文化学科一年の豊田彩華です。
この時期なので、あまり部活に行く機会がなくこの部活のことをあまり深く知らないので、今回はなぜ私が陸上部のマネージャーになったのかというお話をしたいと思います。
私は、一歳年上の姉がいるのですが、いつも姉の真似ばかりしていました。挙げ句の果てに、中学生の時はお姉ちゃんがいる高校ならどこでもいいと、私の志望校はお姉ちゃんが受験に合格した時に決まりました。そんな理由で高校に入学したせいか、私は高校生では全く勉強もせず、行事にも消極的で今思うと本当にもったいない学校生活を送っていたと思います。姉と同じ高校に入学することがゴールだと思っていたんですね。そんなことを高校三年生になり受験生になって後悔しました。どうして頑張れなかったのか考えてみると、多分自分はこの学校の中で一番頭が悪いと思っていたり、実力でこの高校に合格した姉と執着と運で合格した私は、さすがに大学は同じところに行けないと思い込んでいたのだと思います。でもまた、今回も執着と運かもしれないけれども、姉と同じ大学に通うことができ、それで私が思ったのは、決して高校時代のように時間を無駄に過ごさないということです。そこで私は、大学生活では何か自分が今まで避けてきたことに挑戦しようと思いました。それがマネージャーという仕事です。私の中でマネージャーという仕事は他人のために働いたり、自分がどんなに頑張っても自分のためにはならないと思っていました。私は今まで、自分の受験のために勉強をして、自分が試合で勝つために部活で練習をしていました。そんな私にとって、人のために何かをするとか、誰かを陰ながらに応援するという経験がありませんでした。それに、自分のミスが選手の足手まといになってしまうことを恐れていました。だけど、ここでまた自分の好きなことばかりして、やりたくないこと、やることが怖いことに目を背ければ、高校時代からなにも変わらないと思いました。だから私はこの部活のマネージャーになり、いつもだったらやらないこと、自分から好んではやりたくないことにも挑戦していきたいです。この挑戦は必ず自分自身のステップアップにつながると思っています。また、第44回大会以降出場さしていない立教大学が駅伝に出場することは、多くの人々を興奮させ、多くの人々の心を動かすものになると確信しています。だから私も選手に負けを取らないよう頑張りたいです。
拙い文章で大変恐縮ですが、これで私の挨拶とさせていただきます。
最後までありがとうございました。


次回は8月24日、マネージャーの水取一樹(コミュニティ福祉・1年)です。来週も是非、お読み下さい。



マネージャー 前田萌衣

2020/8/10

今回は豊田桃華(社会・2年)です。
常に明るい笑顔を振りまく一方で、冷静な一面も持つ頼れるマネージャーです。みんなに安心感を与えるチームの精神的支柱です。




はじめまして。立教大学社会学部メディア社会学科、豊田桃華と申します。今回このような機会をいただき、大変恐縮ではありますが私自身について書かせていただこうと思います。


みなさんは「運命」というものを信じているでしょうか。私はかなり信じています。というのも、偶然と必然は紙一重だと考えるからです。もちろん、たまたま部活や学校が同じになった人は偶然出会った人とも言えるかもしれませんが、これまでの人生の中で自分が「この学校に入る」、「この部活に入る」という決断を繰り返してきた中で得た環境、知り合った人々は決して偶然の出会いとは言い切れないのではないでしょうか。ここまで話すと、「豊田桃華」という人間がややロマンティックな人間に聞こえるかもしれません。しかし、私が立教大学陸上部のマネージャーになったのもやはり「運命」によってだったと感じます。


私は大学で陸上部でマネージャーになると決めるまでは、お恥ずかしながら陸上についての知識は全くありませんでした。大学で陸上部のマネージャーをしているなんて、一年前の私が想像もしていなかったことです。大学生活に期待を抱いてはいたものの具体的にやりたいことを全く決めていませんでした。典型的な、合格がゴールの受験生だったんです。大半の人と同じようになにかしらのサークルに入ってなんとなく4年間を過ごす。それもきっと楽しいだろうと思っていましたが、いざ入学して本当にそれでもいいのかという気持ちがあったことも事実です。部活のような何かに自由に打ち込むことができるのは大学生活最後のように感じました。こうして部活という選択肢が生まれました。


私は部活に入るなら、1.自分が4年間続けられる自信があること、2.雰囲気がいいこと、3.マネージャーができること、でした。3つ目に関しては少し異質に感じるかもしれませんが、私は運動に関してはマネージャーというポジションは最高に楽しいポジションだと考えていました。もちろん、特別得意なスポーツがないからという理由ももちろんありますが、それだけではありません。


少し話は脱線してしまいますが、私は高校の時野球部のマネージャーでした。入部を決めるまでは、正直なところマネージャー=裏方というイメージがありました。私は、生徒会長やミュージカルスクールに通うなど、高校まではどちらかといえば表に立つ環境の方が多かったと思います。誰かに支えられてきた人生でした。そんな私が裏方に徹すると言った時は、母も心配したものです。約3年間マネージャーを続けて、得たものは数えきれませんが、その中で最も大きかったことは、選手一人一人の成長を間近で見、肌で感じれたことです。自分が何かをするときは、目標に近づいているのか成長しているのか分からないという人やそういう状況にいる人は多い気がします。しかし、他人からみるとその人の努力や変化は一目瞭然でその姿に日々わくわくしました。このわくわくを感じられるのはマネージャーだけの特権だと思います。


本題に戻りましょう。このように、もし大学で部活をすることになったならもう一度このわくわくを実感できるようは体験をしたいと考えました。では、なぜそれが陸上だったのか。高校の時に経験した野球ではダメだったのか。大学に入ってなにか新しいことに挑戦したいという気持ちがありました。それと同時に、入学式でたまたま横の席になった子に誘われて説明会に行った時、「箱根駅伝2024」プロジェクトにチーム一丸となっていこうとする雰囲気がとてもよかったというのが主な理由です。元はサークルに入るつもりだった私にとって、部活に入れば4年間部活を中心に生活することになるという覚悟は、容易にできるものではありませんでした。しかし、説明会で同期のマネージャーと出会い、この子と一緒に頑張りたいと思えたことが最終的な決め手になりました。大きな、しかし、確実に後悔のない最善の選択を決意させてくれた彼女には感謝の気持ちでいっぱいです。


ここまで私が立教大学陸上部マネージャーになった経緯をお話しさせていただきました。偶然新歓で陸上部のチラシをもらい、偶然入学式で隣に座った友達に陸上部の説明会に誘われて、偶然気の合う同期と出会ったことで私は今の環境に出会えたのかもしれません。
しかし、私が過去にした選択から大学で部活をするという選択肢を視野に入れ、マネージャーに興味をもち、陸上部のチラシをもらったのが必然で、陸上部の説明会に参加しそこで巡り合った人々は必然的に出会ったのかもしれません。偶然か必然かは今となっては証明する手段がありません。だとしたら、私が過去に行ってきたことの連鎖の結果、マネージャーとして「箱根駅伝2024」プロジェクトに運命的に携われていると考えることはとても素敵に思えます。


マネージャーになって1年経ちますが、まだまだ未熟です。選手一人ひとりに寄り添い、わずかな成長、変化を見逃さないことが私の目の前にある目標であり、課題です。マネージャーだかこそ発見できる選手の成長、チームの良さを様々な形で発信していけたらと思います。これから立教大学陸上部がつくっていく「運命」を一人でも多くの人に見守り、応援していただけたら幸いです。


最後までお読みいただきありがとうございました。




次回は8月17日、マネージャーの豊田彩華(観光・1年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。


マネージャー 松本安里奈        

2020/8/3

今回はマネージャーの福井優斗(観光・2年)です。今年度から生活面でも、選手をサポートしています。興味のあることをとことん突き詰め、日々努力を怠りません。

初めまして、観光学部観光学科2年福井優斗です。夏休み期間はマネージャーがブログを書き記します。
今回私は、「マネージャーから見た立教大学陸上競技部男子駅伝チームの良さ」、「高校の時の自分について」の二つに分けて書いていきます。拙い文章ですが、最後まで読んでいただけたら幸いです。
まず前者についてです。
・先輩後輩含め、全員が分け隔て無く接している
・俯瞰的視点が出来ている
・各々が各々の「正しさ」があるのを理解している
・真面目である
・同期同士で仲が良い
これが、男子駅伝チームの良さであると思っています。
人間関係に関しても、陸上に関しても、「一歩」引いて物事を見ることができる。だからこそ誰とでも分け隔てなく接する事が出来、先を見据え各々が目指す場所へと進めるチームである。それが「立教らしさ」であると。
後、自分が悩んでいる時に「頑張ろうぜ」と一声をかけてくれる同期には本当に感謝しています。
陸上界の最前線でひた走る上野監督の指導を頂きながら、立教らしさを持って、これからもマネージャーとして精進していかなければと思います。
 
次に後者についてです。
誰かに勝つのが「嬉しい」、負けるのが「悔しい」、それが一つの結果として、積み重ねていったものが陸上競技であり、その歴史が、トップでひた走る人達の凄さを際立たせているのだとそれが陸上における「美しさ」なのであると、高校生の時にふと考えた事がありました。
じゃあ、そうではない人はどうなのか。
 
自分は高校の時に陸上を始めて、当時は選手として活動していました。最初は、
タイム、ペースなど全く分からなかったのですが、
まずは同期に勝ってやろう。
練習においては先輩や同期がついているから、離れないようにしよう。
そんな風に意気込んでいました。
7月に3000mの試合に出て、9分45秒でした。他の同期は、9分30秒前後が二人、9分一桁が一人でした。正直、一番早い同期には追い付くのは難しいと思っていましたが、ほかの二人なら追い付けると胸に秘めて、夏合宿に向かったのを覚えています。

実際に夏での練習消化率は、大きな差は無かったです、他の三人は、短い期間ですが練習を休む機会もあり、練習量だけでいえば、上回っていたと思います。
 
そして秋になり、高校駅伝や試合を複数本走る機会が巡ってきました。
蓋を開けてみると、僕以外の三人は高校駅伝に出場。
12月までの5000mの自己ベストは、3人は15分台、僕は16分40秒でした。
丁度、その時期には新人戦などのトラックレースの公式戦もあり、実際に県大会やそれ以上の大会に行く為にはどれくらいのタイムが必要か、肌で感じられる機会もあり、
そこから3人は県大会出場などの明確な形のある目標やチームとしての目標であった
関東高校駅伝出場に向かって、向上心を抱いて練習を行うようになりました。
 
僕は三人に「置いて行かれた」と感じ、心の何処かで劣等感を持っていました。
そこから2年生では、疲労骨折などの大きな怪我を経験したのもあり、完全に
「停滞」していました。
自分と周りとの相対的な評価がハッキリと出るのが怖かった。
弱い自分と向き合うのがしんどい。
「前向きな自分」より「後ろ向きな自分」が上回っていた一年間でした。
 
3年生、一番上の代になった時。チームの事を考える立場になり、こんなだらしない自分では後輩達に申し訳ない。結果としてはチームに貢献できないかもしれないけど、やれる事はやろう。
そうやって、気持ちがシフトチェンジしていきました。
キロ4を上手く走れない選手もいればインターハイに出場する選手もいる。それぐらい実力差が開いているチームだったので、自分のように「後ろ向き」が先行している選手に寄り添って、話を聞いてあげよう。
チームの為に選手が一秒でも早いタイムで走れるように応援しよう。
個人の能力を上げるのも、誰かが感化すればと、チームの為だと思って頑張りました。
 
相対的な評価で常に上にいなかった自分は、
陸上をやる上での素晴らしさ、楽しさをあまり感じずに、何処かに劣等感を抱えて部活動を行っていました。
 
それでも、「自己肯定感」を持って前に進まなければならない。
 
最初に陸上における「美しさ」についての持論を述べましたが、トップに行ける選手は一握りであり、上を目指そうとすればするほど、どんな選手であれ、いつかは「劣等感」と戦わなければ行けない時が来ると思います。
それをどんな形であれ、自分の中に消化して「後ろ向き」よりも「前向き」が上回るようにする。
僕は「陸上」によって、大人になる上で大事なモノを現在進行形で受け取っているのだと思います。
そして、自分はマネージャーでもあるので、「劣等感」を抱えてしまった選手に寄り添える人間になりたいです。
 

次回のブログは8月10日、マネージャーの豊田桃華(社会・2年)のブログです。来週も是非、お読み下さい。
マネージャー 豊田桃華

2020/7/27

今回は山口東夏選手(コミュニティ福祉・4年)のブログです。東夏選手といえば、自分の考えをしっかりと持って練習に取り組み、自分とまわりに妥協しないイメージです。今回はそんな山口選手の「考え方」について書かれたブログになっています。


はじめまして。
立教大学コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科4年、山口東夏です。

「とうか」という名前は非常に珍しく、呼びやすさも相まって名前を覚えてくださる方が多く、私自身とても気に入っています。名前はその人を表すと言われますが、東夏というこの名前、私の人生そのものだという実感があります。

それは、
「山口東夏の『夏』という字のみが半分に折って、重ならない」こと。
「5月生まれでありながら、『夏』が使われている」こと。
つまり、
「Stand Out Fit In」、はみだしてなじんできた人生でした。

実はStand Out Fit InはONE OK ROCKの曲名です。MVをぜひ見てください。
ストーリーとしてはアジア系の男の子が人種や文化の差異からか、いじめを受ける。年齢を重ね、周りに合わせていく。米でなくサンドウィッチを頬張り、酒を飲みながら夜な夜なドライブ(ダメですよ!)。衝突事故にあってしまうが、ぼんやりとする視線の先には(おそらく彼は中国系なのでしょう)「変面師」がパフォーマンスで彼を魅せる。彼は踊りだし、黒髪からゴールドへ、目の色はブルーになる。彼の友達も踊りだす。その踊りは彼だけがはみだしている。最後、友達にもみくちゃにされながら、いじめにあっていたころの彼、偽りのないありのままの自分自身が現れる。
歌詞の「I just wanna be myself」「I am who I am」。
私はこの曲と自らの経験をふまえて感じたのは、コンプレックスが強みになるステージや、自分らしくいることで輝けるステージがどこかに必ずあるはずだということです。

それは職業に限りませんが、「天職」という言葉がしっくりきます。
というのも、私が就職活動をしていたのが関係してるかもしれません。いわゆる「自己分析」みたいなものをする過程で、とにかく私自身を多角的に問い続け、私の人生の方向感というか、渇望みたいなものが何に向くのかを探していきました。

ここで、私のコンプレックスと、根底にあるマインドについてお話します。

私には、「当たり前のことを当たり前にできない」というコンプレックスがありました。過去形なのは、成長するにつれて工夫し、改善し、どうにか人並程度になった(と信じたい)からです。

小学生の頃が最もひどく、宿題をやってくる、連絡帳をつける、お便りを親に渡す、こんなことが満足にできませんでした。給食費を払う封筒をランドセルの奥に押し込んだまま、3ヵ月滞納して特別な通知が家に届いた、なんてこともありました。

根本的に怠惰なのかもしれません。めんどくさいことは後回し。締め切りが迫って危機感が芽生えてやっと重い腰が上がります。それでも集中力は長く続かないし、夜型なのでおひさまが出てる間は何もする気が起きません。今も、締切前日の21時になってようやくこのブログを書き始めたくらいです。

「どうしてできないんだろう?」
小学生からずっと悩んできました。いまでも悩んでいます。
陸上競技でも、やはりそのコンプレックスは私を悩ませます。練習計画を試合から逆算して組んだり、明確な目標を立てて、モチベーションとしたり、毎日意図をもった練習をしたり。こんなことが苦手です。怒られてしまうかもしれませんが、私は走ることに対して「速くなろう」とか、「勝ちたい」とか、目標を設定することは決してありません。それは私にとってモチベーションになりえないからです。

私にとって重要なのは、
「身体を自在に操り、理想とする走りを『体現』すること」、
「走ることによって、五感をもって時々刻々の変化を受け入れる『美的体験』」、
なのです。

身体を自在に操り、理想とする走りを体現するとは、
私自身の身体を支配し、同時に精神にも意識をむけることによって、私が「ある」こと、存在していることを認識し、理想とする走りの身体技法を獲得し、感覚としていつでも引き出せるようにしていくことです。

五感をもって時々刻々の変化を受け入れる美的体験とは、
天候や気温の変化、四季の移り変わりなどを走ることを通して感じとることによって、私自身もまた変化のなかにある存在であり、常に同一ではないこと、私という存在も実は「無」であることを自覚し、変化するからこそ、そこに確かな、またとない「美」を感じ取ることができるということです。唯一性や一回性があるからこそ、我々はスポーツをプレイすること、観ることに面白さを見出すのと同じかもしれません。

そして、私の走ることというのは、私らしさの「表現」あり、他者との「闘争」ではありません。

ただ、私自身との「闘争」は常にあります。
誰に勝ちたいとかはないけれど、私にだけは負けたくない。走っているときだけは、私自身に厳しい目をむけることができる。身体と精神に語りかけ、「俺はまだこんなもんじゃない」と奮い立たせる。並走する他者に勝つために走るのではなく、他者に負ける私を私が許せない。
矛盾しているようにみえて、していないのです。
「当たり前のことができない」コンプレックス。その劣等感への恐怖。それが理想とする走りの体現を害そうとすることが許せないのです。

少し話がそれてしまいました。
結局、私はコンプレックスを覆い隠すようにして、自分自身に固有なマインドを形作ったと解釈してください。あまのじゃくなのかもしれません。できないことを受け入れ、そのなかで自分自身の居場所、役割を探したが故に、無意識のうちからオリジナルであることに価値を見出していた(またはそうするしかなかった)のかもしれません。

ネガティヴなニュアンスとして伝わっているかもしれませんが、むしろ私はこのコンプレックスがあったからこそ、得ることができた能力や経験はとても多いので、感謝しています。

ストレングスファインダーをご存知でしょうか?
端的に言えば、あなたの強みは何かを知ることができるテストです。強みといっても、場合によっては弱みにもなるので、思考や行動の「特徴」というのが適切かもしれません。
私の上位資質は、
上から順に、「内省」「収集心」「戦略性」「指令性」「未来志向」の5つです。
そこに書いてあることを簡単にまとめれば、
好奇心旺盛で、常に知識や情報を収集することに努め、それらを横断的に理解するための知的活動を好む。言語によって落とし込み、熟考によって革新的で斬新な、そして最適なアイデアを生み出す。議論を好み、主張すること、指揮をとることが苦ではなく、存在感や権威を感じさせるので、人を説得することがポテンシャルを最大化する。
と書かれていますが、まるで古代ギリシャのソフィストのような内容です。ソクラテスに論破されてしまいますね…。
指令性以外の4つは「戦略的思考力」に分類されており、さらに上位10の資質のうちでも6つを占めています。また、指令性がカテゴライズされる「影響力」は10分の3と、戦略的思考力と合わせて9つなので、私の特徴は戦略的思考力、影響力と言えます。

私はこれこそが、コンプレックスが強みになることであり、自分らしさであると考えています。この資質によって輝ける仕事を就職活動で探しました。ここでもやはり人気ランキングに載っているような企業は選びませんでした。後輩たちの参考になるようなことはできなかったかもしれません。

けれど、本当に心の奥底から尊敬し、私らしさ、強みが真に発揮され、もたらすことのできる御社と出会うことができました。そして、その仕事は私の幼い頃からの夢である「経営者」に最も近づくことができる最高の会社です。愛が止まらない!!
創業者の書籍を読み、その本からかなり影響を受けたことも深く関係しています。
逆境に立たされ、多くの困難に立ち向かい、それまでの固定観念に囚われない斬新なアイデアと、不屈の実行力によって、成功をたぐり寄せた。

そのようなサクセスストーリーを、自己啓発だ、脚色だと揶揄する人は多くいます。
しかし彼らは、筆舌に尽くしがたいほどの努力と行動を、自分自身の信念に従って、反対されても、侮辱されても、続けてきたからこその成功なのであり、今もその書籍が多くの経営者をはじめとする読者たちの心を動かしているのです。

夢は経営者になることですが、それは決して退職を前提とするような失礼なことではありません。

スティーブ・ジョブズの有名なスピーチを例に説明します。
スタンフォード大学の卒業式辞で「Connecting the dots.」という言葉を贈りました。点と点を繋げるのか!いろんな経験が将来役に立つんだ!ということではく、スピーチの文脈から紐解くと、「目の前のことにどん欲に、熱中する。経験が活かせるかは祈るしかない。偶然得た点も、ある時に振り返れば必然の点である。」と解釈できます。「the」と限定しているのは、それがあなたにとって、あなたにしかない点だからだと考えます。

そして、ヴィクトール・フランクルの「夜と霧」の一節、
「生きることから何かを期待するのではない。生きることが私たちから何を期待しているかだ。生きる意味を問うのではなく、問いの前に立たされている。その問いに正しく答えるには行動や適切な態度を示すこと。」
彼はコペルニクス的転回と表現しました。

つまり、経営者になるために就職するのではなく、経営という方向感はありつつ、自分らしく、また自分の特徴や強みを発揮することに熱中し、行動し続けることによって、会社にとって存在感のあるスペシャリティとして輝くことができ、運が良ければ経営者となれると信じるという仮説を立てたということです。

「○○でなければならない」「○○であるべきだ」
ある人はそれを常識といい、
私は偏見だという。

そんな「固定観念をぶっ壊し、ニュースタンダードを確立する。」

これが私の人生の目的です。

私の好きなOasisのWhateverから、
「I’m free, to be whatever I choose」
何者にだってなれる。何かを始めることに遅いなんてことはない。自分が選んだ選択肢が正しいと信じて、誰のものでもない、「私の人生」を輝かせたい。
ただそれだけが私の願いです。

大変長くなりました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。


次回は8月3日、マネージャーの福井優斗(観光・2年)のブログです。来週も是非、お読みください。

マネージャー 奥田陽花

2020/7/20

今回は市川大輝(コミュニティ福祉・1年)選手です。
市川選手は、日々の生活や練習など、淡々と全うしつつ、練習後のケアは毎日欠かさず行うなど、自分自身が今必要な事を遂行できる技量を持ち合わせています。
将来が楽しみな選手の一人です。


こんにちは。コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科1年の市川大輝と申します。今回は、私が競技、生活をする上で大切にしている事を紹介したいと思います。

それは順境の過ごし方です。皆さんは”逆境に打ち勝つ”というような言葉は聞いたことがあるかと思います。それは自分がピンチの状況や苦しい状況に陥った時、どうすればそれが改善されるのか考えて行動し、解決策を見つけることだと思っています。なぜ逆境ではなく順境なのか。このように考えるようになったきっかけを私の高校時代の体験を元に書いていきたいと思います。
私は高校入学時3000mの自己記録が9分18秒でした。入学して1ヶ月で9分6秒、3ヶ月で8分56秒まで自己記録を更新しました。出るレースのほとんどが自己ベストで練習も順調に出来ていました。その事が嬉しかった反面、強くなったと勘違いし過信している自分がいました。
ある日順調にいっていた練習のほとんどをこなせない日々が来ました。普通ならできる練習が全くこなせず苦しい日々でした。何に原因があったのか考えてみると順境の過ごし方でした。私の場合、苦しい時は何とか頑張れても上手くいっている時にこそ落とし穴がありました。基本的な挨拶や練習前の準備や体のケアなどが疎かになっていました。しかし、そのような事が原因だと気付くにはとても時間がかかりました。
どうすれば良いのか必死に考えて行動をしても何も上手くいかない事が続きました。その中でも稀に上手くいくことがありそれでまた天狗になってとその繰り返しでした。高校3年生になり、ようやく原因に気付き、より一層順境の過ごし方に気を使うようになりました。その結果として高校3年目では、中学では届かなかった全国大会に2度出場することができ、大きく成長することができました。
大学に入学し3ヶ月ほど経ちました。毎日学ぶことが多く、成長できるチャンスがそこら中にあると感じています。大学でも、初心を忘れず日々成長していきたいと思います。箱根駅伝を走ることが私の夢です。強化プロジェクトの素晴らしいタイミングで入学できたことに感謝の気持ちで一杯です。夢の実現のためや、周りの方への感謝を走りで体現できるように頑張りますので応援よろしくお願いします。

<最後に>
コロナウイルスの影響で大変な日々が続いていますが、負けずに頑張っていきましょう!最後まで読んでいただきありがとうございました。


次回は7月27日、山口東夏選手(コミュニティ福祉・4年)です。来週も是非、お読みください。



マネージャー 福井優斗

2020/7/13

今回は辻京佑(文・2年)選手です。
毎回の練習に、ひたむきな姿勢で向き合う辻選手。人一倍陸上について考え、常に上を目指そうという強い意志が走りにも表れています。
 
こんにちは。
 文学部教育学科2年生の辻京佑と申します。ブログで自分の話をすることは初めての経験なので、拙い文章になるかもしれませんが、最後まで読んで頂けたら非常に嬉しいです。今回のブログでは、自己紹介を兼ねまして私がこの立教大学男子駅伝チームに所属するまでの過程と、この先このチームで何を成し遂げていきたいかを話したいと思います。
 私が陸上競技を始めたのは中学一年生になります。当時は長距離を走ることは無く、走り幅跳びの練習を毎日行っていました。部活動の活動の雰囲気が非常に良く、何よりも楽しんで陸上競技に打ち込んでいたように思います。中学2年生の頃転校することになり、大きく環境が変わりました。転校先の学校でも陸上部に所属したのですが転校前の学校に比べて練習の強度が非常に高く、毎日練習することで一杯一杯でした。転校後も走り幅跳びを続けていましたが、友達が長距離を走っていたのもあって一度3000mを走ってみようと思いました。私の中ではこの時の3000mが現在に繋がっている気がします。このレースは非常に記憶に残っています。元々長距離走は苦手で、このレースでは先頭と周回差をつけられました。周回差をつけられた時、先頭で走る選手の背中を見て「この選手のように速く走ってみたい」と思ったことで走り幅跳びを辞めて、高校に進学したと同時に長距離を走ることに決めました。
 高校に進学しましたが、いわゆる強豪校と呼ばれるような高校に進学した訳ではありません。駅伝を走るとしても短距離の選手の力を借りなければ出場できないようなチームでしたが、その環境の中で速く走れるように練習していました。上級生になってからは毎日の練習メニューを私が考えていたのですが、その時に大事にしていたのが目標に近づくように計画し、それを実行し、不具合が生じたら修正していくという考え方なのですが、これは今にも生きているような気がします。高校では中学生の時よりも長距離を得意と言えるところまで来ましたが、全国レベルの試合で走ったことはありませんでした。そして引退することになったのですが、どうしても私の中に悔いがありました。「まだ速く走れた」と思うことがあり、「あの時こうしていれば違う結果になっていた」と考えるなど私の中で不完全燃焼の状態でした。そのような状態だったので自分自身が成長したいという思いで、立教大学に進学したと同時に陸上競技を続けさせて頂いています。
 以上が男子駅伝チームに所属するまでですが、ここからこのチームで成し遂げたいことについて話します。先程書いたように私は輝かしい成績を持っているわけではありません。そのような私がチームに貢献し、共通目標そして自身の目標を成し遂げるためには自分がどのように目標を設定しその上で努力し、それをどのように結果に結びつけチームにその姿を見せることが出来るかが重要だと思います。私たちは箱根駅伝出場に向けて練習しています。箱根駅伝に出場するためには予選会を突破しなければなりません。予選会は1年に1回しか来ませんので、この1回のチャンスを物にするために練習していくことになります。私がすべきことは「正しい努力」をすることです。ひたすらに努力をしたとしても、努力した結果成果が出ない方向に向かっていたならば、それは修正しなければなりません。大学の陸上競技生活の中で自分が思い描くようなものにするためにも正しい努力を行い、目標に向かう過程を大事にしていきたいと思います。
 今のチームは非常に雰囲気が良く、互いを信頼出来ています。一人一人が自己ベストを目指し練習をしています。誰かが自己ベストを出せば、全員で褒めるようなチームです。そのため今のチームに誇りを持っています。このような状況を守りながら、私がそこに加わり前向きな結果を出して互いに目指す目標に向かえるように練習していきます。まだまだこのチームは成長します。その過程を見て頂ければ幸いです。非常に長い文章となってしまいました。最後まで見て頂いた方ありがとうございました。
 
次回は7月20日、市川大輝(コミュニティ福祉・1年)選手です。来週も是非、お読みください。

マネージャー 豊田桃華

2020/7/6

今回は石鍋拓海(法・3年)選手です。
石鍋選手は前向きに練習する姿が印象的です。また、思いやりがあり後輩からも親しみやすい選手です。
 
こんにちは。法学部法学科3年の石鍋拓海です。ブログを書くのは初めての経験なので、拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけると幸いです。今回のブログは、私が小学6年生の時に担任の先生から教えていただいた、一つの言葉について書きたいと思います。この言葉は、私が9年間の陸上競技生活で常に大事にしている言葉です。
 
私は小学生の時は、ほとんどの時間をサッカーのことしか考えていないような天真爛漫なサッカー少年でした。サッカーの影響もあり、ある程度体力の方には自信がありました。私が通っていた小学校では、毎年12月に校内のマラソン大会があり、私は6年時の最後のマラソン大会前に、当時の担任の先生に最後は優勝しようと言われました。どうしたら優勝できるのだろうか。当時の私なりに考えた結果、その次の日から朝早めに学校に行き、サッカーの朝部活練習の前に自主練をするようになりました。自信を持った状態で大会に臨みましたが、結果的には目標であった優勝することはできず、2位という結果でした。ただ、ここでの優勝できなかった悔しい気持ちが、私が中学から陸上競技を始めるきっかけに繋がりました。
そして、そのレース後に担任の先生から大事な言葉を教えていただきました。それは「継続は力なり」です。地道な努力を継続することで、いつかそれが成果となって現れる。当時の私には、この言葉の意味があまり理解できなかったかもしれません。ただ、私自身9年間陸上競技を続けてきて、今はこの言葉の意味は本当に深いものだと感じています。これはあくまで私自身の考えになりますが、この言葉の本当に大事な意味は、ただ単に何かを継続すること以上に、目指すゴールを明確化することにあると思います。まずは具体的なゴールを定めた後で、そこにたどり着くためにどんな方法で継続するかを考える。それから実際に行動に移して、試行錯誤を繰り返すことで、少しずつゴールに向かっていく。この一連のプロセスは人それぞれで異なってくると思います。ただ、どんな人も共通で、このプロセスを自分なりの考えを持って踏んでいくことで、小さな成功が少しずつ積み重なり、次第に大きな成功に繋がっていくと私は信じています。小学6年生時の担任の先生と出会っていなければ、こうした考えに至ることはなかったと思います。
「立教箱根駅伝2024」事業が始まって以来、環境は大きく変化しました。箱根駅伝出場という大きな目標に向けて、紫聖寮の完成、監督やコーチ、トレーナーによるご指導、主務やマネージャーによるサポートなど、本当に恵まれた環境で陸上競技と日々向き合えていると思います。この環境は決して当たり前に存在するものではありません。これは多くの方々のご支援あってのことであり、感謝の気持ちでいっぱいです。そして、同じチームには頼もしい先輩、同期、後輩がいます。残りの競技生活も、立教らしさを忘れることなく、目標に向かって日々努力していきたいと思います。
長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
 
来週は7月13日、辻京佑選手(文・2年)のブログです。来週も是非、お読みください。

マネージャー 松本安里奈

2020/6/29

今回は大槻瑛一選手(法・4年)です。
大変な練習の時も落ち着いて、丁寧に練習に取り組んでいる印象の大槻選手。そんな大槻選手の走りに多くの選手が鼓舞されています。
 
 こんにちは。以前須藤君のブログの中で紹介されました、高校時代は帰宅部で大学より長距離を始めました大槻瑛一です。今回は主になぜ私が長距離を始めたのか、そこに至るまでについて話していこうと思います。
 長距離を始めた理由は、「走ることが好きだ」ということ、そして「憧れ」があります。私は幼稚園、小学校では主にサッカーをやっていましたが、その中でも足の速さを買われていたこと、また、運動会ではほぼ負けなしで、次第に走ることが好きになっていきました。中学に上がる時には北京オリンピックでのウサイン・ボルトの走りに衝撃を受け、「あんな風に走れたら」と憧れ、そこからは陸上部で短距離を始めました。この頃は短距離をメインでやっていたので、箱根駅伝どころか長距離そのものにほとんど興味はありませんでした。しかし、中学2年生の時に始めて生で箱根駅伝を見に行き、大きな衝撃を受けました。大歓声の中を疾走する選手を見て純粋に「カッコいい」、「走る姿って美しい」と感じました。また、100mを17、8秒で約20km駆けていく能力にも衝撃を受け、「自分もそんな風に走りたい、大学では長距離をやろう」、と思いました。その後高校では諸事情で部活には入れませんでしたが、自己流で練習をし、ようやく入った立教大学でやりたかった長距離を始め、現在に至ります。
 正直、入部当初は持ちタイムもなく、練習にはついていけず、慣れない体育会の環境もあり、辞めるか迷うときもありました。また、強化プロジェクトが始まり今まで以上に練習がハードになったことで、時には憂鬱になることもありますが、それでも続けられるのは「走りたい」という気持ちや「憧れ」があるからだと思います。
 4年生となり競技生活も残り少ないですが、大学から始めた叩き上げとしてチームに良い影響を与えられるよう精進していきたいと思います。
 
次回は7月6日、石鍋拓海選手(法・3年)のブログです。来週も是非、お読みください。

マネージャー 奥田陽花

2020/6/22

今回は岸本健太郎選手(経営・1年)です。
兵庫の須磨学園で主将を務めていた岸本選手。
練習は勿論、日常生活においても責任感が強く、真面目で几帳面な姿が垣間見え、部内に良い影響を与えています。
 
こんにちは。
経営学部経営学科1年の岸本です。今回は、私がこれまで陸上競技を通して学んだことを書いていこうと思います。
 
私は、中学・高校と本当に仲間に恵まれました。
中学生の時には、全国大会に出場するチームメイトが複数おり、そのお陰か私の専門である長距離のみならず、投擲や短距離など種目をまたいで切磋琢磨しあえていました。毎日ハードな練習であっても、仲間がいることで乗り越えられその結果、県の総体では総合優勝することができました。中学生の期間では、切磋琢磨できる仲間がいれば練習の質も上がり、自分の求めているものに近づくことができるということを学びました。
高校では、本格的に駅伝というものに取り組みました。高校の顧問の先生は、チームに向かって、よく「駅伝は陸上競技のフェイクだ」と語りかけていたのを今でも覚えています。駅伝はただ個人のスキルをアップさせ、個を寄せ集めればいいものではない。そこに、個人がチームに掛ける想いなどが加わり、その集合がただの足し算ではなく、掛け算となって結果に表れる。そう、常々言われてきました。自分なりに理解はしていたつもりでしたが、本当の意味で理解しきれていませんでした。実体験がなかったからです。そして、理解しきれないまま、2年生になる年の春の高校伊那駅伝に出場し、結果は個人で見ると大崩れした選手はいませんでしたが、チームとしては目標から程遠い順位でした。その時に実感したのは個の寄せ集めではなく、チームとして、束として挑まなければ駅伝では勝つことはできないということで、顧問の先生の言っていることがやっと分かった気がしました。そこから、チームメイトとともに、集団を意識して練習に取り組み、当たり前にできることが増えました。また3年時にキャプテンという役職を任され、同級生の仲間がその役割を分担してくれたことで、よりチームがまとまることができました。その年の都大路では、順位は良くなかったものの、チームの大会におけるベストタイムを出すことができました。高校生の期間では、仲間を思いやることで個人としても、集団としても成長していけることを学びました。
 
中学・高校を通して仲間の大切さ・ありがたさを学びました。しかし、学んだことの中にも、100%消化しきれていないものもあります。それをこれからの生活の中で消化しきれるよう、学び続けていきたいと考えています。
 
立教大学に入学し2か月が経ちました。箱根駅伝やインカレといった目標に向けて、今も学び続ける毎日です。結果の最大化を目指して、仲間の存在に感謝し共に成長していけたらと思います。
拙い文章になりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
 
次回は6月29日、大槻瑛一選手(法学部・4年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 福井優斗

2020/6/15

今回は大学に入って次々にPBを更新している、黒田航世選手(コミュニティ福祉・2年)のブログです。黒田選手は、入部したての後輩からも慕われる、みんなから愛される存在です。自己分析を活かして練習の質を高める彼の走りには、今後も注目です。

こんにちは。
コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科2年の黒田航世と申します。このような場で自分の考えを発信することは初めてですので、拙い内容になるとは思いますが、最後まで読んでいただけると幸いです。
今回は、私が競技をする上で大切だと思っていることについて書いていこうと思います。

それは、常に平常心でいることです。こう思うようになった背景には、私の高校時代の経験があります。少しその時の話をさせていただきます。

私の出身高校は全国高校駅伝の常連校でした。しかし、私が高校3年の時に21連覇が掛かっていた県高校駅伝で別の高校に負け、私の世代で全国高校駅伝の連続出場を途切れさせてしまいました。それまでの連勝記録の20という数字はとてつもなく大きいものだった故に、負けた時はこれまでにない喪失感を味わったことを今でも鮮明に覚えています。
大会が終わり、私は負けた理由を何度も考え続けました。自問自答を繰り返した結果、「勝たなければ」という重圧に押し潰されて余裕がなく、平常心を失っていた為に負けたのではないかという考えに至りました。
相手に意識が向き、ライバル校の選手が記録会等で好成績を残すたびに焦るばかりで、自分達がやるべきことを見失っていたのではないか?
それによって、「勝つ」ことではなく「負けない」ことばかり考えてしまっていたのではないか?
完全に平常心を失っていた。
競技力以前に気持ちの面で劣っていた。
私はそう強く感じ、平常心でいることがいかに大事なことか身をもって感じさせられました。

競技をしている以上、様々な要因から、ベストなパフォーマンスを発揮することが難しい時が必ずあります。例えば、調子が悪いのに結果が求められるレース。この場合、どうしても不調という余計なことに目が向きがちです。しかし本当に強い選手は、そういった余計なことに翻弄されず、常に冷静沈着でいられる心の強さを持っているのです。
先ほどの例で言うと、
調子が悪くても結果を残さなければならない→それなら不調であることを考えている暇はない→今のベストを尽くすしかない
強い選手はこうやって良い意味で吹っ切れることができるのです。

なにも競技だけに言えることではありません。普段の生活の中でも思い通りにいかないことはあります。そういった時も平常心でいることができれば、落ち着いて考えを巡らすことができます。また、他人の助言を参考にしたり、一旦その物事から離れて何か別のことに取り組むことでそこからヒントを得たりなど、平常心でいることで視野が広がり、様々な方法で課題解決の為に行動することもできます。

現在、コロナウイルスの影響で様々なことに制限が設けられ、まさに思い通りにいかない状況と言えます。このような時こそ平常心を忘れずに冷静に行動すれば、この困難な状況を乗り越えられると思います。

ここまで長々と偉そうなことを書きましたが、私自身、まだまだ精神面で他に劣っています。競技者として、そして1人の人間として成長する為に、平常心でいることを心がけてこれからも努力していきたいと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は6月22日、岸本健太郎選手(経営・1年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 豊田桃華

2020/6/8

今回は、加藤大輔選手(経済・3年)です。加藤選手は、メニューを堅実に行う真面目な選手です。自分自身、そして周りに対してもストイックな選手で、その姿によって部内の規律が正されています。
 
こんにちは。
経済学部経済政策学科3年の加藤大輔と申します。ブログを書くのが初めてのため、拙い文章ではありますがご一読いただけると幸いです。今回は初めてのブログということで、自己紹介も兼ねて今までの私の競技生活について書こうと思います。
 
幼少期から父親の仕事の関係上、箱根駅伝を毎年現地で半強制的に観戦させられていました。そんな幼少期を過ごしたため、幼稚園の卒園アルバムには既に、「夢は箱根駅伝に出ること」と書いてしまっていたほどでした。中学1年生の時に競技を始め、中学、高校と練習に明け暮れる日々を過ごしていましたが自分の思いとは裏腹に伸び悩んでいました。駅伝の強豪大学に進学できるレベルでもないのに、それでも箱根駅伝の夢が諦めきれませんでした。そこで、当時は非強化校で実績のない私でも4年間競技を続けられる立教大学への進学を決めました。そんな私にとって、駅伝の強化プロジェクトは願ってもないチャンスとなりました。箱根駅伝出場という明確な目標のもと日本のトップランナーである上野監督からの指導を仰ぎ、専門のトレーナーさんによるフィジカル面の強化、長期の強化合宿、男子長距離専用の選手寮など恵まれた環境を整えて頂きました。強豪校に所属した経験がない私にとっては、このような環境がとても恵まれていて、多くのご支援があってのものだと身に染みて感じられます。このようなチャンスを頂けたことに感謝して、残り1年と数か月の競技生活を後悔なく全力でチャレンジしていこうと思います。
 
次回は6月15日、黒田航世選手(コミュニティ福祉・2年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 松本安里奈

2020/6/1

今回は須藤健介選手(文・4年)のブログです。
須藤選手といえば抜群の行動力が魅力の1つです。競技はもちろんのこと、何事にも妥協せず取り組む姿は、部員に多くの良い影響を与えています。

 先に断わっておきます。今回のブログは「想定外」に長いです。なぜなら、今回は「想定外」について語るからです。「想定外」と聞いて、皆様はどのようなイメージを持ちますか。おそらくアクシデントを思い浮かべ、悪いイメージを抱く方が多数だと思います。ですが、私は「想定外」という言葉に愛着を感じています。なぜなら、私の大学生活は「想定外」の連続だったからです。
 想定外な大学生活の始まりは大学受験でした。私は某国立大学を本気で目指していました。出身高校が進学校だったので、国立大学に進学することが勝ち組だと当時は洗脳されていました。しかし、センター試験の国語の試験中、事件が起きました。終了1分前にマークミスが判明したのです。あの時の焦燥感や絶望感は一生忘れないと思います。それまで一回もマークミスをしたことがなかったので、まさに想定外のミスでした。ここから「想定外なキャンパスライフ」が始まりました。
 さらに私はアクシデントが多い海外への一人旅にハマりました。限られたオフ期間を使って、インドやラオスに一人旅をしてきました。マイナーな国に行ったのは、頼れる日本人がいない環境でどれだけ生きていけるか自分を試したかったからです。例えば、ラオスでは思いつきで国境越えバスを使ってのタイ入国を試みました。滞在時間3時間、出稼ぎの人たちの中に日本人の青年が紛れている光景は、相当怪しかったと思います。現に最初は不法入国を疑われ、入国を拒まれました。近くのトゥクトゥクの運転手にアドバイスをもらい、なんとか入国できたものの、訪れた地域はタイの中でも田舎の方でWifiも無く、迷子になってしまいました。しかし、困っている様子を見かねた現地の住民が声をかけてくれ、事情を話すと善意でバイクの荷台に私を乗せ、目的地まで運んでくれました。この経験からも、想定外なアクシデントが多発する一人旅の方が、現地の人々との出会いや「旅」をしている感覚を味わうことができ、「生きる力」を養えると思います。
 部活でも、想定外な出来事が起きました。「立教箱根駅伝2024」事業が突然始動したことです。私は速くないので部を辞めることも考えましたが、滅多にないチャンスだったので学生生活を賭けてみることにしました。上野監督の個々の選手に寄り添った指導のおかげで、高校時代は県大会に行くので精一杯でしたが、関東インカレに出場するレベルまでタイムを伸ばせました。また昨年の箱根駅伝予選会の結果も周囲から見たら想定外なものだったと思います。なぜなら、10000mの平均タイムでは30位だったチームが本番では23位と他の強化校を一気に抜いてしまったからです。もちろん、チーム目標を達成できなかった悔しさはありますが、それと同時に驚きをひそかに感じていました。このような結果を出せたのも、想定外な仲間に溢れたチームであるからだと思います。仲間の中には、高校時代は帰宅部、2年浪人した後に初めて長距離に取り組み、今ではチームに勢いをもたらす走りをする者もいます。各々の「走りの哲学」を皆が認め、刺激を受け合う文化がこのチームには存在します。現在は長期間部活ができていない状況です。ですが、この想定外の状況から秋以降どのような結果につながるのか、個人的には楽しみです。
 現在、私は就活中です。今年の就活はまさに想定外の就活です。現に私も志望業界の企業で採用見送りが相次ぎ、思い描いていた未来のビジョンが崩れました。最初はこの状況を悲観していましたが、冷静に状況を捉えると、むしろ自分には追い風なのではないかと考え始めました。やっと想定内の未来から外れることができたからです。当分の間は「変化が多く、想定外に溢れた環境」に身を置き続けるのではないかと予想しています。
昨今のコロナウイルスの影響で想定外なことが多発し、落ち込む時は誰にでもあると思います。ですが、私は学生生活を通して「想定外な事態には必ず、想定外な結果がついてきて、面白い日々を送ることができる」ことを実感しました。このブログが想定外の日々を生きる皆さまの活力になれれば幸いです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回は6月8日、加藤大輔選手(経済・3年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー 奥田陽花

2020/5/25

今回は服部凱杏選手(経営・1年)です。
上野監督の母校、長野の佐久長聖高校出身の服部選手。練習では積極的な姿勢を見せる反面、礼儀正しく親しみやすい人柄で、入学早々チームに溶け込んでいます。

こんにちは。
今年から立教大学に入学させていただきました、経営学部経営学科一年の服部凱杏(はっとりかいしん)です。初めてのブログ担当ということで、今回は自己紹介をさせていただこうと思います。
<基本情報>
誕生日:2001年6月20日
→巳年、ふたご座です。
出身:愛知県名古屋市
→これといって何もないですがいいところです。
好きな食べ物:揚げ物、チョコレート
→食べ物全般好きです。甘党です。
嫌いな食べ物:いもけんぴ、バナナチップス
→大学芋とバナナは好きです。
好きなこと:ゲーム、掃除
→ゲームは暇さえあれば大体ずっとやっています。
ミニマリストになりたいと思っています。
<陸上競技>
競技歴:小学校4年生から
出身校:名古屋市立千代田橋小学校→名古屋市立千種中学校→佐久長聖高校→(現在)
→陸上部がある珍しい小学校で走り幅跳びとハードルをやっていました。
中学校に入ってから長距離を始めました。きっかけは体育の持久走です。
種目:800m・1500m・3000m・5000m
→800mの自己ベスト更新が一番の目標です。ハーフマラソンもやっていきたいと思っています。
自分の強み:中・長距離の種目で幅広く対応できるのが自分の強みだと思っています。
<意気込み>
大学生活では、特に学業に力を入れていきたいです。立教大学で学べるという貴重な機会をいただいたので、4年間を必ず実りあるものにしたいです。
競技面では、楽しむことを忘れないことを第一に考えながらも勢いのあるチームの中で埋もれないよう、様々な人と切磋琢磨してチーム目標を達成したいです。気持ちだけ先走って空回りしたり、故障してしまったりするところがあるので、足元をしっかりと見て取り組んでいきたいと思います。そして、レースでは安定して結果が出せるようになり、信頼される存在になっていきたいと思います。
先輩方に比べブログの質が劣っているので、もっと興味深いことが書けるようになっていきたいです。
<最後に>
応援の時は下の名前で「かいしん」と呼んでいただけるとうれしいです!!

次回は6月1日、須藤健介選手(文・4年)のブログです。来週も是非、お読みください。

マネージャー 福井優斗

2020/5/18

今回は、金城快選手(コミュニティ福祉・2年)です。金城選手は、どんな練習メニューにもストイックに取り組む姿勢が印象的です。練習だけでなく様々なことに対して、マクロな視点で見ている彼の発言には重みを感じます。そんな彼が選手、マネージャーのみならず周りに与える影響は計り知れません。

こんにちは。
コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科2年の金城快と申します。ブログなどで自らの気持ちや考えを発信するのは初めてなので、拙い文章になるかもしれませんが、最後までお付き合い頂けると幸いです。
今回は、自粛期間が続く中、私自身が今すべき事は何かを考えた結果について書きたいと思います。
 
それは、「この期間が明けた後、やりたい事をリストアップして、計画を立てる」事です。これは、修学旅行等、長いスパンをかけて計画を立てるイベントから着想を得ました。この類いのイベントは計画を立てる時がワクワクして楽しかったり、その日が来るのが待ち遠しくてどこか嬉しい気持ちにもなりますよね。そう、そこでこのどこか退屈な日々の中でワクワク感を味わう為、この考えに至りました。

すると、同時に、計画に対して今、すべき事も浮かんできました。例えば、夏にカッコいいカラダで海に行きたい!って男性がいれば、今から少しずつでもいいので筋トレ、食事管理をした方がいいですよね。その様な形で私も計画を実現させる為に、やるべき事が明確になり、不安定になりがちなモチベーションが保てるようになりました。コツコツと来たる日に備えて準備を進めていきたいと思います。

皆さんも、先の見えない日々ではありますが、もし、「何かモチベーションがない。」「自粛で出来ない事が多くて何もすることなくね?」と思う時がありましたら、是非一度、自粛明けの計画を立ててみて下さい!

次回は5月25日、服部凱杏選手(経営・1年)のブログです。来週も是非、お読みください。
 マネージャー 豊田桃華

2020/5/11

今回は立教記録を2つ保有する斎藤俊輔選手(観光・3年)です。斎藤選手は、練習前後には先輩や後輩に声をかけるのはもちろん、マネージャーに対しても常に感謝を伝えてくれる選手です。オンとオフを大切にする上野監督の方針を最も体現し、エースとしてチームを牽引しています。
 
こんにちは。
観光学部観光学科3年の斎藤です。このようなブログを書くことは初めてなのでしっかりとした文章を書けるかどうか不安ですが、頑張って書いていきたいと思います。今回のブログの内容は上野監督が就任されると決まった時の私の気持ちについて少し書いていきたいと思います。

上野監督が長距離の監督になると正式に発表されるまで私や他の選手は知らなかったので、私含め全員が驚きを隠せないと言う感じでした。特に私は自由に楽しく走りたいという気持ちが強く、当時の立教の長距離は前回の増井さんのブログの内容にある通り各々が自分なりの考えを持って活動しており、私も楽しみつつ、考えて練習をするという環境で走れていたので、監督が来るということはそのような環境がなくなってしまうのではないかと思っていたので正直嫌だなと思っていました。まだ1年生だったので今ここで部活をやめても他のことを新たに始めるには遅くないと思ったので、部活をやめようかとも思いました。しかし、今こうして私が立教の長距離の選手として活動できているのは上野監督が立教のスタイルを崩すことなく、選手とのコミュニケーションを大切にして話しやすい環境を作ってくれたことももちろんですが、一番大きな要因は同期がいたことかなと私は考えています。

私たちの代は監督の就任が発表された時、意見が分かれていて、私のような考えを持つ人と強化されることをチャンスと思う人と大きく分けて2つの意見がありました。私の考えと似たような考えを持つ選手とは帰りの電車の中などでも辞めるか辞めないかの話をよくしていました。それでも誰も辞めることはなかったので、私もそれに引っ張られ、辞めることなくここまで続けられました。あの時に誰か1人でも辞めていたら、私も辞めていたと思います。それぐらい大きな変化であり、周りの同期の判断や意見は重要なものでした。当時を振り返ると今の自分があるのは同期がいたからだなと感じています。ひとりで走ったり、練習したりすることが嫌いなので、誰かと一緒に走るということは私が練習する上で重要であり、特に今の時期はコロナウイルスの影響により個人で練習をしなくてはならないので、より一層仲間の大切さを感じています。また、1人になることで仲間がいるということが当たり前ではなく恵まれているということも感じたので、同じチームの仲間、同期に感謝しながら、競技を一緒に頑張っていきたいと思います。

次回は5月18日、金城快選手(コミュニティ福祉・2年)のブログです。来週も是非、お読みください。マネージャー 松本安里奈

2020/5/4

選手ブログの初回は男子駅伝チームの主将、増井大介選手(経営・4年)です。増井選手といえば、普段はとてもスマートで、なんでも完璧にこなしているようなイメージ。主将としても、冷静に部員一人ひとりを見て下さっているような、部員からの信頼も厚い主将です。
 
こんにちは。
経営学部経営学科4年生の増井です。選手ブログの記念すべきトップを任され、何を書こうか迷ったのですが、せっかくなので強化が始まる前の立教大学駅伝チームについて書こうと思います。拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただければ幸いです。
 当時の駅伝チームは男女合わせて40名ほどで週4回の集合、メニューや練習場所、時間は最上級生が決めていました。練習当日の体調や狙う試合に合わせて個人単位で設定や本数の調整を行っていました。試合も個人で出たい試合を探して、マネージャーさんに伝えるのが当たり前でした。また、合宿の準備やメンバー選考も選手で行っていました。自分は当時下級生だったので運営に関わることはなかったのですが、当時の最上級生は選手をやりながらも運営を行う大変さがあったのだと思います。
今思い返すと週4回の集合で暇なようにも感じますが、その分ゼミやアルバイトにも力を注いでいたので当時の方が多忙だった気がします。平日ポイント練習が終わった後に20時からバイトに行ったり、学部の課題が終わらず寝不足で練習を行ったりしていました。別に陸上に対する意識が低かったからこのような生活をしていたわけではなく、バイト代を合宿費や遠征費に充てたり、試合の前に寝不足にならないように前倒しで課題を終わらせたりと陸上をするためにこのような生活をしていました。
このような経験を経たからこそ今、大切にしていることが2つあります。
1つ目は自分の考えをしっかりともつこと。現在はメニューを頂くことができるので、そのメニューを全力で取り組めば足は速くなります。しかし、なぜそのメニューを行い、取り組むのかを考えることを放棄すれば、成長はしません。良くも悪くも昔のチームは自分の考えや意図を持たざるを得ないような環境でした。
2つ目は周囲に感謝をすること。ありきたりの言葉ですが、大切なことだと思います。今は寮で生活して、メニューが出て、合宿に行けて、地方のレベルの高い試合に出場ができて、不自由なく陸上競技に向き合うことができています。様々な経験をした自分だからこそ、今おかれてる状況は当たり前ではなく、本当に多くの人の支えによって成り立っていることが身に染みて感じられます。
自分が大切にしている2つのことを「立教らしさ」として次の世代へ伝えることが自分の役割かなと思っています。
 
次回は5月11日、斎藤俊輔選手(観光・3年)のブログです。来週も是非、お読みください。
マネージャー(広報)奥田陽花